悪魔の子供と使徒の想い
既に述べたように、エルフの住居とは自然のものを利用している。
材質は主に木であり、鉄などは一切使われていないように見えた。
快適な暮らしを知ってしまいそこから抜け出せないとはいえ、そういったところはまだ変わっていないようだ。
そんな木造建ての部屋の一室で、アレンは窓から外の光景を眺めていた。
そこからは先ほどの広場を見渡すことも出来るのだが、視線の先にその名残は残ってはいない。
解散した時には、まだまだ興奮冷めやらぬ、といった様子であったのだが……その辺はあの男が上手く対処した、といったところか。
しかしとりあえずはそこに面白いものはなさそうなので、そのまま視線を移動させる。
上に、空へと向ければ、視界に広がったのは一面の黒の中にぽっかりと浮かぶ丸い月だ。
エルフの森にいるという状況ゆえか、それはいつも見ている月とは少し違うようにも思えた。
あるいは、ここは空間を隔てた先にある場所であるため、本当に少し違って見えるのかもしれないが――
「――月が綺麗ですね、とか言ってくれても構わねえんですよ?」
聞こえた声に、振り返ることなく肩をすくめた。
驚く事がなかったのは、とうに気付いていたからである。
もっとも、向こうとしてもそれは承知の上だったのだろうが。
「さて……生憎と、僕はそういうことを口にするタイプじゃないからね」
「つまんねえですねえ……折角悪くねえ状況だってのに」
「むしろそれを言うんなら、昨日のがそれっぽかったんじゃないかな? というか……よくそんな言い回し知ってたね? この世界にはないはずだけど」
「まあ、使徒やってた頃は意外と暇でしたからね。世界中から色んな話とかを集めて読んだりするのが趣味みてえになってた時期があったんですよ」
それではまるで文学少女ではないかと思ったが……想像してみると、意外と似合っているように思えた。
彼女は口調こそ若干奇天烈気味ではあるものの、言動そのものは真っ当だ。
知識も豊富であることを考えれば――
「んー……結構似合いそうだなぁ」
「ま、美少女ってのは、それだけで何やっても大抵は似合いようになってるですからね」
「自分で言う、それ?」
確かに事実ではあるのだが、相変わらず良い度胸をしている。
苦笑を浮かべ……さて、出だしの雑談はこんなものでいいだろうかと、ようやく振り返った。
そうして視界に映った姿は、当然と言うべきかアンリエットのものであるが、その顔に浮かんでいる表情はどことなく挑発するようなものである。
「さて……先ほどの目配せはアンリエットを呼ぶためのものだったと認識してるですが、間違ってねえですか?」
「間違ってないね。というか、そうじゃなかったらさすがに少し驚いてるだろうしね」
「それでもオメエは驚かなかった気もするですが……まあいいです。それで? アンリエットを呼んでどうするつもりなんです? まさか今日こそは本当にいかがわしい真似をするつもりなんですか? エルフの森でなんて、ちとチャレンジャー過ぎると思うですが……」
「……アンリエットってさ、結構分かりやすいよね?」
「……何がです?」
「言いたくない事や聞かれたくない事があると、口数が増える」
図星であり、自覚はあったのか、アンリエットが口を閉じた。
そう、アレンがどうしてアンリエットを呼んだのかなど決まりきっているし、アンリエットがそれを分からないわけもないのだ。
「まあ分かってるとは思うけど……僕が聞きたいことってのは、ここに住んでる悪魔の子供達のことなんだよね」
はっきりと口に出してしまえば、アンリエットは何かを諦めたように溜息を吐き出した。
それから恨めしそうな目を向けてくるが、肩をすくめて返す。
言いたくないのは最初から分かっていたことではあるが、さすがにこれは聞かないわけにはいくまい。
「まあ、オメエなら気付かねえわけがねえとは思ってましたが……パーシヴァルから何か聞きやがったですか?」
パーシヴァルという名に聞き覚えはなかったが、おそらくはあの男の名なのだろう。
あの男と話しているところをアンリエットが見逃すはずがなく、そこで何か言われたと思ったといったところか。
「何も聞いてないって言ったら嘘になるけど、ほとんど聞いてもいないも同然だと思うよ? 三年前にあの子達をここで匿って欲しいってアンリエットが連れてきたってことと、それをエルフ達に認めさせたのは、あの子達を受け入れることでエルフ達が自分で成長出来るようになる足がかりを作るためだってことにした、ってことぐらいだし」
「結構聞いてると思うですが……つーか、あのことをオメエが知ってたのもやっぱパーシヴァルが話したからですか。アレで結構口が堅いやつなはずなんですが……気に入られたっていうか、認められたってことですかね……」
「僕のことを君の友人だって認識してのことみたいだったから、認められてるんだとしたら君がってことだと思うけどね」
「オメエなら自力だけでも認められてた気はするですが……まあいいです」
そう言って息を一つ吐き出すと、アンリエットは覚悟を決めたような目を向けてきた。
それにアレンも視線を返し、黙ってその言葉に耳を傾ける。
「まず、オメエももう分かってるとは思うですが……悪魔に関しては、ワタシはいくつかオメエに黙ってたことがあるです」
「うん、だろうね。それで?」
「悪魔は以前にも言ったように、世界への反逆者です。それはつまり、この世界を生きている人類にとっての敵に違いなく、その理由や方法に違いはあれども、世界や人類に復讐し滅ぼそうとしてるです。ですからどれだけ耳当りの良いことを言ってこようとも、やつらは利用するだけ利用して使い潰すだけですし、降伏に意味はねえです。それが悪魔ってやつらで……ですが、例外もあるです。それが――悪魔同士のやつらから生まれた子供です」
