14 体育祭 お祭り気分とギターの響き【Webのみ】
6月9日(金) 体育祭当日 朝9時
よく晴れた。
生徒が外に椅子を運び出している。
体育祭は、学校全体を紅白チームに分けて争う。
体育委員会が紅白は毎年恒例のくじびきで決めた。
今年は1~3組が白組、4~6組が紅組である。
夏の暑さが本格的に始まる少し前の季節。
とはいえ、快晴で朝の9時ともなると気温も上がってきている。タオルと飲料、紅白のはちまきと、各自の椅子をもった生徒が、少し汗ばみながら校庭へぞろぞろと出てくる。
体育委員は早朝から忙しく準備に走り回っている。
朝礼台に立って、マイクで生徒の流れに声をかける。トラック外側の向かって左側に白組、右側に紅組の観戦ゾーンがある。
「1年生は、一番奥、この台の正面あたりになるから、急いで移動しなさい!」
暑くなりそうなので、早め早めの運営で、外にいる時間を少しでも減らさないと危険だ。
◇
午前中の競技はつつがなく終わった。
お弁当を食べ、全体はほどよくお祭り気分になっている。
昼休み後半は、お祭り気分を盛り上げる部活対抗リレーがある。
最初のレースは体育系部活による「かなりガチ」なレースだ。
毎年やっている恒例行事なので、
「今年は負けねぇ。うちがとる!」
「バスケ部期待してくれよ。今年は福井以外も速いの揃ったから」
「うちが勝ったら今度の練習んとき飲み物1本な」
「どうせなら学食一回賭けようぜ」
……部員同士も仲良くやっている。一部の会話は……聞かなかったフリをしておこう。
バトンは競技にまつわるものなので、球技系はボールが多い。
サッカー部は、ドリブルしながら、という話もあったが、体育委員が真面目に話し合った結果、やっぱり危険――そりゃそうだろ――という結論になった。ボールをラグビーのように抱えて走るそうだ。
陸上部にいたっては、負けたら練習で大変なメニューを課される決まりになっているらしい。部員の目がやけに真剣で、なんか不憫だ。
◇
「位置について!」
生徒指導部の前田先生の大きな声が響く。
ピストルが空に、パーン、と高く乾いた音を立てた。
各部のユニフォームを着込み、それぞれのバトン代わりのアイテムをもったランナーが一斉にスタートした。体育系主体のレースに参加しているのは、10チーム。
勝ち目がないのは覚悟の上で、竹刀をバトンにして道着、袴、防具のフル装備で走り、次のランナーに面や胴打ちを決めて交代にする剣道部。バトンを渡すかわりに走ってきたランナーに投げ技をかけるのが伝統になっている柔道部など、レース中盤からは、かなりお祭り要素が勝ってくる。
ラグビー部はバトンこそボールだが、最後のゴールは待ち受ける生徒が走者にタックルして一緒に転がるお約束だ。
勝たねばならない陸上部や、対抗する気満々のサッカー部や野球部、バスケ部は、そうしたお遊び感と無縁のデッドヒートを繰り広げている。ボールを運ぶ関係でどうしても不利なのだが、それでもサッカー部、バスケ部あたりは陸上部に追いすがっている。
結果、今年は陸上部がリードを守り切って1位でゴール。
紅白戦のポイントに関係ないお遊び競技なのだが、陸上部員が本気で喜んでいる――顧問からよほど恐ろしい条件を出されていたらしい。チームの団結は大いに強まったようで、それはそれで悪くないのかもしれない。
◇
第二戦、次は文化部中心のレース。勝ちにいくチームは少ないので、いかに目立つかの勝負になる。
我らが漫イラは、スケッチブックにイラストを描きながら……それをバトン代わりにして、一枚の絵をリレー形式で描きながら走っている……なぜメイド服なのかは顧問の俺もわからないが……当然、速くない。
このレースの一番目立ちは、軽音楽部だった。
エレキギターをバトン代わりにして走っている。アンプがないまま、かき鳴らしているので、ほとんど音は聞こえないが、不思議なパフォーマンスになっている。
――よくこんな砂ぼこりの中にエレキなんて持ち出したな。
そう思って、傍らで観戦していた1年生――軽音部に入部した男子――に話しかけた。
「部の機材、砂まみれにして平気なの?前田先生、怒んなかった?」
「あれ、横山先輩の私物なんですよ」
「横山の私物?」
ちょっと驚いた。
「前田先生、砂が入るからグラウンドに機材なんてもってっちゃダメだ、って許可してくれなかったんです。そしたら横山先輩、自分のギター持ってきて 『これならいいだろ』 って」
「それは、たいした気合いだな」
「横山先輩、目立つことには、いつも本気なんで……」
素肌に革ジャン姿のアンカー、横山が自前のギターを受け取った、と思うと、走り出す様子がない。
何事かと思うと、おもむろにケーブルを取り出し、ギターとアンプを接続した。アンプをたすきがけにして、背中に背負っている。
バトンを受け取った場所で、いきなりエレキギターを思い切りかきならず。
ぎゃっぎゃっぎゃーん
ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃーん
誰でも一度は聞いたことがあるイントロから、ハデなアドリブに移行した。
ぎゃーんぎぎゅぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁぁん
ぎゅぎゅぎゅぃぃぃぃぃん
バッテリー駆動の小型アンプとはいえ、最大出力にすればそれなりに音は出る。
エレキを弾きまくりながら、マイクなしでシャウトしながら走るアンカー横山のインパクトは大したものだった。観客席からも、大きな歓声が上がっている。
「あれはビジュアル系……なのか? なんか、あそこまでいくと、あっぱれだな」
「先輩、いつも元気なんで、男女どっちからも結構人気すよ。前田先生にマジで怒られてもぜんっぜんメゲないし」
――ただの馬鹿なんじゃないか? と言いたくなったが、黙っておいた。




