とある愚者の結末
自分が特別なのだということにカーティスが気付いたのは、物心が付いてすぐのことであった。
無論のこと、特別は特別でも良い意味ではない。
皇帝の血を引きながらも、皇族としては認められることはないという意味での特別だ。
しかも、ならば単なる庶民として扱ってくれればいいのに、そうされることもまたなかった。
皇族にはなれず、かといって庶民にもなれない、中途半端な存在。
それがカーティス・ハルネス・ヴィクトゥルという名の少年であった。
はっきり言ってしまえば異物であり、そして異物とは排除されるものだ。
だがモノがモノだけに排除されきることもなく、カーティスは疎まれ、虐げられながら生きてきた。
母がいればまた違ったのかもしれないが、カーティスは母の顔すら知らない。
カーティスが生まれてすぐに死んだとも、自分を大量の金で売りどこぞへ逃げたとも、随分好き勝手言われてはいたが、いないということに違いはないのだ。
ならば理由などはどうでもよく、母から守られることも、父から顧みられることもないまま、カーティスはクソみたいな子供時代を送ることになった。
そんなカーティスの生活に転機が訪れたのは、とあるパーティーに参加した時のことだ。
皇族の一人であり、血縁上はカーティスの叔母にあたる人物の、誕生日パーティーであった。
皇族として認められることはないのだが、何故か稀にカーティスはそういったパーティーに呼ばれる事があったのだ。
もっとも、誰に言われるでもなく、その理由は分かっていたが。
自分を目にした時、その瞳に宿る濁った愉悦の光。
子供心にも悟れてしまうほどにそれは明らかであり、要するにその者達は自分よりも下にいるカーティスを見ることで、安堵と優越感を得ていたのだ。
そしてそんな対象はカーティスだけではなく、その他にもいた。
大半は自分と同年代の子供であり……そこに、彼女もいたのだ。
アンリエット・リューブラント。
リューブラント侯爵家の一人娘であり、同年代の最優秀にして、神童とまで呼ばれた少女であった。
帝国では、レベルやギフトといったものはあまり重視されない。
結局のところ、結果が全てと考えるからだ。
レベルが低くギフトが大した事がなかろうとも、結果を出しさえすれば認められる。
しかし、アンリエットは少々、結果を出しすぎたのだ。
詳細は話せないながらも、間違いなく帝国の歴史に名を残すとまで皇帝に言わしめたのである。
認められる以上に疎まれるのは、ある種当然でもあった。
そして実のところ、カーティスも最初は疎む側であったのだ。
妬ましかったし、はっきり嫌っていたと言ってもいい。
聞こえてくる話の中で、好ましいと思えるようなものなど一つとしてなく……だがそれも、その日、本人に会うまでであった。
別に何か特別なことがあったわけではない。
ただ、手を差し伸べられただけだ。
周囲からの声なき罵倒に膝を抱え、蹲っていたところに、声をかけてくれただけ。
優しさを与えられ、笑みを向けられるという、きっと誰もが当たり前に経験したことのある……カーティスには今まで経験したことのなかったそれらを与えられたという、それだけのことであった。
それだけで十分過ぎた。
おそらく時間としては、そう長くはなかったのだろう。
だがそれでも、カーティスが姉と呼び慕うには十分過ぎる時間であったし、それ以後一度も会う事が出来なくとも問題はなかった。
カーティスは、その時にはもう決めていたからである。
とはいえ、その時点ではっきりと自覚していたというわけではない。
ただ、何かをやらねばならないという焦燥にも似たものがあり、それからカーティスは様々なものを学んだ。
どうすれば上に行く事が出来るのか、どうすれば力を得る事が出来るのか。
皇族でなければ庶民でもない、ただの余分でしかない自分が、どうしたら――
「っ……ちっ……! ちょこまかと……!」
自分の心の中から溢れるような闇を操り、逃げ惑うアレンへと叩き込む。
最初はまさか向こうも力を使えるとは思わず焦ったが……やはりこの場の力は有効だということなのだろう。
