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17 お一人様は外出する

 ようやく春が来た。そして念願の私のアパートが完成した。


 コリンにお願いして、この地にそんな習慣はないけれど、地鎮祭っぽいことをしてもらった(よく考えれば更地のタイミングにするべきだった)。

 そして、完成祝いに小さなお菓子を窓から投げた。前世の餅投げだ(これも棟上げのタイミングだったなと、後で気がついた)。近所の子供たちが大喜びしたらしい。


「いやー。内装カッコよかったです。とにかくシブい。前回のカラフルな部屋はオシャレだけど私には無理だなって思ってて、でも今回の部屋はずっと住める。男好み!私、ナターシャさんを見直しました!」

「コリン、そんなこと言ってると襲われるよ?」

「……匿名希望の神官の感想でした」


「いーなあ、私も見たいなあ」

 思わず心の声が漏れる。

「みたーい?」

 いつも間にか足元にルクスがつかまり立ちしていた。私はよいしょと抱き上げる。

「そう、見たーい!ふふふ」


 ルクスは顔に三箇所水ぼうそうの痕が残ってしまった。でも新陳代謝がいいからすぐに薄くなるだろう。

 それに引き換え私の五箇所の痕……二十歳過ぎてちゃ絶対消えない!何で自分にああも甘かった!掻いた自分をぶちのめしたい!二度と日焼けはできん。メラニンが定着する……


「みこー」

 ルクスが可愛い顔をコテンと傾げ、不思議そうに見つめる。

「ん?何でもない何でもない!ルクスは今日もいい子だね〜!」

「いいこーいいこー!」

 ほら、健康ならこんなに機嫌がいい!健康一番だ、お互いに。


「おや、外出からコリンが帰ったの?」

 テリー神官長が入ってきた。

「テリー様、お帰りなさいませ」

 テリー神官長は北の都市をずっと巡回されて戻られたのだ。私は椅子を進めてお茶を出す。

「ふう、巫女のゲンマイ茶は香ばしくて美味しいね。疲れが取れます」

「北はいかがでしたか?秋は不作だったのでしょう?」

「そうですね。あまり良い状況ではありませんでしたが、とりあえず神殿の貯蔵する種もみを配給してきました。今年は天候が安定すればいいのですが」

 これからはもっと念入りに北の大地に向けて祈らねば。


「ところで巫女様は完成したアパートをご覧になりたいのですか?」

「そ、そりゃあ、ねえ?」

「巫女様の神殿への貢献度は数えきれません。一度でしたら、視察に行かれてもよろしいかと」

「……へ?」


 巫女は、一度神殿に入ったら二度と世俗とは交わらない、とされている(実際は十年任期制な訳だったけれど)。


「神殿を出て高貴な身ゆえに誘拐される恐れがあることが外禁の理由なのですが、結局のところ、世俗に戻り、里心のついた巫女が神殿に戻らないことを、我々は恐れているのです。でも巫女は必ずここへ戻ってきてくださるでしょう?」


「もちろん!」

 テリー様ってば何をばかなことを!もはや、ここしか私の居場所はない。ここが我が家だ。


「ただし、万が一の危険もないように、護衛をつけてスケジュール通り動いていただきます。かなり窮屈な視察となりますが、それでもいいですか?」


「それならばテリー様と手を繋いで行くわ!ありがとう!テリー様!」

 私は嬉しくてテリー様に抱きついた!

「こら!全く……聖母のようだと思った矢先に……少女のようになられる……困った巫女様だ」



 ◇◇◇



 お忍び視察当日、私はミトによって完璧に変装させられた。

 ナターシャ特製の茶色いヅラを被り、その上からつばの広い庶民愛用の麦わら帽子。生成りのワンピースに緑のカーディガン姿。目の色をごまかすために、ゴツい黒縁メガネ。

「伯爵令嬢とは思えない……全く違和感ないですね」

「それ、褒め言葉よね?」

 滲み出る前世の庶民臭。


 そして、付き人コリンは生成りのカットソーのような上衣に、紺のパンツ。前世のジーンズのよう。

「いいですね、二人は平民の若い夫婦です。コリン、絶対に巫女の手を離してはなりませんよ!」

「わかってます!一度離したら、巫女は絶対迷子になる」

「ならないよ!これでも王都育ちだよ!」

「ケンカはダメ!あと、私の護衛を五人つけます。彼らの仕事の邪魔をしないこと。17時には王都を出て、19時にはここに戻ること。いいですね!」

 テリー様の注意事項が止まらない。

「はーい!ちゃんと夜の祈りのできる時間に戻りまーす」


「巫女……旅の安全を祈ります」

 テリー様はたかだか日帰り旅行というのに心配そうな顔で私の額にキスをした。

 過去に、任期途中で神殿を出て戻らなかった巫女がいるのだろう……ああ、事情は違うけど姉もそうか。

「テリー様、お土産楽しみにしといてね。夕食のデザートに間に合うようにするから」

「……楽しみにしているよ」




 ◇◇◇




 木製の簡素な馬車で一時間ほど走ると王都に到着した。

 七年ぶりの王都は、背が高い建物が増え、道路の石畳での舗装化が進んでいた。

「すごい、だいぶ様変わりしているわ。コリン、女性のスカート丈が短くなってる!」

「戦争で男手を取られて、女性が少しずつ働くようになり、機能性が重視され、今主流となって、随分とおしゃれになった、というところですね」

「へー。巫女服もふくらはぎ丈にしていい?」

「カルーア様がぶっ倒れるからやめなさい」


 さらに一時間走ると、不思議な、懐かしい……前世風の外見は四角いだけの建物が見えてきた。

「これよね?」

「はい。これです」


 馬車が止まり、御者をしてくれた護衛が安全を確認したのちに扉を開けて、私の手を取り下ろしてくれる。すぐにコリンも降りて手を繋ぎ、じっくり外観を見ることもなく、背の高い男性二人に挟まれて玄関に早足で向かう。このアパートは玄関は一箇所。ここで必ず執事に身元をチェックされ、住人に取り次ぐ方式、玄関をくぐると中廊下と階段があり、それぞれの部屋に続いている。


「巫女様いらっしゃいませ」

 私が神殿でみっちり仕込んだ、執事と神殿の子どもだったメイドたちが勢ぞろいしていた。

「みんな、元気そうね!ここで働いてくれてありがとう。何か待遇面で気がつくことがあれば、遠慮なく言うのよ」


 久しぶりに会う仲間たちと握手して挨拶していると、一階の角部屋のドアがバターンと開いた。

「マールーー!いらっしゃーい!ってあれ?何そのカッコ?似合いすぎなんだけどー!」

「ローズ!笑いすぎってば!」


 もちろんローズのスケジュールの空いてる日に合わせてやってきた。

 ゲラゲラ笑いながら私の肩をビシバシ叩くローズ。そんなローズの足をムギュっと踏む私。国一番のセクシー人気女優と、国一番清純派の巫女のやりとりに、初めて見るものたちは呆然とする。


 コリンが手をパンパンと叩く。

「ローズ様、お久しぶりです。この度は巫女のワガママをお聞きいただきありがとうございます。では早速ローズ様のお部屋を視察させてください。みんな、わかってると思いますがここで見たことは他言禁止ですよ。このアパートのウリは何と言ってもプライベート空間の保護、プライバシーの遵守。何か情報が漏れた瞬間、首を切ります!」

「「「「はい!」」」」

 コリンが私の言いづらいことを言ってくれる。……コリンも老後は私のアパートに入れてあげよう。


 ローズが私の手を握って、

「早く来て来て!」


 私はローズに引っ張られ、木製のドアをくぐった。





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