11 お一人様は仲直りする
ナターシャが、唐突に兄に掴みかかりヘッドロックをかけた!
「うわ!止め、やめ!、タップタップタップー!」
兄の悲鳴が響く!ナターシャが腕を緩めると、兄はズサっと、壁紙見本の上に倒れた。
「このヘタレがなあ、打ち合わせのたびに、妹を生贄にしただの、妹を見殺しにしただの、妹を泣かせただのウダウダウダウダうるせーの何のって!悪いと思ってるならピシャッと謝れ!って言えば、合わせる顔がないだの、きっと許してくれないだのクヨクヨクヨクヨ!あったまにきて連れて来た!おい、立てよコラア!」
ナターシャ……怒るときは男言葉なんだね。カッコいい。
ナターシャが兄の首根っこ捕まえて座らせた。次期伯爵を意のままにできるオネエ!ステキ!
「わかってるってナターシャ」
兄は、私の目の前に正座した。
「マール。不甲斐ない兄貴ですまない。マールの気持ちも考えず、楽に切り抜けることばかり考えてすまない」
「お兄様……」
「あの時、目の前で、裏切り行為を見て、わなわなと震えるマールを見たのは私だけなのに、神殿に替え玉のように入ってくれて、精力的に働いているマールを見て、案外立ち直り早かったなって思ってた。お前の苦労や我慢に気がつかないでいる方が楽だからだ」
私が目をふせた途端、ナターシャがゴンっと兄に鉄拳を振り下ろした。
「てめえふざけんな!あの頃のマールは今にも死にそうな顔で!1個目のアパートを必死に軌道にのせようと四苦八苦してただろうが!もはやこれしか、この成功でしか生きていけないって顔して……だから俺たちはマールに協力したんだ……世間から孤立し、孤独を知る俺たちだから、一緒に身を粉にして頑張れる、と……」
ナターシャ……
目をあんなに血走らせて、怒ってくれて……ずっと心配してくれてたんだね。隠すのうますぎるよ。気がつかなかった……本当に、ありがとう。
ナターシャの手をそっと握る。
「ナターシャ、ナターシャの手は美しいものを作り出すためにあるの。不甲斐ない兄だけど、殴らないでね。少し家族の話をするから、席を外して?お願い」
ナターシャは中腰で私をギュッと抱きしめてくれてから、コリンに付いて、部屋を出た。
「おまえは男運はないけれど、友人には恵まれているな」
「ナターシャは男よ?」
「……そうだった」
兄はふぅと息を吐いて、真っ直ぐ私を見る。
「先日は母上を止められず本当に悪かった。マールには辛い思いをさせてしまったけれど、私にとってはマールの考えがわかって良い機会だった。マールは母上に好き嫌いがあってもしょうがないと言ったね。
私は母上もルビーも嫌いではない。でも、この7年マールの働きをそばで見てきて、純粋に妹ながらスゴイやつだって思ってる。家族の中では当然一番好きだ」
「だから、私はマールの味方につくよ。今後選ぶ場面が来れば。母上がルビーの味方をしているんだから均衡がとれてちょうどいいだろ?あと、はい、これ」
兄はゴソゴソとポケットから封筒を取り出した。思わず微笑む。きっと甥のポールからの手紙!
中をあけると、巫女姿の私がにっこり笑って手に花を持っていた。たどたどしい字で「まーるおばちゃま」と書いてあった。
すると、その下に流麗な文字が続いていた。
『マール様、
お義母様が、周りの迷惑を何も考えない金勘定のできない身持ちの悪い寝取り女を許せなどとぬかし、あなたの兄である夫はそれを止めなかったそうですね。心よりお詫び申し上げます。マール様がバニスターにお戻りになるときまでに、私が綺麗にこの家を清掃しておくことをお約束いたします。巫女と実業家、二足のわらじを履き、凛々しく立っていらっしゃるマール様を尊敬致しております。ポールとマックとともにお会いできる日を楽しみにしております。
マール様の唯一の姉 ユリエ』
腐っても王太子妃を……身持ちの悪い寝取り女って言い切った!