アレンは攻撃をしてくることなく、ひたすらに逃げ回っていた。
いや、あるいはそれだけ自身の攻撃が強力なだけかもしれないと、カーティスは思い直す。
何せカーティスの操っていることは、文字通り闇としか言いようがないのだ。
質量もなければそもそも実体もなく、基本的に触れたものは全て素通りしてしまう。
だがそれは、何も指定していない場合だ。
対象を狙いそこを闇で包めば、闇に食われたかの如く何もなくなってしまう。
それは誰にも何にも防ぐことは出来ず、その事実を示すため、カーティスは先ほどから度々床やら鉄格子などを喰わせている。
アレンが逃げ回っているのは、アレンですらこの闇の前ではどうすることも出来ないからだ。
そう、確信し、口元を吊り上げ――目を細めたアレンがなるほどと頷いたのは次の瞬間のことであった。
「どうやら、悪魔の力っていうのは大袈裟な言い方ってわけじゃなさそうだ。本当にそれは、悪魔の力なんだね」
「ははっ……なんだ、そんなことを今更? 最初からそう言ってるだろう?」
そうだ、カーティスの使っている力は、間違いなく悪魔の力である。
悪魔から奪い取ったのだから、当然だ。
「……確かに、それは悪魔の力みてえですが、どうしてカーティスがそんなもんを?」
「さて、それは本人に聞かないと何ともって感じだけど……それでも、一つだけ分かった事があるかな。皇帝を暗殺したのは、少なくともカーティスではないってことが」
「……っ。は、ははっ、それこそ、何を今更。当然だろう、どうして俺が皇帝を――」
「え。そこまだ誤魔化すつもりなの? 事ここに至れば、どう考えてもカーティスはそこからずっと関わってきてるでしょ?」
「……っ」
それは、事実ではあった。
確かにカーティスは、皇帝の暗殺に関わっている。
悪魔を帝都に招き寄せたのは、カーティスだからだ。
カーティスが悪魔から声をかけられたのは、今から二年ほど前のことであった。
カーティスが何をどれだけ努力したところで、どうしようもないと悟った頃のことだ。
その頃には、漠然としていた自分のやりたいことも形になり、自覚し始め……だがだからこそ余計に、不可能だと分かり。
そんな時に、悪魔が囁いてきたのだ。
――お前の望みを叶えるためには、まずは皇帝が邪魔だ、と。
「……まあ、ここまで来れば、カーティスが皇帝暗殺に関わってたのは間違いねえでしょうね。ただ……正直そんなことをする理由が分からねえです。そこまでして皇帝になりたかったんですか? 皇帝なんてそこまでいいものじゃねえと思うんですが……」
「……えぇ」
「……何ですか、アレン? その声と目は……何かアンリエットに言いたい事がありやがるってんですか?」
「いや、さすがにこの朴念仁は酷いな、って思っただけだけど?」
「ぼ、朴念仁ってどういう意味です……!?」
「そのままの意味だけど? だって――」
「――うるさいだまれそれ以上口を開くな……!」
余計なことを言おうとしたアレンに闇を叩き込み、だがアレンはひらりと簡単に後方へと飛び退く。
その姿に舌打ちを漏らし……一瞬だけアンリエットの方へと視線を向ける。
納得がいかないとばかりにアレンの方を見ているその姿に、再度舌打ちを漏らした。
……そうだ、おそらくは、アレンの言おうとした通りである。
アンリエットにはああ言ったが、本当はカーティスは、皇帝の地位なんてどうでもいいのだ。
ただ、アンリエットが欲しい。
それだけだった。
しかしそのためには皇帝にならなければならないから、悪魔の手を借りてでも皇帝になろうとし、こうなったというだけのことである。
もっとも、皇帝を暗殺するまではともかく、それ以降は予定にないことばかりが起こったわけだが。
とりわけ予想外だったのは、この力か。
悪魔を殺し、その力を取り込む。
そんなことができるとは思ってもいなかったのだ。
「……それにしても、俺が皇帝を暗殺してないってのは、どうして言い切れる? この力があれば、皇帝なんて楽に殺せるぞ?」
「んー、具体的にどう皇帝が暗殺されたのか、ってのを聞いてないから確かに厳密には断言出来ないんだけど……まあ、理由なら単純なことだよ。カーティス、明らかにその力使いこなせてないからね」
