21 お一人様は巫女舞を奉納する
実りの秋。本日は巫女のお務めの重要日、豊穣祭である。
例年よりも、私はずっと気合いが入っている。なぜならば、初夏、私が引き起こした天候不順で今年の農作物の出来はイマイチなのだ。なんとか例年なみの石高を収穫させねば!
ということで、通常は一人で巫女舞を奉納するのだけれど、今年はケンマイも一緒に舞ってもらうことにした。かわいい二人が一緒に踊ったら、きっと御利益マシマシだ!
ダンス感覚であっという間に舞を覚えてくれたので、三人でフォーメーションを決める。思いのほかカルーア大神官様がノリノリで、三人息がぴったり合うまで稽古を終わらせてくれなかった。
◇◇◇
神殿の中庭にある能舞台のような壇上に祭壇を設け、その前に今年取れた作物や海の幸、山の幸を三角形に積み上げる。私は黄色や赤糸で織られた紅葉色の薄物をボトムが袴のようになっている白いドレスの上から羽織る。金の冠は玉が下がってシャラシャラと音をたて、顔には薄い布。新年のものより薄く、表情は透けて見える。内輪の儀式だし、舞うわけだし、新年よりも全体的に身軽。
「巫女様、準備が整いました。よろしくお願いします」
「よし、コリンも来い!」
「ハイハイ」
私とコリンとケンとマイは円陣を組む。ケンは白の上衣に水色の袴風、マイは緋色の袴風、前世の神職を真似て作った。
「気合い入れていくぞー!エイエイオー!!!」
「「「「エイエイオー!!」」」」
神職と、王の代理や、前世で言えば農林水産大臣?が信玄椅子に並び座るなか、静々とケン、私、マイの順番で舞台に上がる。祭壇前で二人は腰から直角に頭を下げ、真ん中の私は、五穀豊穣の祝詞をツラツラと独特の節で唱いあげる。
それが終わって、一礼すると、双子も同時に頭を上げる。
厳かな音楽……太鼓とフルートとマンドリンのような楽器が奏でられ、私は巫女の大ぶりの聖笏をシャンと鳴らし舞い始める。ケンとマイが後に続く。私はこの舞ももはや息をするように踊れるのだけれど、今日はケンマイが失敗しないかヒヤヒヤで、参観日の親の心境だ。
しかしそこは双子!息ぴったり!初めてと思えない堂々とした動きに感心し、私は自分の祈りに集中する。
……神よ。老人子供が生きていけるだけの恵みを、我々にお分けくださいませ……
シャン!と笏を鳴らしたあと、コツと地面を叩き、もう一度三人で祭壇に向け、拝礼する。
終わった。今度はマイから順に舞台を降りる。
そんな私たちを大神官様、地方の神官長らが頭を下げて見送る。カルーア様が、少し顔をあげ、ケンとマイにウインクした。二人の目が喜びにきらめく。よかった。二人には成功体験を出来るだけ味わわせてあげたい。
神官のグループを通りすぎたところで、声がかかった。
「マール」
懐かしい、低い声。かつて大好きだった声。
「マール、時間をもらえないだろうか?」
覚悟して、足を止めて声の方向を見る。ラファエル王太子殿下が、懐かしさの残る甘いマスクで私を見つめていた。
◇◇◇
他国の王族とは頻繁に会っていたのに、自国の王太子に会わないわけにはいかない。
私は王太子を応接室にお通しするように指示し、私室で衣装を脱ぎ捨てる。
「祭事中に声をかけるなど、とんだルール違反です。会わなくとも誰も非難しませんよ?」
鮮やかな衣装をたたみながら、コリンがそう言い切る。
でも、そうまでして何か伝えたいことがあるのだろう。ただでさえ王太子はこの清浄な神殿の中で前巫女を堕とした男ということで、総嫌われなのだ。
「何で殿下がいらしてること、誰も教えてくれなかったの?コリン知ってた?」
「いいえ!王の代理が今年は殿下とは、来てみてビックリだったようです。しかし祭事前に知らせると巫女が動揺する恐れがあるということで、我々には伝えなかったとのことです」
カルーア様、御心遣い痛み入ります。
簡素ないつものワンピース姿に戻り、髪もポニーテールに結う。結っても腰に届くほどに伸びた髪。ナターシャにいずれカツラにしてもらおう。化粧もゴシゴシと落とす。何を期待されてるのか知らないけれど、このくたびれた姿を見て諦めてほしい。王族に、王太子と王太子妃に私がしてやれることなど、何もないのだ。
いつものすっぴん白ドレスに戻った私。
「どう?」
「喧嘩っ早くて頰に傷こさえて、やさぐれた家出娘に見えなくもないです」
「よっしゃあ!じゃあ嫌なこととっとと済ませよう!」
「ハイハイ、お供しますよ」
コリンを引き連れ応接室いざ行かん!