「お兄様、すごい女傑とご結婚されたのですわね……」
「ははは、まあね……」
兄はここでない遠くを見つめる。
そして、この表現。〈実業家〉〈二足のわらじ〉。
お義姉様は……転生者かもしれない!
唯一の姉!だって!あんなバカな女じゃなくて、ユリエ様がお姉様になってくれるって!
ああ!お会いしたい!
「ユリエは賢く効率主義な女でね。今回のことで家族の問題だけでなく、仕事についても無駄を削ろうと二人でよくよく話あった」
おまけに新しい姉さんは賢いときた!
「その結果、私は近衛騎士を辞めた。そして領地の運営と貴族の義務としての付き合い、そしてマールのアパート運営のサポートと巫女のマールのバックアップを私が今後行う。父上は王城の役人としての仕事と王太子妃と母の面倒を見てもらう。マールが還俗する三年後を目処に爵位を継承する。父と母には妃殿下を支えやすい場所に移ってもらう」
兄が、今後完全に私に味方をすると、決意表明した。それはそのまま今後のバニスター家の方針。
いいの?姉に背を向けることは、次期王に背を向けることだ。
「お兄様、王太子殿下と距離を置くことになるのは……いかがなものかと?」
「マール、うちはそもそも伯爵家。王家と近くなくていいんだよ。そしてね、私は騎士を辞める直前まで王妃様付きだったんだ。王妃様は自分の目が黒いうちはマールを全面的に支援する、とおっしゃった。ルビーと嫁姑関係最悪だってさ。次のマールのアパートはわらわが最初に入居するって、大勢の前で言ってたよ」
冗談だとしても、私のアパート事業をご存知で、認めていると公言してくれたのと同じ。
王妃様は、とても厳しくて、恐ろしくて、正直好きではなかった。でもその厳しさは誰に対しても平等で、ご自分にも厳しい方だった。信頼していた。
私のことを、今も気にかけてくださっているとは……。ジーンときた。
「お父様はなんと?」
「頃合いだな、とだけ」
お兄様は、私のために、苦しみ、考え、動いてくれた。あんな最低な別れ方をした妹に歩み寄ってくれた。
「お兄様」
「何だ」
「ユリエお義姉様に免じて、許して差し上げます」
「……それだけ?」
私はゆっくり笑った。
「妹の商売をバカにしないフラットな精神と、お義姉様の意見をとりいれることができる柔軟な心と、身分をものともせず、友達を頼って、妹に頭を下げに来てくれるお兄様が、結構好きです」
「マール!」
私はあっという間に兄の腕の中にいた。
『まーるー!何でそんな高いとこ登った〜!ピョンって飛べー』
『おにいさま〜こわいよ〜』
『大丈夫だ〜ぜったい受け止めるから〜』
『わ、わかった!えいっ』
『『うわーあ!』』
ドサッ……
兄に抱きとめられたこと、初めてじゃないことを思い出した。
「お兄様、今も、私の全てを受け止めてくれますか?」
お兄様の腕の中で顔を上げて尋ねる。
「もちろんだ」
私は、姉の目の色の秘密を兄に話した。次期当主は知る必要がある。
「最悪だ……受け止めきれない……」
兄は今回も私共々倒れた。しかし私の心の負担は二分割されちょっぴり軽くなった。
「今後についてお義姉様とも相談してください」
「もう……バニスターに愛想尽かされるかもな……」
本日「転生令嬢は冒険者を志す」のコミカライズ第五話配信されてます!
『あの』エピソードですので是非読んでください!
というわけで祭りです!「お一人様」もフライング更新!
月曜日まで連続更新いたします。
連休の暇潰しに是非 (#^.^#)




