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18 お一人様は視察する

「うわーお!」

「なーにがウワーオ!よ!マールが考えたんでしょ?」


 私が考えた。前世お客様と一緒に回った内覧の知識をもとに一生懸命。でも所詮私の頭の中の話で、実際に、今世にある材料で、私の貧困な表現力で伝えた理想をなんとか工夫に工夫を重ねて作りあげてくれたのは、ナターシャはじめ、職人の皆様だ。ジーンとした。


 ローズの部屋は北と南がグレー、東と西はオフホワイトのザラついた壁紙。カーテンは黒と白の市松模様。家具は黒に近いダークブラウンで統一し、ローズのリクエストであちこちに大きめの黒フレームの鏡が壁にかかっている。そして寝室には前世風のウォークインクローゼット。だってローズは女優ベルローズだもの。


「参った……」

 私は半笑いで右手を壁についた。

 ああ、来てよかった。図面では、兄の話ではこの手触りはわからない。


「ローズ様、この部屋を出るときは私に教えて!次は私が入りたい!」

 コリンが食いつく!


「私、当面は出ないわよ!残念!コリン諦めて?」


 グルリと全体を見渡したあと、かちゃかちゃと扉や引き戸を触り、建てつけをチェックする。今のところ緩みも変な音もない。ローズに鍵を借りて、キチンとロックがかかってるかチェックする。このアパートはセキュリティをウリに高い家賃を頂いているのだから。


「そういえばね、ベッドを入れたときに寝室の壁を傷つけちゃったんだけど、どうすればいい?」

 そうか……アフターメンテナンスね。この世界では個人で大工雇ってなんとかするもんだけど、これもこっちで手配した方が忙しい人にはいいか。


「執事に言えば、きちんとした職人を速やかに手配する手はずを考えてみるわ。もちろん実費は頂くけどね」

「留守中に執事が終わらせてくれてると助かると思う!」

 今回の職人さんのなかで、ちっちゃな仕事引き受けてくれるフットワークの軽い若者を紹介してもらおう。


 私の好奇心が十分に満たされると、ローズがお茶を淹れてくれた。

「ローズ、率直に言ってどう?ここでの暮らし。相場の三倍の家賃に見合ってる?」

 恐る恐る聞くと、

「サイコーよ!これまでのレッドルームと真逆なシックでトンがった雰囲気。帰ったら大きい浴槽?にお湯が溜まってて、外国の花の香りのする石鹸が置いてある。頼めばメイドが定額でご飯も作ってくれて、そのメイドがみんなマール仕込みのかわいさ!私、高給取りになってよかった!この暮らしを維持するためなら陰険ババアの役でも性悪女の役でも何でもやるわよ〜!」

「お似合いでしょうね」

「……コリン!」


 コリンはローズとも気安く話す。ローズがそれを喜ぶとわかっているのだろう。コリンは……賢い。私の忠実な部下は神殿仕込みの絶対の口の固さ。そして私を裏切らない。故にローズも彼を友達に選ぶ。


「こんなことあったらいいなあ、っていう改善点は?」

「まだ引っ越して一か月だもの。出てくるとすれば数年後じゃないの?今は嬉しすぎて、ここを買い取りたい!と思うくらいよ。ダメ?」


 賃貸じゃなくて分譲かあ。

「うーん。このアパート、分譲は考えられない。このインテリアは一過性のかっこよさを求めているから、やはり飽きると思う。将来住むとなれば、こんな押し付けられた斬新さよりも、落ち着く、いい意味でマンネリの部屋がいいと思うよ」

「えー!でも押し付けでもなんでも、本当に素敵だと思ってるのよ?」

「それならば、こういう路線と、くつろぎ路線を、プロと話し合って融合させて完成させる、オーダーメイドの内装にして、で、もっと頑丈に作る……っていうプランかな?一軒家じゃなくていいの?」

「集合住宅の方がいいわ。お一人様には安心だもの。マールの作る家は静かだろうし……ふふふ、新しいお金儲けの匂いがするわねえ。私も噛むわよ〜!」

「あ、私も前のめりで噛みます!」

 でもこの世界で、集合住宅に一生住む権利……ってどういう売り方をすればいいんだろう。地主以外に権利ないしなあ。土地を分割して追い出されないようにする?

 まあその辺は還俗しておいおい考えよう。私にもお一人様の時間はたっぷりあるのだから。


 トントン、とドアがノックされ、ローズがパタパタと玄関に走っていく。メイドだろうと、気にも止めずに室内をキョロキョロ見ながらコリンの感想を聞いていると、玄関からローズの焦った声が聞こえる。

 外玄関を通過した時点で怪しい人ではないはずなんだけど……


 コリンがさっと私と入り口の間に立つ。


「ジェーン様!本当に大丈夫なんです。信頼できる方たちです!」

「ローズ、そうやって信頼して、あなたのお父上は何もかもを失ったのです。せっかくこんなにセキュリティのキチンとした住まいに入っても、あなたが易々と部屋に入れていては意味がないではないですか!」


