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16 お一人様は病気になる

結局通常連載です。お騒がせしました。

 朝の祈りを終えて、自室に戻っていると、尋常じゃないルクスの泣き声が聞こえ、ミトとともに慌てて子供部屋に駆け込んだ。


 そこにはカルーア大神官様と数人の神官達が難しい顔をして立っていた。

「みこーみこー!うわーんあんあん!」

「おはようございます!カルーア様、一体……ルクス!!!」


 可愛いルクスの全身に赤い発疹が出来ていた!

 慌てて抱き上げ、あやそうとすると、神官たちが、

「巫女様なりません!」

「得体の知れない何かに感染したら、いかがされる!」


 如何も何も治療するしかないじゃん!それより何よりこんなに泣いてるルクスをほっとけるわけがない。頰を合わせる。高熱だ。これはきつそうだ。

 私はルクスを抱きしめ、顔を胸に押し当て、背中をトントンしつつ、

「医官は?」

「南方に巡回に出てしまっていて」

 医師の資格を持つおじいちゃん神官は、引っ張りだこなのだ。無医村の皆様が来訪を常に待ち望んでいる。


「他の子供たちは?」

「実はリーザ以外は皆同じような発疹が……」


 じんましんかしら?

「発疹の出ている子供だけ食べたものある?」

「いえ、昨日は全員で同じものを食べました」


「そうだ!パーティーだ!パーティーなんか贅沢なことをして、贅沢なものを食べたから神がお怒りになったんだ!」

 短絡的な神官の言葉にムッとして、

「もし、お怒りならここにいるもの全員発疹出てるわよ!」

 そもそも昨夜のパーティーなど貴族たちのそれに比べれば贅沢のうちにも入らない。


「みこ、みこ」


「ん、どうしたの、ルクス?」

「かいかい、かいかい」


「かいかい?かゆいの?ん?」

 ルクスが涙を流しながら顔をボリボリ掻く。すると発疹が潰れ、汁が出て……これ水泡だ!いかん!


 私はルクスの顔を掻きたがる手を抱きしめることで抑えつける。そして、

「みんな良く聞いてください。これは大きな心配のいらない感染病です。この発疹は一週間ほどで枯れます。ただかきむしると痕が残るので出来るだけ触らせないように……でもとってもかゆいので……手袋があればはめさせてください。後は発熱します。熱特有の症状が出ます」


「感染ですか?どうして」


 潜伏期間は一週間くらいよね……となると、

「二日の一般参賀でしょうね。参拝者のなかに罹患者がいたのでしょう。この『水ぼうそう』は移りやすいので、今ここにいる人はかかった恐れがあります。今更しょうがないので、私達がこの子たちのお世話をします。症状の出た人は全員発疹が消えるまで隔離。リネン類も別にして。いいですね!」


「巫女よ、我々もかかる恐れがあるのか?」

「かかるかもしれないし、既にかかってるかもしれないし、かかってても発症しないかもしれません。ただ、かかっても安静にしてれば一週間で治る病気です。そして一度かかれば二度かかることは稀です。とにかく誰が悪いわけでもない、でもこれ以上広めないのが大事!では皆様よろしくお願いします」


 子供たちは結局六人全て発疹が出た。掻くなと怒るとみんな機嫌が悪くなり、子供部屋はギスギスした。大人も三人隔離。少ない人数で通常業務に看護と慌ただしい日々が続いたけれど、やはり一週間で落ち着いた。幸い食欲が落ちなかったので、皆回復しだしたら早く、部屋でじっとしていることにストレスを感じていた。全快宣言した途端、元気に中庭に駆け出した。