「……っ」
それも、事実ではある。
カーティスは明らかにこの力を持て余していた。
だがそれも当然だ。
言ったように、悪魔を殺しこの力を取り込めるなんて、思ってもいなかったのだから。
そもそもカーティスが悪魔を殺すことになったのは、ただの偶然だ。
いや……あるいは、発作じみた突発的なことだった、と言うべきか。
悪魔の力がここで使えないと言ったことからも分かる通り、カーティスはここに悪魔を連れてきた事がある。
しかしそれは、悪魔を皇帝の元へと忍び込ませるためだ。
これはカーティスが偶然発見したことなのだが、実はこの地下牢は外と繋がっているのである。
おそらくアレンが現れたのもそこを使ってで……あの日カーティスも悪魔を連れ立って、ここへと案内してきた。
その後どうやって皇帝を暗殺したのかは分からない。
カーティスは二年前に悪魔に囁かれ、決意し、計画を練ったものの、肝心の暗殺方法については悪魔が可能だと言ったから詳しいことは聞かなかったのだ。
多分聞かなかったのは、失敗したらその時はその時で構わない、ぐらいに思っていたからだろう。
そのぐらい当時は半ば投げやりになっており……だが、成功してしまった。
ここで待っていると、悪魔が皇帝の生首を持って現れ、その旨告げてきたのである。
そこでカーティスが問いを発したのは、何となくだった。
何となく……どうして生首を持ったままなのかを聞いたのである。
きっとそこに意味はなく、純粋な疑問でしかなかった。
だからおそらく悪魔も何の警戒もなしに答えたのだろう。
暗殺が成功したということを示すために持って来ただけであり、別にもう必要はないが、消そうにもどうにもここでは上手く力が使えないようだ、と。
瞬間、カーティスは閃いてしまったのである。
何故そう思ったのかは分からない。
分からないが……ここならば悪魔を殺せ、奪える、と思ったのだ。
そして、気が付いた時には、カーティスは偶然持っていたナイフで悪魔のことを刺していた。
悪魔が驚愕に目を見開く姿を眺めながら、身体は自然と動き、その喉を掻っ切り、倒れ伏したところを、動かなくなるまで何度も何度も刺したのである。
不思議なことが起こったのは、悪魔が動かなくなった次の瞬間で、悪魔の身体がほつれた糸のように崩れ、ばらけると、闇の塊となったのだ。
その闇はそのままカーティスへと吸い込まれるようにして消え去り……直後に、悪魔の力を取り込めたのだということを、何故かカーティスは自覚したのである。
だがそんな風に自分でもよく経緯が分からないままに手に入った力であるためか、使いこなせてはいないということは自分でも自覚していた。
この闇はもっと上手く使えば色々出来るはずだと思い、それでも思うように使うことは出来ない。
それに、どうもこれを使う時は頭がぼんやりしてしまうことも多かった。
不意に過去の情景を思い出してしまったり、先ほどもそうだ。
戦闘中だというのに、何故かアンリエットを欲しいと思った経緯を思い出したりして――
「あと、ついでに言うと――カーティス、それに飲まれかけてるよね?」
「…………なにを、馬鹿な……! 確かに俺はこれを使いこなせてはいない。だが、飲み込まれるなど……!」
「多分そのせいで、カーティスの価値観とかそういったものが微妙に揺らいでるんじゃないかと思うんだけど……どうかな? 自覚ない? たとえば……何よりも大切だったはずの誰かを、殺すことで手に入れようとしたり」
「……っ!?」
瞬間、カーティスは愕然とした。
反射的にアンリエットへと視線を向け、次いで自らの腕を眺める。
言われて初めて気付いた。
確かにそれは、有り得ないことであった。
そうして思い返してみれば、むしろ皇帝の座の方を欲するようになっていなかったか。
そんなもの手段に過ぎなかったはずなのに……いつの間に目的へと変わっていたのか。
