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13 【幕間】チャールズは反省する

 出会いはただ、7歳から12歳までの子供が集う初等教育の席が隣だった。それだけ。


 俺が国史の教科書を無くして、代わりを手に入れるまで、隣の席の女に世話になることになった。

「本当に、ゴメン。俺はチャールズ・ヤック。よろしくお願いします」

「第1騎士団団長様のご長男ですね?私はマール・バニスターと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」


 女は地味な顔立ちに鈍い鉄のような灰色の瞳で、白に近い灰色の髪をギュッと襟足で結い上げていた。


「マール・バニスターって、あの巫女の家系で……王太子殿下の婚約者……えええ?」

 令嬢は困った顔をして笑った。

「何でこんな地味な奴が……」

「私もそう思います」

 マールはますます眉間にシワを寄せてそう言った。


 俺は代々騎士家系の伯爵家の嫡男。王家の信頼も厚く、父も軍人一筋なのでおかしな借金も背負ってない。いわゆる優良物件というやつで、幼い頃から色目を使う女に辟易していた。

 そんな中、マールは異質だった。俺に媚びない女。何のことはない。殿下の婚約者なのだから当たり前だ。


 だが彼女は自分の立場を声高に叫んだり、その特権を使うことはなかった。教育期間中、教わることを完璧に身につけようと必死な様は滑稽なほど。休み時間も教本とにらめっこの彼女に、


「なあ、たまには肩の力抜けば?」

「そういう訳には」

「少しくらい青春謳歌しても文句言われないって!」


 マールはふぅと小さく息を吐き、

「チャールズ様、今後の護衛の知識の参考に……私には常に王妃様から賜った護衛が一人、私の情報を報告するものが一人、ピッタリついています。私が青春してることを報告されたらどうなるか……単純に怖いのです」

 思わず周りをキョロキョロ見渡す。天井か?それとも教師に化けてるとか⁉︎


 王妃は、とても厳しく苛烈だという話は父から聞いている。

「考えなしだった。ゴメン!」

 マールは静かに首を振る。

「それに私が無知であると、殿下が後ろ指を指されることになります。お優しい殿下にそんなこと……耐えられない」


 殿下のために、必死に勉強してるのか……

「ラファエル殿下のこと、大好きなんだな!」

 途端に顔が真っ赤に染まった!

「あた、当たり前です!殿下を嫌いな国民などいる訳ないでしょう?」

 確かにな。俺もラファエル殿下のために剣を捧げようと思ってる。


 ラファエル殿下の横に立つには地味だけど、マールみたいな努力家の令嬢なら悪くない、と思った。マールの灰色の瞳は華やかな色彩の中どれよりも落ち着いていて、安心できた。男ならではのラファエル殿下情報をマールに流すと、目を白黒させて聞き入り、「まあ!なんてこと、ええ?」と、喜んで聞いてくれて?、会話の中心は殿下だから、女っぽい話題に付き合うこともなく楽ちんで、俺はマールを唯一の異性の友人と認めていた。




 ◇◇◇




 時が経ち、何故かマールは殿下の婚約者を外れ、巫女になった。

 殿下の横に立ったのは、マールの姉で元巫女の儚げな美女。純愛で結ばれたらしい。何だそりゃ?

 どういうことだ、マール!おまえ、ラファエル殿下を諦めたのか?努力を止めたのか?

 分野は違えど同士と思っていたやつの戦線離脱に、俺は勝手にガッカリした。


 努力と血統と、運が重なり……俺は将軍の後継者に内定した。

 そして新年の行事のある神殿への同行を許された。


 久々に見たマールは、贅を凝らしたドレス?を身に纏って、どうやってか音を立てず滑るように歩き上座に座る、人形に成り果てていた。

 思わず聞こえるように揶揄すると、神官から一斉に殺意が飛んできて、ちょっと驚いた。思ったよりも神殿とは仲間意識が強い組織のようだ。


 そして、もっと意外だったのは、我らが将軍閣下からも、身体中から怒りが発散されたこと!

「……何故このような浅慮な兵を連れてきた?」

 宰相閣下のつぶやきに背筋が凍った。

「面目ない……」

 俺のせいで、将軍閣下が頭を下げた。



 俺は内心オロオロしながら、バルコニーに向かう列の最後尾についた。

 大勢の国民が待ち受けていた。巫女はこの新年にしか人前に顔を出さない。平安の時代のシンボルとして絶大な人気を誇る巫女。それ故に、文字通りベールに隠された素顔を皆が想像する。本当に銀の眼などこの世にあるのか?美しくないから、顔を隠しているのでは?そもそも実在せず神官が装っているだけでは?