 あーーーーホッとした。




◇◇◇




 そして、今、隔離されているのは私とコリン。ミトが二人の部屋を行ったり来たりして看護してくれる。

「ミトがかからなくてよかったわあ」

 ミトは私に水を差し出しながら、

「私、5、6歳頃に、この病気にかかったと、ぼんやり覚えてます。お役にたててよかった。巫女様ってば付き人の私よりも働き者なんだもの……今回はゆっくり寝てください」

「寝たいけど、痒い!」

「絶対掻いてはダメですよ。顔に痕が残ったら大神官様からお咎めを私が受けます」

「ええええ?」

 まあでも、カルーア大神官様はじめ、お年寄りにうつらずに済んで良かった。


「大神官様にお勤め出来ず申し訳ありませんとお伝えしてね」

「了解しました」

「コリンは?」

「コリン、誰より一番熱が高くて唸ってます」

 私の付き人なばかりに……ごめんねコリン。

「ミト、私よりもコリンについていてあげて」

「コリンには元気になった神官様が付いているから大丈夫ですよ、あら?」


 窓がバンバンと叩かれて、そちらを見ると、子供たちが手を降っている。私もベッドの上から手を振る。

「うわあ、巫女様のぶつぶつハンパない……」

「ホントに無くなるの、あれ、キモい……」

「お前はあれより酷かったよ……」


 みんな……壁薄いから全部聞こえてるわよ……そんなにヒドイのか。子供は正直なだけに乙女ゴコロにザックリ来る。


 ミトが窓を開け、

「こら!静かにしなさい!」

「ミト先生、これ巫女様へ!」

 マイが何か差し出した。小さなスミレの花束だ。この寒い中探してくれたの?


「みんなーありがとー!」

「巫女様〜笑ってもキモい〜!」

 ガーン!



 ミトは小さなコップにスミレを活けて、子供たちに稽古をつけるために出て行った。

 私は静かにベッドで横になり、スミレの柔らかな紫色を見ながらうつらうつらする。


 ドギツイ紫の壁紙のパープルルームは、芸術家のおっさんしか入居してくれなかったけれど、この薄紫なら夢見る女子にもうけるかも……


 痒さで意識を戻しては、手袋をした手でポリポリ掻く。無意識にもやってるはずだから随分傷になってるかもしれない。まあでもいいや。どうせ行き遅れだし、カバーメイクをオネエに教えてもらえば……


 毛布から手を出し手袋も外し、顔に爪をたてようとすると、誰かにグイと握り込まれた。夕食の時間だろうか?あまり食欲ないんだけれど。

 重いまぶたを開ける。


「……は?」

「えらい目にあっているな」


 ここにいるはずのない人、デュラン様がベッドの横の椅子に座っていた。

「なんで?」

「様子を見に来たに決まってるだろう?」

 そ、そうだ!私は事もあろうにサジークの王位継承者を病気にしてしまった!

 私は慌てて起き上がる。そしてベッドの上で正座して土下座。

「この度は、ルクス王子を病で苦しめることとなり、誠に申し訳ありません」


「……おい」

 急に動いたせいで、めまいがして、身体を戻せない。そのまま固まっていると、トンと脇腹を押され、横にコロリと倒された。

「はあ……ったく、何をやってるんだ病人が」

 私は抱きかかえられて、再びベッドに寝かされた。


「もちろんルクス様のことは心配だったが、先ほど元気に積み木で遊んでいたのを見たから問題ない。マールの方がどう見ても重症だ……だからおい、掻くな!」

 無意識に首に伸びた手を握りこまれる。えええ?ちょっと待って?

「で、デュラン様!そもそもどうしてこの部屋にお入りに?ここは今隔離中で!その上私に触って……何やってるんですか!」

 誰よ!よその国の偉い人を感染部屋に入れた奴は⁉︎


「安心しろ。巷にある毒やら病気は一通り耐性をつけている。俺にはうつらない」


「そ、そんなこと?」

 あるのかしら?……あるんだろうなあ。前世でいう予防接種のようなものが。私は肩の力を抜いて、ベッドに沈み込んだ。

「辛そうだな」

 嘘をついてもしょうがない。


「痒くて……で、熱のせいで身体の節々が痛いです。あと三日ってところですね」


「まあ、そんだけぶつぶつ出来ればなあ」


 ……そうだった。私の顔、子供が気持ち悪くなるくらい悲惨なことになってるのだった。

 私はデュラン様に背を向けて、布団を被った。

「お見舞いありがとうございました。さようなら」


「なんだ?気分悪いのか?ミトを呼ぶか?」

「いーえ、結構です。もうお帰りになってください。お元気で」


 バサッと布団を剥がされた!