「それがどういう性質をものなのかは僕にもよくは分からないんだけど……まあおそらく、本来は取り込んだ相手の能力とかを使えたりするようになるものなんだろうね。記憶とかも含めて。ただ、使いこなせていないから、無意識に混線しちゃってるってとこかな? そのままだと廃人になりかねないし、ここらで諦めといた方がいいんじゃないかと思うけど?」
「っ……それは、せめて俺を追い詰めてから言え……!」
「あー……まあ、確かにね。じゃあ……そろそろこっちからいかせてもらおうかな。大体情報は集まったし」
「下手な強がりを……! お前ではこの力を――」
闇を操ろうとした瞬間、視界を光が走った。
そうとしか見えなくて……直後に起こったのは、眼前にあった闇が斬り裂かれていたという結果だ。
それが事実であるということを示すが如く、斬り裂かれた闇は、大気に溶けるようにそのまま薄れていき、消え去った。
「――この力を……何だって?」
「ば、馬鹿な……!? 俺の力が……悪魔の力が……!?」
「うん、というか、それを悪魔の力って呼んでる時点で、割と飲まれてる気がするんだよね。ま、でもこう言ったらあれだけど、ぶっちゃけ僕は君がどうなろうと知ったことじゃないからね。アンリエットを助けるために、退いてもらう」
「っ……うるさい……! 姉さんを、お前なんかに……!」
叫びながら、枷が外れたようにその場に闇が溢れる。
だが次の瞬間、その全てが跡形もなく消し飛んだ。
眼前にあるのは、それが当たり前のような顔をして立っている、群青色の少年。
「っ……!」
しかし諦めてなるものかと、渡してなるものかと。
溢れる想いをそのままに、眼前へと叩き込んだ。
直前までとは一変した光景が、眼前では展開されていた。
闇が溢れ、だがその全てが一瞬で斬り裂かれていく。
闇が押されているのは明らかで、それでも終わっていないのは場所が理由だろう。
場所が狭いがゆえに、あまりやりすぎると牢屋にまで攻撃が届いてしまうのだ。
だから自然と攻撃を絞らざるを得ず、その間に闇が再び埋め尽くす。
それでも一方的であることに変わりはないため、そう遠くないうちに剣閃は闇の向こう側へと届くだろうが……そんな光景を眺めながら、セリアは横目で自らの隣へと視線を向けた。
「……いいのか? こんなところにいて。汝の主は随分危機的状況にあるようだが?」
その言葉に、隣にいる人物――リゼットが嫌そうに顔を顰める。
二人が激突した直後からリゼットはセリアの隣へと避難するようにやってきたのだが、その不甲斐なさはおそらく本人が最も自覚しているのだろう。
嫌な事を言うなとばかりに一度視線を向けてきた後で、眼前の光景へと視線を戻しつつその口元を歪める。
「……あんなとこに飛び込めるわけないじゃねえっスか。自分なんかがいったところで、邪魔にしかならねえのがオチっスよ」
「ふっ……確かにな。そもそも、同じく何も出来ていない私が言えた義理ではないか。何か出来る事があればと思いついてきたが……どうやら私も邪魔でしかなかったようだ」
そう言って肩をすくめ……ふと、隣から視線を感じた。
顔を向けると、リゼットの顔には意外そうな表情が浮かんでいる。
「どうかしたか?」
「いえ……何かあったんスか? 少し見ない間に雰囲気がちょっとだけ変わったような気がするっス」
「別にそんなことはないと思うんだが……ああ、あるいはそう感じるんだとしたら、吹っ切れたから、なのかもしれんな」
「吹っ切れたから、っスか?」
「ああ。彼のおかげでな」
言いながら、アレンの背中を見つめつつ、目を細める。
おそらく、本人はそんなことはないと言うだろう。
だがセリアが吹っ切れたのは……騎士としての自分を諦めずに済んだのは、間違いなく彼のおかげであった。
アレンがそれでいいのかと言ってくれなければ、きっとあのままセリアは騎士ですらなくなっていたに違いない。
「……そっスか。よかったっスね」
「……ふっ」
「……何スか? 別に自分面白いこと言ってねえっスけど?」
「いや、すまない。拗ねるなんて、汝にも可愛いところがあったのだなと、そう思っただけなのだ」
「はぁ……!? 拗ねたって誰がっスか!? 拗ねてなんかねえっスよ……!?」