 立ち塞がるローズを押しのけて入って来たのは、上質な部屋着を着た、白髪混じりの見るからに貴婦人と、髪の毛がすっかりなくなった、背の高い年配の貴族の男だった。


「えーとね、えーとね、マール、こちら、私の隣室のリスナー子爵ご夫妻。子爵様、ジェーン様、こちらは、このアパートの大家さんの……お使いのご夫妻です」


 苦しい……苦しすぎる言い訳……ローズホントに役者かよ……。

 そうか、このお二人が子爵ご夫妻か。ローズを心配して乗り込んできたってところ?……お節介極まりないけど、ローズが一人ではないと思うと安心……かな。


「はじめましてリスナー子爵様、ご婦人。我々は主人の言いつけにより、入居一ヶ月後の聞き取りに参りました。主人は皆様が快適に過ごされるよう心を砕いておりますので。ローズ様の忌憚のないご意見を伺うために妻も連れて参りました。女性同士の方が話しやすいこともあるでしょう?」


「まあああ!ではバニスター伯爵家にお仕えの方ですのね!それは失礼したわね。ローズ。あなたがはっきり言えば……」

「言おうとしたのに……」


 夫妻は断りもなく同じテーブルについた。きっといつもこうしているのだろう。

「バニスター伯爵家といえば!巫女様!」

 夫人の言葉に私、コリン、ローズが一気に強張る!

「新年の挨拶、ああ私も脚が達者ならば、参拝に行きたかった!まさか、聖女の再来と天使の降臨だなんて!」


 ……へ?私とコリンは目が点になり、ローズは何故か下を向いて肩を震わせる。


「このアパートの浴場、私、巫女様が禊をされる聖なる泉を模して作られたんじゃないかと思ってますの。浴室とは汚れを落とすだけの場所と思っていたけれど、湯に浸かることであれほど心が洗われ温まるなんて!おまけに子爵の腰痛も緩和されましたのよ!ねえあなた?やはり巫女様のお考えは素晴らしいですわねえ!」


 夫人のマシンガントークが炸裂し、コリンが神官スマイルで対応。私はその横で従順な妻の(てい)


 窓の外の青空と青葉を眺め、視線をテーブルまわりに戻すと、子爵とバッチリ目があった。眼鏡の奥の瞳を探るように見られる。


 ……気付かれた。


「……お嬢さん、年寄りの話し相手をしてくれないかね?」

 逃げようがない。

「私は爵位を譲った隠居だからね、最新の情報というわけでもないんだが……王城では王太子様の妃殿下に今以て世継ぎが授からないのは……神殿の巫女が二人を許されないからだ、という噂がまことしやかに蔓延しています」


 ……なんだそりゃ?私、超能力者とでも思われてるのかしら。ひょっとしてそんな噂を真に受けて、母は私に許せと詰め寄ったの?


「馬鹿馬鹿しい」

 いつのまにかこちらの話を聞き入っていたコリンが吐き捨てるようにいう。


「王太子に妾を勧める動きがある。新年、神殿で巫女様のご尊顔を拝した者どもは、やはり、そもそもの婚約者であった今代巫女様こそ王妃にふさわしい。還俗していただき、復縁していただけないか?という声が上がっております」


 呆れて物も言えない。姉の結婚を世紀の婚礼!最高の美妃と持ち上げていたくせに。

 私はその影で、ひっそりと一人、神殿に入った。


「あなた、そんな噂話、若いご夫婦にしてもしょうがないでしょう?」

 何も知らず、夫人が子爵をたしなめる。


「それともう一つ、我が国同様サジークの不平等な関税に喘いでいるトリアに、いよいよ反旗をひるがえす気配があるとかないとか……。やり手の商人がトリアに着々と物資を運び、タイミングを見計らっているという話が回って来ています。確か、トリアの王子と巫女様は懇意であったと」

 子爵は私の右の薬指をチラリと見る。


「それで子爵様は我々に何をお伝えになりたいのでしょうか?」

 コリンが保護者モード全開になり、貴族相手に……まっすぐ睨みつける。


「……それほどまでに、大事な奥方であれば、外出などさせるべきではない、と」


 怒られた。

 私が浅はかだったのだろうか?軽率だった?ともあれ、誰の……特に神殿の優しき人々の迷惑になりたくない。

 私はコリンに合図し、立ち上がる。


「待って!マールのためにケーキ焼いたの!珍しく美味しくできたのよ!子爵様!マールはようやく、初めての外出なのです!」

「ローズ様、お邪魔いたしました。また当方においでいただき、我が……妻をたまにでも支えていただければと、思います」

 コリンが私をエスコートし、廊下に促す。


「まあ、もうお帰りになるの?バニスター伯爵と次期様によろしく伝えてちょうだい」

 子爵夫人が無邪気に笑い、座ったまま手を振って見送る。


 ローズの部屋のドアを閉めてホッとしていると、すぐにドアが開き、子爵が出てきた。こちらが身構える前に彼は跪き、深く頭を下げた。

「巫女様、差し出がましいことを申しました。現状の平和は巫女様あったればこそ。巫女様に最大の敬意を」


 老婆心ながら……ってやつだ。子爵は悪い方ではない。私の気分はガタ落ちだけど。


「ご心配、ありがとう」

 そっと手を取り、立ち上がってもらった。



 ◇◇◇



 前もって予約していた評判のお菓子を、神殿の皆へのお土産に買う。コリンに取りに行ってもらい、私は馬車で待つ。そして帰路につく。


「コリン」

「なんですか?」

「連れて来てくれてありがとう」


 コリンは……切なげに笑って、

「……どういたしまして」


 寒いと思ったら、季節外れの雪が降っていた。






次の更新は22日です。

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