地の底
その部屋……あるいは小屋は、見た目普通の建造物であった。
形は長方形をしており、材質は石で出来ているように見える。
元々は白かったのだろうが、土の中にあったためか所々が茶色く染まり薄汚れていた。
しかし逆に言えば、それだけのものだ。
少なくとも外見からは、何か特別なものには見えない。
もっとも、存在している場所が場所な時点で、どう考えても普通ではないが。
「んー……とりあえずは、やっぱりこれにも悪魔が関わってるって思って間違いなさそう、かな?」
「あん? どうしてんなことが言えんだ? これだけだったらそうじゃない可能性だってあんだろ?」
「百メートルも下りれば、普通は上にいるよりも熱く感じるはずです。ですが、今のところそういった感覚はまったくねえですからね」
「……ここも拠点の一部?」
「の、可能性が高そうだってことだね」
「へー、そうなんだー。じゃあやっぱり、これも何か目的があって作られた物だってことなんだねー」
そんなことを話しながらぐるっと一周回ってみるが、やはり中に入れそうな場所はない。
ペタペタと触ってみるも、石の感触が返ってくるだけだ。
「確かに入れそうな場所はねえが……なんか普通にぶっ叩きゃ壊れそうだな?」
「……でも、普通の石なら潰れてそう?」
「だねー。ってことは、普通の石に見えるけど、実は違うってことなのかなー?」
「んー……いや、素材は多分普通の石、かな?」
「だと思うです。特別なのは、やっぱこの場所ってことなんでしょうね」
アンリエットの言葉に何となくその場を見渡すが、特に分かりやすく何かがあるわけではない。
視界に映るのは土の壁だけであり、見上げてみれば先ほどまでいた場所の天井が遠くに見えた。
両脇の土が崩れてきたら簡単に埋まってしまいそうな状況だが、その心配はなさそうだということは確認済みである。
そういう土質なのか、随分しっかりと固まっており、わざと崩そうとでもしなければ崩れてくることはあるまい。
まあ、いざとなれば空間転移をすればいいことではあるし、元々ここから出る時にはそうするつもりだ。
何せ百メートルの大穴の底である。
そんな場所へと往復するための道具などは持ってきておらず、ここにも直接飛び降りたのだ。
アンリエットとミレーヌはさすがにそこまでの身体能力はないので、アンリエットはアレンが、ミレーヌはアキラが抱えてではあるが、しかしだからこそ戻るのは容易ではない。
せめて周囲が岩ならばまだ登っていくことも出来ただろうが、言っても詮無きことだ。
それに戻る手段はあるのだから問題はない。
たとえこれが何らかの罠であったのだとしても、ここで窒息死するようなことはないだろう。
ともあれ。
「んー、まあ、確かにここが普通じゃないっていうのは間違いないんだろうけどー……でもじゃあどうするのー?」
「そうだね……まあ、対処法としては結局同じ、かな? どう普通じゃないのかっていうのは、試してみないと分からないわけだしね」
「つまり……ぶっ壊してみりゃいいってことだな?」
言うや否や、アキラが聖剣を構えた。
口の端を吊り上げたその顔は楽しげであり、どことなく待ちわびたとでも言いたげだ。
先ほど地面を掘り進めていたクロエが楽しそうだったのが、羨ましかったのかもしれない。
一応アキラの言う通りではあるので、アキラを止める必要はないのだが――
「どうせ中に入るために入り口作る必要はあるですから、壊すのは問題ねえんですが、ちゃんと手加減しやがれですよ?」
「……入り口どころか、全壊しそう?」
「はっ、分かってるっつーの! ちゃんと原型は留めといてやるよ……!」
「それ絶対やりすぎるやつだよね?」
そう言っている間にも、アキラの構える聖剣の剣身には蒼い雷が纏い始めている。
どうやら本気とは言わずとも、あまり手加減をするつもりもないらしい。
だがそれは即ち、アキラがそうする必要があると判断しているということでもある。
アキラは口調こそ粗雑だが、実際にはそれなりに思慮深く、またそれ以上に勘が鋭い。
アキラがまるであの小屋を壊そうとするかのような態度を取るということは、意識的にか無意識的にかという違いはあれども、そうする必要があるとアキラが感じているということなのだ。
アレン達はそのことを理解しているため、アキラに対してそれ以上の言葉は告げず……だが、当然のようにそこまでの付き合いはクロエにはない。
本当にいいのかとでも言わんばかりの、困惑した顔を向けてきた。
「え、っと……あの、止めなくていいのー? なんか、全部壊しちゃいそうな勢いだけど……」
「まあ、大丈夫だと思うよ。アキラのことだから分かってないわけがないしね。それよりも、下がっといた方がいいかな」
「ですね。まあ、あんま下がれるとこねえんですが」
それでも下がらないよりはマシだろう。
近くにいたら石片やら何やらが飛んでくるに違いない。
背中が土に触れそうになるギリギリのところまで下がった。
クロエはまだ困惑気味ではあったものの、一緒に下がり……そんなアレン達の視線の先で、一際強く蒼い雷が迸る。
「――走れ蒼雷。いくぜぇ……ぶち壊れやがれ……!」
叫んだ瞬間、アキラが振り被っていた剣を、眼前の小屋へと叩き込んだ。
眩い光と共に轟音が響き、視界と聴覚を一瞬奪われる。
すぐに元に戻るが……戻った時には視界は一変していた。
アキラの眼前に存在していたはずの壁が、跡形もなく消失していたのである。
そう、文字通りの意味で、だ。
「……やっぱりやりすぎ? 出入り口とか穴とか、そういうのじゃなくなってる」
「穴開けるどころか、壁の一辺が丸ごとなくなってるもんね。当然のように中まで焼き焦げてるし」
ミレーヌの呟きに肩をすくめながら、アキラの作り出した結果を眺める。
風通しがよくなり中もよく見えるようにはなったものの、ちょっとよくなりすぎだ。
中に何かがあったら一緒に壊れていただろうし、誰かがいたら大変なことになっていたに違いない。
まあ、中に何もないと言ったのはアレン自身ではあるのだが。
そして。
どうやらアキラは、やはりさすがであるらしい。
「アキラ――分かってやったの?」
「ん? あー……どうだろうな? 半々ってとこだと思うぜ?」
「それで適切な行動取んですから、さすがだと思うですがね」
「えっ……? えっ……?」
「……どういうこと?」
アマゾネスの二人が、何を言ってるのか分からないとばかりの顔をするが、説明することはない。
いや……こちらで説明するまでもない、と言うべきか。
すっかり風通しがよくなった小屋の中、何もないその場所、その空間が、唐突にぶれた。
「ふむ……ここを見つけたことといい今の行動といい、さすがは勇者といったところか。足を踏み入れた瞬間串刺しにしてやる予定だったのだが、まさか壁越しに空間ごと焼き払うとはな……」
そんな、どことなく感心を含んだような言葉と共に、『それ』はその場に現れた。
空間の歪みが収まった瞬間、何もなかったはずのその場所に、一人の男が立っていたのだ。
その男は、一見すると普通の男のようであった。
どこにでもいるような、何の変哲もない人類種の男だ。
だが、この小屋がそうではなかったように、やはり男も普通ではないのだろう。
もっとも、この状況で現れたという時点で、そのことは疑いようもないことではあるが。
そしてこの男が何者であるのかなども、今更問うまでもないことだ。
悪魔の拠点であった……否、悪魔の拠点であるこの場所に転移してくるようなモノなど、一つしかあるまい。
「……あ、悪魔……」
そんな思考を肯定するように、震える声でクロエがその存在を示す名を呟いた。




