6 ある日の「山月記」授業 一
――隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。
「出だしの読みにくさは凄い。が、ぶっちゃければ漢文ぽくて読みにくいのは最初の段だけだ。今日は親友とのドラマに入る前の主人公――李徴の経歴について読んでいこう」
山月記は、中国の古典に通じていた中島敦の代表作である。中国、唐代の古典「人虎伝」をベースにした短編小説だ。中国で千年以上続いた役人の登用試験 『科挙』……これに合格し、中国王朝を動かした高官たちは、強大な権力と財力を手にした。
中でも難関の進士科に、若くして合格した李徴というエリート青年が主人公である。
「虎榜というのは『科挙』の中でも最難関だった進士科の合格者リストだ。当時の合格率は1~2%といわれる。小説ではディテールまで語られてないが、『科挙』自体、最盛期には倍率が数千倍になったり、東京ドームみたいな巨大受験場に3日間閉じ込められて答案作成したり、とかなり面白い。興味ある人は調べてごらん」
この難関にせっかく受かったのに、李徴は頑固でプライドが高く、『江南尉』という下級役人の身分――とはいうものの、地方知事の補佐だからそれなりの役職――に満足できなかった。
彼は詩人になって名を残そうと考えて自分から退職し、ひきこもってひたすら詩作りをした。
「自分には才能がある!こんなつまらない仕事じゃなくて、俺らしい芸術で名を残したい!……そんな主張をして、せっかくの職場を辞めてしまった……まあ、夢を追うことを一概に否定はできないけど、80年前に書かれた小説とは思えないくらい、今どきっぽいと思わないか?」
こう話しかけると、生徒は何ともいえない、微妙な笑顔になる。李徴のような生き方のリスクについて、今時は高校でもしっかり教えて『フリーター撲滅』に励んでいる。でも、心の奥底にはやりたいことを追求して生きることへの憧れもある。だからこその、微妙な笑顔。
――しかし、文名は容易にあがらず、生活は日をおうて苦しくなる。李徴はようやく焦躁にかられてきた。
「そう簡単に有名詩人などなれるものじゃない。自分から退職したのだから、収入もなくて生活はどんどん苦しくなる。顔も痩せこけて、目ばかりが爛々と光る。李徴くん、わかりやすく磨り減っていく」
結局、李徴は妻子を食わせるため、再び頼み込んで役人にさせてもらう。自分の才能に絶望しかけているし、以前は同僚だった連中が、みんな出世して顎で使ってくる。その状況に、李徴の高すぎるプライドはさらに引き裂かれる。ストレスが溜まりすぎて、次第におかしな振る舞いを見せるようになる。
――一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、ついに発狂した。
「李徴は出張先で夜中、意味不明なことをわめきつつ闇の中へ駆けだし、そのまま失踪してしまった。さあこの後どうなるのか……というところで次回に続く。号令、お願いします」




