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見知らぬ場所

 ふと目を覚ました瞬間、眼前に広がっているのは見知らぬ光景であった。


 天井から始まり、首だけを起こし軽く周囲を見回したところで、やはり何一つとして見知ったものはない。

 そもそもが薄暗く、分かることと言えばそれなりに大きな部屋にいるようだ、ということぐらいか。


 少なくとも、ノエルにとって見慣れた作業場でないことだけは確実であった。


「っ……なに、ここ……?」


 呻くように呟きながら、ゆっくりと身体を起こしていく。

 身体に痛みはないが、妙な気だるさと重さがある。

 まるで寝すぎた朝のようだ。


 というか、大体が何故寝ていたのだったか。

 直前の記憶を思い出そうとし、ノエルは眉をひそめる。

 特に寝たという記憶がなかったからだ。


 ならば限界が来て倒れたのかと思うも、それはないはずである。

 アレン達がいないのを良いことに作業場に篭ってはいたものの、倒れるほどの無理はした記憶はない。


 それに無理をして倒れたのならば、目覚めるのは作業場のはずだ。

 こんなよく分からない場所なはずはない。


「……はずはずって、そればっかりね」


 自らの思考に対する愚痴を零すが、推測ばかりになるのは仕方あるまいと、誰にともなく反論する。

 何せ何故本当にこんなことになっているのか分からないのだ。

 推測にしかならないのは当然のことでもある。


 しかしそんな風にして現状を確認しようとしたところで、結局のところ結論はよく分からない、というものだ。

 身体を起こしきり、立ち上がって周囲をもう一度よく見回してから、溜息を吐き出す。


 さて、どうしたものか。


「……まあまずは、ここがどこなのかを確認すべきかしらね」


 すぐに現状の全ての確認が出来ない以上は、確認出来るものからしていくしかあるまい。

 とりあえず場所が分かれば、そこから現状に繋がる情報を得られる可能性はある。


 そう思い天井を見上げてみるが、分かるのは高いということぐらいだ。

 手を伸ばすどころか飛び跳ねてすら届きそうにもない。


 あとのことは、薄暗くてよく分からないのだが……そんなことを思っていると、薄闇に目が慣れてきたのか、ぼんやりと天井の輪郭が浮かび上がってくる。


「……何となくだけど、それなりに良い部屋のように見えるわね」


 あくまでも天井からの推測ではあるが、装飾などが存在している時点で間違いなく見慣れた作業場よりは良い部屋だろう。


 ただそうなると、余計に自分の現状が分からなくなってくる。

 粗雑な部屋に放り込まれているというのならばまだそういった連中に攫われたという可能性が頭に浮かんでくるも、視線の先にあるのは、まるで以前リーズがあの街で泊まっていたお高い宿のような天井だ。

 そんな部屋に自分がいる理由が分からない。


 そう思いながら、そういえばと地面を見下ろしてみれば、そこにあるのは硬い地面ではなかった。

 柔らかい絨毯が敷かれており、この時点で確実にここが粗雑な部屋だという可能性はなくなる。


 それと共に、なるほど地面に寝ていたというのに身体が硬くなっていないはずだと思い――


「……というか、まず真っ先に気付きなさいよ、あたし」


 自分に呆れて溜息が出るが、それだけ混乱していたということか。

 自分でも驚きだが、見知らぬ場所で突然目覚めて混乱するような繊細な心が自分にもあったらしい。


 そんな自分でも知らなかった自分を発見しつつ、今度は周囲へと視線を向ける。

 これで三度目ではあるが、やはり目が慣れてきたようだ。

 先ほどまでよりもよく見える。


「それでも曖昧にしか分からないけれど……とりあえずは、やっぱり相当に広い部屋みたいね」


 何せ壁が見えない。

 薄暗いせいもあるだろうが、果たしてどれだけ広いのか。

 そしてその分良い部屋だということでもあり……本当にどうしてこんな場所にいるのか分からなくなってくる一方である。


 だが一先ず、危険そうなものは見えない。

 ならばとりあえずは部屋の大きさでも確認してみるかと、歩き出そうとし――瞬間、視界の端で何かが動いた。


「っ……!?」


 慌てて口を噤み、ジリと後退する。

 まさか他に誰か、あるいは何かがいるとは思ってもみなかった。


 いや、最初はその可能性も考えていたはずだ。

 しかし目覚めて動き出しても何の反応もなかったから、無意識のうちにその可能性を排除してしまっていたらしい。


 とはいえどうしたものかと、周囲を素早く探りながら思う。

 危険な何かであった場合、対峙しようにも武器になりそうなものは見当たらない。

 かといって逃げようにもここから出られるのかどころか、部屋の大きさすらも把握できていないのだ。


 立ち向かうか、逃げるか。

 高速で思考を巡らせる中、ノエルは――


「うう、ん……」


 と、その何かから呻き声のようなものが聞こえてきた瞬間、ピタリと身体の動きが止まった。

 声の調子から獣などではなく人のものであることや、声の高さから男ではなく女のものであることが分かったというのもあるが……それ以上に、何となく聞き覚えのある声だったような気がしたからである。