「そこでむきになるあたり、自分でも自覚しているようだが? つまり汝は、こう言いたいのだろう? 自分は三年もの間苦しんで、未だ救われないというのに、半年も経っていない私が救われるのはずるい、と」
「そっ、そんなこと……!?」
「いや……今のは私の意地が悪かったな。すまない、汝の反応が本当に可愛すぎてな」
「ぬぅ……!」
呻きながら、プイとそっぽを向く姿に、口元が自然と緩む。
だがすぐにその笑みが引っ込み真顔になったのは、この可愛らしい姿が本来の彼女なのだろうと思ったのと、そんな姿を今まで見る事が出来なかった彼女の現状を思ったからだ。
リゼット・ベールヴァルド。
今から三年前に帝国史上最大の禁忌を犯しながら、今まで黒狼騎士団で生き続ける生きた奇跡。
一度死者となりながら、生者として蘇った、死者蘇生の禁忌を犯してしまった大罪人。
故に、彼女が救われることはない。
存在していることがこの世界の禁忌に触れる彼女は、帝国以外では即座に処分されるだけだろう。
しかし帝国にいたところで、黒狼騎士団で死を迎えるその時まで解放されることはない。
結局リゼットが救われるなどということは有り得ないというころであり――
「まあ、これが終わったら、彼に話してみればいいんじゃないか?」
「はい? 話してみるって……何をっスか?」
「単純な話だ。――助けてくださいと、そう言えばいい。それだけできっと彼は、何も言わずに助けてくれるさ」
「……そんなん有り得ねえっスよ。だって自分とあの人は、ちょっとだけ面識があるだけっス。しかもそれは、敵としてっス。助ける理由がねえっスよ」
「だから言っているだろう? そんなことはないって」
「……何でそんな断言出来るんスか?」
「――誰かを助けるのに、理由なんて必要ないからさ」
そう言った彼の顔を覚えている。
どうしてそこまでしてアンリエットを助けようとするのかと、助けを求められてすらいないのに、何故そこまでと。
誰かを助けるなど、救おうとするなど、傲慢ではないかと言った自分に、少し考えてから、彼はそう言ったのだ。
何故か、答えた彼が納得したような、そうだったと思い出したかのような、力強い笑みで。
「……理由のようで理由になってねえっスよ。結局自分を助けようと思われなかったらそれで終わりじゃねえっスか。むしろ余計惨めになるだけっス」
「ふっ……確かにそうかもしれないな。だが、ならばどうする? このまま使い潰されるのか? 言っておくが、残念なことに私に汝を助けられるだけの力はないぞ? 胸を張って言うことではないがな」
「……別にんなこと期待してないっスし……これからのことなんて、分かんねえっスよ。つーか、セリアだって実際には何一つ解決してないじゃねえっスか」
「まあ、それは確かにな」
今のセリアは勝手に黒狼騎士団を抜け出したような状況だ。
ぶっちゃけさらに罪を重ねたようなものであり、このまま処分されたところでおかしくはない。
だが。
「それでも、意外と何とかなるだろうと思ってるよ」
「……何でそんな楽天的なんスか。つーかやっぱり変わったっスよ。前はそこまでじゃなかったっス」
「なに、単に以前までが悲観的過ぎただけさ。……私達はもっと、誇ってよかったんだ」
「……?」
呟きの意味が分からなかったのか、訝しげな視線を向けてくるリゼットに、肩をすくめて返す。
わざわざ言うことではないし、言って意味のあることでもなかった。
そう、別にどうということでもないのだ。
ただ単に、巡回中に悪魔を見つけ、戦闘になり、辛くも勝利し……悪魔の連れていた、五歳ぐらいの子供を見つけて。
怯えるだけで、戦う意思も力もないその子供をどうするかで話し合い、結局見逃すことにし……それが、帝国の法では死罪に相当するほどの重罪であったというだけのこと。
そのままでは騎士団そのものが潰えてしまうため、セリアの独断ということして、一人だけで罪を背負うことにして……そのことに後悔はない。
後悔があるとすれば、それは、あの時下した判断に自信を持てなかったということだ。
自分達の判断は間違ってしまったのではないかと、何度も何度も自問を繰り返した。