「もはや、装いなど巫女には無意味なんだけどね……」
「コリン、なんか言った?」
「今日は人払い禁止ですよ!と言いました」
わかってるよ。王太子殿下の前に一人で立つ勇気などない。
あっという間に娘時代の恋い焦がれた心境に戻ってしまう、自覚がある。
コリンがドアを開け、中に入るとソファーに腰掛けていた王太子が立ち上がり出迎えた。彼の後ろには護衛が立ち……おや?チャールズだ。今日は王太子のお供なのか。フットワーク軽い。
私は一礼し、座るように促し、お茶を淹れて二人分並べて置いた。王太子が後ろを見て頷き、チャールズも一礼して王太子の横に座った。
王太子殿下はすっかり落ち着いた青年になっていた。肩幅がガチッと広くなり、堂々とした体躯。顔のラインも華奢さが消えて……八年ぶりだものね。でも青い瞳は美しいままで、その瞳に抗えず溺れきっていた少女のころの自分を懐かしく思い出す。
私は上座の一人掛けのソファーに座り、後ろにコリンが立つ。
「ようこそポラリア大神殿へ。王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。そしてチャールズ様、お久しぶりです」
「素顔を見せても……いいのか?」
チャールズが私を見て呆然としている。いい感じだ。
「儀礼ではありませんでしょう?チャールズ様のコメカミの傷は……初等三年の時のものですね。お揃いになりました」
王太子殿下が顔を歪め、
「マール……」
私の頰の傷に手を伸ばす。それをコリンがすかさず叩き落す。
「巫女に触れようなど、無礼であるぞ。……相変わらず手が早い」
「コリン!!」
コリンの声はこれまで聞いたことがないくらい冷たい。これがここの神官の王太子への感情なのだ。
私はコリンがこれ以上粗相をしないように、コリンの手を取り私の肩に載せる。コリンは、はぁとため息をつき、私の肩をモミモミする。お互い平常心、リラックス!
「ここの神官は私にとても甘いのです。ご無礼お許しください。ん?」
正面の二人が目をまん丸にしている。
「いや……随分と神官との仲が気安いのだな」
「そうですわね……私にとって神殿のものはかけがえのない家族です」
私がコリンの手をポンポンと叩くと、なぜかコリンはドヤ顔をして、手を引っ込めた。
「私が聞いていた話と……神官は皆感情を見せず冷たいと……いや、きっと時代が違うのだな」
殿下が小さく呟く。
「ご存知のとおり、巫女様はお疲れです。手短かに御用件をお伝え願います」
「君はここに同席するつもりなの?」
「当然です。今代巫女を一人にしたことはありません!」
コリンの言葉にトゲを感じるのは私だけかしら。
「王太子殿下、コリンは私の分身です。決してここでの話を漏らすことはありませんのでご安心を」
まあコリンは大神官長の分身でもあるけどね。
「まずは、その頰に受けた傷の経緯、大神官から説明を受けた王より直接聞いている。我が国の巫女に対する蛮行。許しがたい。当然ながら国は神殿と立場をともにする」
とりあえず頷く。
「我が国はサジークに敗戦以降、不当な税をかけられ、採掘量の多い鉱山を三箇所も取り上げられた。不満を燻らせている民に、今回の出来事で火がつきそうな勢いだ」
「またも戦争になる可能性があると?」
「だが、現時点で戦争を起こしても勝敗は五分五分。金も軍事力も十分ではない」
チャールズが補足する。
「それを私に言ってどうせよと?」
「いや、現状を知っておいて欲しかっただけだ」
殿下が苦笑する。
「我々の抗議声明に対し、サジークからは何のアクションもありません。対抗声明を出すでもなく、謝るでもなく。ですので緊張緩和のために巫女にサジークの行いを「許せ」とおっしゃられるとしても、それは無理です」
コリンが神殿の現状を伝える。ボールは向こうにあるのだ。
「さりながら、そのような憂いがあることをお知らせいただき、ありがとうございます」
一応頭を下げる。そのくらいはさすがに引きこもりの私でも、想像ついていたけどね。
それに、本当に再び戦争が起きそうになったら、きっと神殿は国を巻き込まず、神殿VSサジークの図式で他の神殿の協力のもと打って出るだろうことも。
それだけ、巫女を邪険にすることは、この世界の神殿にとっては沽券に関わる死活問題なのだ。
もしも、そんなことになったら……もちろん私の身を捧げるよ。
神殿こそが私の家族だもの。
「いや、違う。許せと言いたいわけではない。……マール。マールはもう私のことを愛してないの?」
「「「は?」」」




