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20 お一人様は人相が悪くなる

 ルクスが母国に戻った。


 恥ずかしいほどに取り乱し、泣いてしまったけれど、ルクスは両親のもとに戻り、貧困と無縁の王子としての人生が待っているのだ。これで良かったんだ。

 神殿(ココ)で過ごした一年あまりのことなんて、あっという間に忘れるだろう。なんと言ってもルクスは一歳。私だって記憶にあるのは四、五才からだ。


 健やかに、親元に返すことができたことを喜ばなければ。





 ◇◇◇





 という私の諦めとは別に、我がポラリア大神殿は……激怒した。


 この世界の最高位に立つ?、銀眼の巫女を、()()()()()が扇子で殴ったのだ。


 私的には穏便になかったことにしてもよかったけれど、神殿の威信の問題らしい。


 神殿は速やかに世界中に声明を発信した。


『我らの崇高なる巫女は、サジークの王子を、サジークからの要請で、密かに、他の神殿で預かる子らと同様に、手ずから慈悲深くもお育てあそばした。しかしサジークの王妃はその気高き愛に感謝を示すどころか、幼子が巫女を慕う様子に嫉妬し、幼子の通過儀礼である疱瘡痕に激怒し、獣の牙でできた扇子にて巫女を打ち付けた。恩を仇で返すとはまさにこのこと。神殿は断固抗議するとともに、全世界の神殿に相応の対処を申し入れる。なお、巫女の頰の傷は残った。神が人の罪を忘れさせぬために』


 そう、私の頰の全体的な腫れは引いたものの、直接の傷口である赤いミミズ腫れは残ってしまった。コリンのおまじないは効かず、どんなに日が経っても、泉で清めても、薄くなる気配もない。大神官様の話では、この傷は犯人が悔い改めたときにようやく消えるらしい……無理だな。あの王妃様じゃ。この傷と一生のお付き合い決定です。私は初めて、この世界の神の存在を感じ入った。


 他国の神殿は驚くほどに敏感だった。

 温かい私へのお見舞いの手紙とともに、全面的にポラリア神殿を支援すること、断固サジークに抗議の姿勢を取ること、そして、私の気持ちが晴れるよう、全身全霊で祈っていることがしたためられていた。

 サジーク国教神殿以外は。


 私の気持ちが晴れるよう、全身全霊の祈り……

 なんと、あの日から、我が国以外の世界は……ヒョウが降り続いた……らしい。夏、作物が最も生い茂る時期に長雨と雹害。甚大な被害が出た 。

 私は知らされず、ルクスの叫び声を思い出しては泣き、思い出しては泣きの生活をしていて、二週間経ったところで大神官様に伝えられた。


「も、もっと早く教えていただいたら、気合いでなんとか泣き止みましたのに!」

「悲しいときは存分に泣けばいいのです。これまでずっと我慢を重ねていらしたのだから。そろそろ……巫女の御力を知らしめる時」

 そう言ったカルーア様の笑みは、結構悪かった。


 私の力ねえ。自分で使いこなせない、感情に左右される力など、真の力とは言えないと思う。


 そう言うと、カルーア様は、

「巫女様に心揺らさぬ、穏やかな日々を送っていただくことが、世界の平和につながるのです」


 なるほど……巫女ってバロメーターなのね……。


 大国サジークに売られた喧嘩を買ったカルーア大神官様、きっとこのままではすまない。今後のことを考えると恐ろしい。

 でも、私が傷ついたその場で私のために怒り、報復宣言をしてくれたこと、浅はかだろうが嬉しかった。生涯忘れない。

 もし、サジークと正面から衝突することになれば、私も当然、神殿に殉じる。

 私はこれまで、ルクスを抱くのに危ないからと、本来常に身につけておかなければならない巫女である証とも言える『聖剣』を持ち歩いていなかった。でもこれを境に腰に差す。自分の身は自分で守り、もしもの時に足手まといにならないように。私のような非力なものでも、この短刀があればなんとかなるかもしれない。なぜなら、神殿で刃物を携帯できるのは敵も味方も私のみだから。王すら入り口で剣を預ける。





 あの日、あれだけ神殿の誰もが愛するルクスが大声で泣いたのだ。ケンとマイもミトとともに、どこかから全てを見ていたらしい。

 双子からすれば、私の胸から剥がされて泣き叫ぶルクスを連れていく様は、自分たちに起った誘拐に見えて、ルクスを取り返しに行くと息巻いた。親元に戻ったのだ。ルクスは幸せになるのだと何度説明しても、