悪魔とはいえ子供で、だがきっと親を殺されたということは忘れまい。
成長して力をつけて、復讐に民達が殺されてしまったら、どうするというのか。
そもそもそういったことを想定するからこそ、帝国では重罪になっているのであり……だが、アレンの言葉で救われた気がしたのだ。
そんなもの、その時はその時なのである。
そんなことは、悪魔に限らない。
自分の助けた誰かが他の誰かを傷つけるかもしれなくて……でもきっと、同じぐらい助けた誰かが他の誰かを助けることだって有り得る。
だから、セリアはもうあの時の判断を後悔することはないだろう。
それどころか、胸を張って言う事が出来ると思う。
あの時の判断は、正しかったのだと。
顔を合わせるたびに気まずそうな表情を浮かべる同僚達も、おそらく同じことを考えているに違いないから、今度顔を合わせたら伝えてやろうと思う。
自分達は間違えずに済んだし、何の問題もないのだ、と。
つまりは、それだけのことでしかなかった。
「私はな、ずっと思っていた事がある」
「なんスか、また唐突に?」
そう言いながらも、耳を傾けてくれるリゼットに苦笑を浮かべる。
この少女は本当に、根は良い子なのだろう。
三年も黒狼騎士団などにいて、人々から悪意を向けられ続けながらも、本当の意味で自分を見失ってはいない。
こういう少女が救われるべきなのだろうなと思い、思うだけで何も出来ない自分を歯痒く思い……だが、きっと問題はないのだろうなとも、思う。
そんな思考を巡らし、眼前の闇が斬り裂かれていく光景を眺めながら、口を開く。
「一人では、出来ることに限度がある、とな。どれだけ強大な力を持っていようとも、どうしたって国には勝てない。結局のところ、世界は一部のお偉いさんの都合ってやつだけで動くだけなんだろう、とな」
「……その通りじゃねえっスか。それがどうかしたんスか?」
「ああ。ずっとそう思ってたんだが……今では違うのかもしれないと思っている。絶対に無理だ、出来っこないってことを、簡単にやってのけるような人物が、世界にはいるのかもしれない、と。そして人は、そういう人のことを――」
――英雄と、そう呼ぶのではないだろうか。
さすがに口にするのは恥ずかしくて、最後まで言葉にすることはなかったが、どうやらリゼットは大体のところで察したようだ。
呆れを含んだような横目を向けてきながら……しかし、言葉に出したのはまったく違うものであった。
「……ま、あれっス」
「うん?」
「この後どうなるかがそもそも分からないっスけど……まあ、機会があったら話ぐらいはしてみるかもしれないっス」
「……ふっ、そうか」
そう言ってそっぽを向いた横顔に笑みを向けた後で、セリアは眼前の戦いとも呼べないものへと視線を戻す。
どうやら、決着が近そうであった。
「っ……くそっ、何でだ……! 何で……俺が、俺が姉さんを……!」
「本当にその執念は感心するぐらいなんだけどね。果たしてどこを間違えちゃったのか……」
呟きと共に向けるアレンの目には、憐れみとも悲しみともつかないものが浮かんでいるように見えた。
だがそれが気に入らなかったのだろう。
カーティスが激昂し、吼える。
「っ、馬鹿にするなよ……! 俺は……!」
「いや、本当に馬鹿になんてしてはいないんだけど……でも。――何にせよ、もう終わりだ」
まるでカーティスと対比であるように、アレンは静けさを纏ったままであった。
そのままその腕が振り抜かれ……ついに、その刃がカーティスへと届く。
闇を払った先にあるその肉体から、血が舞った。
「っ……! ぐ、ぞっ……俺、は……!」
無防備な身体を晒したカーティスが、何かを掴もうとするかのように腕を伸ばし、アレンが最後の一歩を刻む。
そして。
「っ――アレン!」
最後、何かを言いたげにアンリエットが叫び、アレンが分かってるとでも言いたげに苦笑を浮かべる。
そうして、振り抜かれた刃が、カーティスの身体をはっきりと捉え……遠目からでも力を失ったと分かるカーティスの身体が、手を伸ばしたままの格好で、地面へと倒れゆくのであった。