「キャッ!」

 私はうつ伏せになって枕に顔を埋める。

「おい、何不機嫌になってんだ。挨拶くらい、顔見せて言え!」


 ヒドイ……世捨て人の私にだって羞恥心はあるのだ。

 結局のところ、私はデュラン様に嫌われたくないし笑われたくない。

 だって、あんな、親密なことをした相手だよ。キスなんて、実は前世を通しても初めてだった。私に愛を囁いてくれた相手。辛抱強くあやしてくれた相手。

 意識しないわけがない。そんなあなたに、不細工な顔見られたくないって乙女心、察してよ!そしてとっとと出て行って!

 あまりの仕打ちに、枕に向かって叫ぶ。


「こんな顔見られたくないって気持ち、なんでわかってくれないんです?」

「……なんだ原因はそこか?」


 ギシッと音がして、ベッドが軋み、沈む。は?デュラン様乗りあげた?

 なんで、と思いつつ、うつ伏せをキープしていると、私のムズムズの止まらない背中を上下にさすりだした。絶妙な力加減で……かゆみが紛れて気持ちいい。


「……大神官から、巫女がずっと徹夜で子供たちの看病してたって聞いた。機嫌の悪いルクス様をなだめて、ずっと室内をグルグル歩いてたそうだな」


 あれは参った。最近すっかり重いのに抱っこしないと泣く、抱っこしなければもっと泣く!大きくなった分声量もデカくなり、鼓膜破れるかと思った。


「そんなことする貴族の女はいないぞ?例え母親であっても使用人まかせだ。不安な発疹が全身に出ていたのならなおさらだ」


「それは……」

 それは、私が今回の病気の正体を『水ぼうそう』と理解していたからだ。敵の正体がわかっていれば冷静になる。

「大したことでは、ないのです」

 可愛い子供たちに頼られると、婚約者に捨てられた私でも、必要としてくれる人がいるって思えて……

 自己満足であることに気がついて、自分を笑った。


「全く、どこまで俺を惚れさせる気だ。まあ確かにルクスは可愛い……マールがそこまで愛するルクスを、俺も全力で守ろう」


 またしても、あらっという間にデュラン様の膝に乗っかってた。顔を覗き込まれる。

「動作が急すぎます!めまいした!近い!ホントに!やっぱりうつるかもしれないでしょう?」


「うるさい。病人は静かにしろ!うわ、身体が発火したように熱いな!」

 デュラン様は電光石火でキスをした。

「びょ、病人よ?一番やっちゃダメなやつ〜!」

 私がアワアワしていると、

「お前が見っともないと思ってる顔に俺はキスできる。好きな女が苦しんでいるなら、なんとか助けてやりたいと思うし、好きな女ならどんな姿をしていても……かわいいさ」


 これって……

 前世映画で見た「美女と野獣」の逆パターン?死にそうな(死なないけど)野獣(私)に美女(デュラン様)がキスをして……

 慣れない甘い言葉をくれるこの人との未来は、あり得るのかしら?それとも現実は甘くない?

 つい夢を見たくなる。王子様のキスで、私は美しく変身し……ハッピーエンド?なんてね……。


「アレコレと考えるな!本当に……もう俺には機会がないんだ。黙ってあやされておけ。俺を記憶に刻み込め」

「デュラン様?」


 デュラン様は私を抱きしめたまま、ずっと背中や腕を撫でてくれて、熱やら寝不足やらで疲労が溜まっていた私はそのまま寝てしまった。優しい夢を見た気がする。幸せだった。


 眼が覚めると朝で、当然一人。体は幾分軽くなっていたけれど、寂しかった。





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