「ルクスは泣いてた。巫女様も泣いてた。お空も泣いてた。幸せなわけないじゃん!」

 子供は大人の言えない真実を口にする。


 ミトともテリー様を交えよく話し合った。

「私はデュラン様の言わば私兵です。デュラン様からは特に指示は出ておりません。巫女様が私をそばに置くことを許していただけるのであれば、是非このままで……」


 実際、ミトまで神殿からいなくなったら……寂しい。

「ミト、もし出て行くときは、できれば事前に言ってね。さよならパーティーして明るく送るから」

 気まずい別れはもう嫌だ。


「いえ……双子は筋がいいです。双子は大好きな巫女様を守るという選択をしました。私は二人に持てる全てを教え込むまでは、ここを去るつもりはありません」


「そんな!二人にはもっと華やかで楽しい人生を……」

「二人の決意はかたいですよ。大好きな人のそばにいたいという想いは……双子にとって何よりも切実なのです」

 そうだ。ルクスを失ったのは私だけではない。この子たちにとってみれば両親との別れに続く、納得いかない別離。


「頼もしいね。二人が希望するようにさせてやるといい。とりあえず双子は奉公に出さないようリストから外しておこう。成長し、気持ちが変わったら、そのとき対応すればいい」


 テリー様が許可する。リストから外れるということは、二人の立場が孤児から神官見習いに変わったということ。あとで私からもよく話しておこう。


 ミトが恐る恐る尋ねる。

「巫女様、デュラン様には……」

「……ルクスが帰った今、もう、会うことはないんじゃないかな?」

 私たちの立場はあまりに相容れない。

 そう言いつつも、私の指にはまだデュラン様の指輪は嵌ったままだ。いつか返すものなので無くすのも怖い。それに、普段と違ったことをすることが、怖いのだ。





 ◇◇◇




 というわけで、私は真剣に終の住処となる私のアパートを考えることにした。

 どうやらケンマイは私が母ちゃんとなって生涯面倒を見ることになりそうだから、二人の個室も必要だ。ということは3LK。広めの、家族向けのアパートになっちゃうな。


「マール……痛くないか?」

 久しぶりの面会日、兄が顔を歪めて私の頰に触れる。私のこの傷は庶民にまで浸透しているらしい。

「痛みは無いのです。ご安心ください」

「カバーメイク、教えよっか?」

「ありがとナターシャ。でもこれね、隠れないの。どれだけ塗っても浮いてくる。隠しちゃダメってことなんだろうね」

 私の言葉にナターシャが唖然とする。私が心配をかけまいと、二人にふふふと笑うと、二人揃って変な顔をした。


「えっとね、土地、探してみたんだけど、商業街で広めの土地となると王都にはなくて、第二都市パニーノに一箇所しか出てないわ」


 パニーノか。行ったことないけれど、還俗後は王都を離れた方が静かに過ごせるかもしれない。

 兄と資料を見てみると、案外安い。

「土壌汚染してるとかじゃ無いよね?」

「そんなの薦めるか!ここまだ古い屋敷が立ってるんだけど……出るって噂でね……血まみれのお化けが」

「なーんだ。問題なし!」

「あら、巫女様怖く無いの?臆病そうなのに?」

「ねえ、私、腐っても、国一番の巫女だから。お祓いしちゃうから。なんならコリンと二馬力で除霊しちゃうから!」

「えええ!私もですか?」

「コリンちゃーん!」

「ぎゃー!巫女!巫女!ナターシャを除霊してくれ〜!」


 とりあえずその土地を押さえて、図面を考えることになった。資金集めから完成まで、三年計画。

「マール、今度来るときは、ポールとマック連れてこよう」

 マックはちょうどルクスと同じ年頃だ。お兄様が私を元気づけようとしてくれる。


「ありがとう。でも、あと一年半で還俗だもの。その時まで待つわ」

 神殿は今、安全とは言えない。まだ見ぬかわいい甥っ子に何かあっては大変だ。


「お兄様もナターシャもくれぐれも気をつけてね。私と関わりがあること、ばれているんだから」

「なるほど。私たちを盾に、お前に無理を強いることも考えられるな……気をつける」


「そーんなに巫女様って、危険が迫ってるのお?」

 ナターシャの作画していた右手の木製のペンがボキッと折れた。え?


「……巫女様はオネエに市民権をくれた……私たちオネエの救世主。巫女の敵はオネエの敵よ!」

「「「へ?」」」


 ボキボキ、ボキボキっと指の関節を鳴らす音が、室内に響く。

 コリンと兄が、思わず身を寄せ合う!


 私は、いつのまにか、すごい味方を手に入れていた!









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