「ん? 悪魔って、子供産めるんだ?」
「悪魔ってのは、種族でも何でもねえですからね。要するに世界からそう認識されたってだけの話ですから。オメエにその資格があるって言ったのもそのためですね。だから子供も問題なく産めんですが……問題ねえのは産めるってことに関してだけなんですよ」
「んー……何となく流れが見えてきたんだけど……つまり、こういうことかな? 悪魔から産まれた子供は、本人の意思とは無関係に悪魔と世界から認識される、と」
「……その通りです。悪魔になるやつらは、基本的に自分の意思でなるんですが、そうして産まれた子どもには選択肢がねえんですよ。そして世界から悪魔の烙印を押された者は、当然のように世界からは嫌われるです。幸運なんか一度も味方はしねえですし、世界の全ては全力で殺しにかかってくるです。本人が何を考えていようとも。まあそのせいで大抵はそのまま世界を恨むですし、その前に大半は死ぬわけですが」
「まあだろうね」
それはどちらの意味でもだ。
自分は何もしていないというのに世界から殺しにかかられれば世界を恨むのなど当然だし、むしろそれは正しい。
それでも相手を恨まないでいられるのは、よほど心が強いか、聖人君子ぐらいだろう。
少なくとも子供に求めるものでは、間違いなくない。
そして、大半が死ぬというのも道理だ。
世界から狙われて子供が生き残る確率などゼロに等しいだろうに、幸運に縋ることも出来ないのである。
死ぬのは当然であり、それでも生き残るには、子供などと言ってはいられないほどに強大な力が必要となるに違いない。
そんな子供だけが生き残る事が出来、生き残った子供は当然のように世界を恨む立派な悪魔と化す。
そうしてそんな悪魔が暴れ、子を作り――
「……見事な悪循環だなぁ。そりゃ悪魔は強いわけだよね。というか、世界がそう仕組んでると言われても僕は驚かないよ?」
「どっちかっつーと、悪魔側が狡猾っていうか、そこまでは世界も読めなかったってのが正しいんでしょうがね。そういったことに気付いた悪魔達は、逆にその状況を利用することにしたんですよ。大半は死ぬが、生き残ったのは強力な力を持つ悪魔となる。ならば……」
「……むしろ積極的に、子供を劣悪な環境へと放り込む?」
「ってわけです」
まさに悪魔的発想だ。
世界に復讐するためには何も知らない自らの子供ですら利用するというのだから、悪魔という名は実に相応しいものである。
「んー……ということは、あの子供達は」
「……まあ、偶然殺されちまう前のやつらを見つけた事があったんですよ。で、放っておくわけにもいかねえですしね」
「元使徒っていう、どちらかと言えば世界側の存在なのに?」
「所詮元ですからね。ワタシの知ったこっちゃねえです」
そう断言してしまえるのは、さすがと言ったところであった。
本当に、さすがはアレンが世界で最も信頼出来ると断言出来るだろう少女である。
「まあそれでですね、その時にはもうここのこと知ってたですからね。そしてここは、少しだけ世界からずれた場所にあるです。そうしたっつーよりも、偶然そうなったって感じみてえですがね」
「つまり、その分悪魔に対するあれこれも?」
「そういうことです。で、エルフにも利点はあったですからね。連れてきて、匿わせて……まあ、今に至ってるってわけです」
おそらくはかなりの部分が端折られてはいるのだろうが、大体のところは理解し、また納得した。
ただ、一つだけ分からないことがある。
「どうして黙ってたの?」
そう、別に隠す必要はないはずだ。
むしろ誇って良いことである。
罪もない子供を救ったという事実を、何故隠す必要があるというのか。
「……んな大したことじゃねえですよ。黙ってたのは、わざわざ言ったら自慢してるみてえですし……それに、あれですよ。悪魔を匿ってるってことを知ったら、オメエが気分悪くするかもしれねえですし」
それはどう考えても考え過ぎでしかなかったが……アンリエットは下手に色々と知ってしまっているからそう思ってしまったのかもしれない。
見方次第では、アレンの実家は悪魔のせいで滅茶苦茶にされてしまったとも言えるからだ。
アレンとしてはアレは完全に自業自得だと思っているし、責任がある者達には既に払わせた後である。
だから悪魔には必要以上の隔意などはないのだが……まあ、気を遣ったことを責めるわけにはいくまい。
「ま、その心配はないと、一応改めて言っておくよ。ああそれとも、褒め称えた方がいいかな? それだけのことをやってるわけだしね」
「……んなの必要ねえですよ。ですから、大したことじゃねえですし……結局は、ワタシが気にいらねえからそうしたってだけですし。誇る理由なんてなければ、褒められる理由もねえです」
そう言ってそっぽを向く姿に、アレンは口元を緩めた。
その姿が好ましかったというのもあるが……何よりもその言い分に、聞き覚えがあったからだ。
いや……より正確には、言った覚えがある、と言ったところか。
そしてそれに返された言葉も、当然のように覚えている。
誇るでもなく、褒められるためでもなく、自分の心に従ってそんなことを当たり前に出来るからこそ、英雄と呼ばれるのに相応しいのだと。
そんな言葉を思い返し、さてそれを今ここで口にしたらどうなるだろうかと、そんなことを考えながら、アレンはその口元の笑みをさらに深めるのであった。