 ほんの短く、小さな声だ。

 気のせいである可能性も高い。


 だが僅かな逡巡の後、思い切ってノエルはその何かの方へと向かってみることにした。

 息を殺し足音を忍ばせながら、一歩一歩近寄っていく。


 薄暗い視界の中、少しずつ何かでしかなかった存在の輪郭が浮かび上がってくる。

 やはり人間の、それも少女のものであるように見え……銀色の髪と共にその顔がはっきりと見えるようになった、その瞬間のことであった。


 パチリとその瞼が開き、目が合ったのである。

 金色の瞳と見詰め合うことしばし、その人物は数度の瞬きを行うと、のんびりとした調子で口を開いた。


「あれ……? ノエル、目を覚ましたんですか……?」


 瞬間、ノエルはその場にへたり込みたくなった。

 人が緊張して死ぬかもしれないという覚悟すらしていたというのに、何を暢気なことを言っているというのだ。


 しかしある意味では、それはとてもらしかったのかもしれない。

 そんなことを思いながら、ノエルは少女――リーズの姿を眺めながら、溜息を吐き出した。


「見ての通りよ。ばっちり目は覚めてるわ」

「そうですか、それはよかった……って、ノエル……!? 目を覚ましたんですか……!?」


 だが直後にリーズは目を見開くと、先ほど自身で口にした言葉を繰り返した。

 ただし今回のは叫びながらであり、驚きがこもっている。

 どうやら先ほどのは寝ぼけ交じりだったようだ。


 そういったところもらしく、ああ本当にリーズであるらしいと、今度は苦笑を浮かべた。


「見ての通りよ、ってもう一度言っておくわ。それにしても、そんなことを口にするってことは、リーズはあたしがここにいたのを知ってたってことなのね。もしかして、ここがどこなのかも知ってるのかしら?」

「え……? そう、ですね……知っていますが、逆にノエルは知らないんですか?」

「気付いたらここにいたんだもの。あたしがここで目覚める直前の記憶は作業場でいつも通り剣を打ってたってものよ? ここが何処かどころか、状況すらも理解してないわ」

「……なるほど。ノエルは本当に強制的に連れて来られたんですね。まあ、わたしも強制的という意味では変わりませんが」


 連れて来られた、という言葉に、ノエルは片眉を上げる。

 そうだろうと思ってはいたが、やはりノエルは攫われていたようだ。

 それもこの様子では、リーズはその相手を知ってもいそうである。


 正直まるで心当たりがないのだが、だからこそノエルは口を開いた。


「その口ぶりでは、リーズは誰があたしをこんなところに連れてきたのか知ってるって、ってことでいいのよね?」

「……おそらく、ですが。わたしがここに連れて来られた時には既にノエルがいましたから、わたしのことを連れてきた相手と同じかは分かりませんが……少なくとも、似たような相手ではあるのでしょうから」

「それは、誰?」


 問いかけに、リーズは僅かに視線を下げた。

 教えるべきか迷っているような様子であり……しかし、すぐに決めたようだ。


 何かを決めたような目と、正面から合う。


「……そうですね、ここにいる以上はノエルも知っておくべきだと思います。ここがどこであるのかも」

「なんか知らない方がいいんだろうな、とは思うけれど、どう考えても無関係ではいられそうにないもの。教えてちょうだい。あたしを連れてきたのは誰で、ここは何処なの?」

「……ノエルを連れてきたのは、おそらく悪魔です」


 悪魔、という言葉にノエルは反射的に眉をひそめた。

 歓迎する者などいまいが、ノエルは特に嫌な思い出のある相手なのだ。

 そうなるのも当然のことであろう。


 同時に、何故今更再び悪魔が関わってきて、しかも自分を攫ったのか、という疑問が湧いてくるが、すぐにその思考は吹き飛ぶこととなった。

 それどころではなくなったからだ。


「――そしてここは、大聖堂。教会の、総本山です」


 予想外の、有り得るはずのない言葉に目を見開くと、ノエルは呆然とリーズの顔を見つめたのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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