 突如、小さな金髪の天使がフワリと舞い降りた。そして、軽やかに巫女に駆け寄り彼女のベールを引き剥がすというイタズラをした。


 その場にいた全ての人間が息を詰めた。


 美しい銀の、雪の朝の陽光のような長い髪が風に舞う。

 そして、この寒い朝の吐息よりも真っ白な肌、十年前よりも痩せた顔形は憂いを帯び、瞳は遠くまでわかるほど、銀に澄み輝いていて……世界の何もかもを見通し……


 伝説の聖女そのものの姿がそこにあった。どこか眉唾物ではないのか?と思っていた群衆の思いは、圧倒的なその存在感に打ち震えた。マールの眼は灰色ではなかった。日の光が反射したそれは至高の銀。俺はかつて何を見ていたのか?


 巫女は天使を抱き上げ、困った顔をして、そっと「ごめんなさい」と言葉を発した。随分と低く落ち着いた声になっていて……切なくなった。声を聞いたことで、目の前の奇跡が現実であることを、見守った全ての民は改めて確認する。


 王が「子供たちを養ってくれてありがとう」というようなことを、緊張した面持ちで言うと、緩く笑みを浮かべ、天使の頰に優しくキスをして、俺でも知ってる花……梅の羽織ものをなびかせて静かに去った。

 我々のイメージする、幼い子供を守護する、慈悲深き、女神そのもの。


 前代未聞の巫女の顔出し、声出しに、観客が一斉に熱狂した!

「巫女様ー!巫女様ー!」

 絶叫し、泣き出すもの多数。

「巫女様……なんとお美しい……」

「神々しい……」

「本当にいたんだ……我々のために……祈っているのか……」


「ううむ……巫女の人気がますます上がりましたね」

 宰相閣下が眉間を揉む。

「マール嬢……あの真面目な少女が……これほど大人になっていたのだな……どれほどの思いを乗り越えて……将軍、部下をしっかりしつけておけ!」

 王が懐かしげに巫女を見つめたあと……俺を睨みつけ言い放った。



 ◇◇◇




 軍に戻るや否や将軍に左頬を殴られて、壁まで吹っ飛んだ!

「何故巫女様にあのような無礼を働いた!お前が巫女様の何を知っていると言うんだ!」

「っ!巫女様……マールは初等の学友です!分野は違えど将来ラファエル殿下を支えようと誓った仲でした!なのに、神殿に逃げて……新年のこの機会以外は何でも引きこもって、敬愛する殿下の面談にも応じないと聞きました!殿下の側仕えが怒っています!」


「マール嬢の……友達だったということか……」


 それから、将軍は俺に、将軍が知る全てを教えてくれた。

 マールの姉と殿下が恋に落ち、すでに引き返せぬ仲であったため、マールは婚約を破棄された上、身代わりに神殿に送られたこと。

 そんな経緯で入信したマールへの、神殿の風当たりは当初最悪だったこと。

 急遽、思わぬタイミングで王太子妃になる姉のサポートにバニスター家は金も労力も追い詰められ、マールは一人で巫女という重責に立ち向かわざるを得なかったこと。


「神殿の生活は楽ではない。質素な食、簡素な生活を旨とし、娯楽も酒も友もなく、夜明け前から身を切るような泉に身を沈め、ひたすら国の安寧を祈るのだ。これまでお前とともに勉強したものを全く、活かすこともできずに……愛するものに裏切られ……でも憎しみの感情など巫女には御法度。昔、城に上がっていたときは、はにかみ屋のカワイイ女の子だったのに、すっかり悟りを得た顔になっていたな。何を手放して手に入れたのやら……」


 マールは、王妃への道から逃げたのではなかった。道を奪われていたのだ。


「いくら『金のなる巫女』と言ってもそもそも贅沢は許されず、衆人環視のなか自由に使えるわけもない。最近は孤児の教育に私財を投じて打ち込んでいるらしい。幼子を抱く巫女の慈悲深き顔……王すらショックを受けていたな。宰相は脅威に感じたようだ。マール嬢は本物で最強の巫女になった。なんにせよマール嬢の犠牲の上、この時代は絶妙なバランスを保っている」


 信仰が、マールの存在が、敗戦で鬱屈した群衆を鎮めている。


「お前、友達だったのなら、出来ることがあるんじゃないか?」


 マール。かつての友よ。俺は自分の無知がひたすら恥ずかしい。







神殿以外の視点を挟んでみました。

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