状況の悪化
事態が急変した、という話をアレンが聞いたのは、宿に戻ってきてすぐのことであった。
隣に立つミレーヌと共にその話を聞きながら、思わず眉をひそめる。
「アンリエットの罪状が増えてアンリエットの置かれた状況が悪化した……? え、どういうこと?」
「どういうことも何も、そのままの意味ですけれど……?」
首を傾げたアレンに、むしろどうしてそんなことを聞くのかとばかりにカーティスは困惑の表情を浮かべた。
だが隣のミレーヌもアレンと同じように首を傾げており、アレンと同意見だということが分かる。
アンリエットの話を聞いていたのだから当然のことではあるが――
「……もしや、姉さんに会うことが出来たのですか?」
「え、うん、そうだけど? 会えて話を聞けたから戻ってきたんだしね」
「そう、ですか……本当にいけたのですね……あの中を、どうやって……」
後半の呟きは独り言だったのだろう。
こちらに向けたものには聞こえなかったため、アレンはただ小さく肩をすくめる。
まあ実際のところ、アンリエットにも言ったが、確かに帝城の警備はかなりのものであった。
誰かが侵入した、ということが後に露呈してしまってもいいのであればともかく、侵入そのものに気付かれないようにするのはアレン一人だけでは難しかったに違いない。
それが可能だったのは、ミレーヌがいたからだ。
ミレーヌの透明化は、アレンにも少し真似をするのが難しいぐらいには高度で繊細なことをやっている。
しかし見抜く方法がないわけではなく、そこをアレンが補った。
その隠蔽がどれだけ完璧なものであったのかは、アンリエットですらも気付けなかったことからも明らかだろう。
無論帝城の中を堂々と歩いていたところで誰にも気付かれることはなく、そうして見事侵入と脱出に成功したというわけであった。
「……ちなみに、その方法を教えていただけたりは……?」
「さすがにそれは無理かな」
「ですよね。いえ、当然のことかと思います。しかし、侵入に成功されてしまったということはまだ警備が甘いということに……っと、申し訳ありません、今はそんなことを考えている場合ではありませんでした。それで、姉さんと話が出来たとのことですけれど、どのような話を……?」
「んー、そうだね……まあ、端的に言っちゃえば、僕達の懸念してたことは杞憂だった、ってことかな? 僕達が何もしなくとも、アンリエットはすぐに元通りの生活に戻れるんじゃないかって話だったね」
「……むしろ、何かしたら邪魔?」
「……なるほど。お二人が先ほど不思議そうにしていらしたのはそのため、というわけですか」
「悪化とかしようがないはずだしね」
「……でも、何故か悪化した?」
「いえ……何故、というほどのことではないのではないでしょうか? たとえば、姉さんの認識が甘かったり間違っていたという可能性がありますし……あるいは、お二人を安心させるために嘘を吐いた、という可能性もあります」
「その可能性もなくはないけど……そういえば、アンリエットに増えた罪状の中身って?」
「確かに、まだそれを告げてはいませんでしたね。姉さんに増えた罪状……いえ、厳密に言えばまだ嫌疑ではあるのですけれど……それは、王国――アドアステラ王国と通じ、我が国を裏切っていた、というものです」
それはまた随分と否定しきれないものを持ってきたものである。
無論事実ではないが、アンリエットがアレン達を自らの屋敷へと招いたのは事実なのだ。
ならばアレン達が王国の人間だと分かれば、そこを理由にして疑われるのではむしろ当然のことだろう。
逆に言えばアレン達が王国の人間だと分からなければそんなことにはならないはずなのだが、エルフの森での一件という前例もある。
そうだと断言してしまえば通ってしまいそうなのが帝国の現状であり――
「ちなみに、その嫌疑が確定してしまう可能性は?」
「それを突きつけたのが黒狼騎士団という話ですから……」
「……通る?」
「はい。未だ黒狼騎士団が動いていたということを考えても、そうなってしまう可能性が高いでしょう。なのに僕達が警戒されていなかったのが不思議ではありますけれど……あるいはそれもこれが原因だったのかもしれません。反逆罪を犯した者を助けようとすれば、その者達だけではなく一族徒党にまで罪が及びますから、普通は諦めます。助けようと動いたのが他国の者であったのならば、そのまま戦争にまでなってしまうでしょうし……いえ、もしくはそれが目的の可能性もありますか」
「まあ、反逆罪を犯した人物を他国の人間が助けるのって、その罪を肯定してるも同然だしね」
「……しかも、皇帝暗殺の主犯?」
つまりここでアンリエットを助けてしまうと、他国が皇帝を暗殺した、ということになってしまうわけだ。
別に帝国から戦争を吹っかけられるなどよくあることではあるし、その国がどこであろうとも気にするようなことはあるまい。
しかし、その原因が皇帝を殺されたことによるものだとなれば、話は別だ。
帝国は大義名分を手に入れ、その国は汚名を着せられる。
あるいは、他国が帝国に一時的に同調する可能性だってあるだろう。
もっとも、王国からすれば今のままでは汚名を着せられることに変わりはないが、同時に何もしなければ帝国側からの一方的なイチャモンでしかない。
黒狼騎士団が動いていようとも、その強権が通用するのは帝国国内だけだ。
他の国からすれば知ったことではない。
だが助けてしまえば、それは確定だ。
証拠がないとかいう言い訳は通用しない。
アンリエットを助けたという事実がそのまま動かしようのない証拠と同義だからである。
故に、事ここに至ってしまえば、正解となる行動はアンリエットを見捨てるということになり――
「で……まさかとは思うけど、アンリエットのことは諦めろ、とか言い出しはしないよね?」
「そうですね、まさかそんなことを……と言いたいところではありますけれど、ある意味では似たようなものかもしれません」
カーティスの言葉に目を細めれば、カーティスは真っ直ぐに視線を返してきた。
何か言いたいことがあるようなので黙って先を促すと、一つ頷いた後でカーティスはさらに口を開いた。
「勿論、姉さんのことを見捨てる、というわけではありません。しかし姉さんを助けるためにも、皆さんには帝都から一度出て行って欲しいのです」
「……帝都を離れる? 助けるのに?」
「今の姉さんにとって何が一番まずいかと言えば、それは皆さんと接触してしまうことですから。理由は……わざわざ口にする必要はありませんよね?」
今のままであれば、あくまでもアンリエットが王国と繋がっているというのは捏造でしかない。
しかしここでアレン達がアンリエットと下手に接触をし……そして、アレン達が王国の者だとばれてしまえば。
嫌疑は確定となり、後のことを考えずに連れ出す以外に助ける手段はなくなってしまうだろう。
カーティスの言いたい事は、そういうことだ。
だが。
「でもそれって、今のままでも大して変わらない気がするけど……? 結局死罪になっちゃうわけだし」
「そうですね、そうかもしれません。けれど、そうではないかもしれません。確かに姉さんにとってはこんな国など出て行ってしまった方がいいのかもしれませんけれど、それは自分の意思であるべきだと思うんです。こんな風に罪を押し付けられ、そのせいで必死になって逃げ出し、しかも一生追われ続けるなんて……僕は姉さんにそんな人生を送って欲しくはありません」
「……でも、じゃあどうする?」
「どうにかしてみせます。いえ、どうにかできないか、最後まで足掻いてみたいんです。一応まだ嫌疑の段階ですから、確定するまでは時間があるはずです。黒狼騎士団が動いている時点で通常よりも遥かにその時間は短いでしょうけれど……一週間、いえ、三日でいいんです。僕に足掻く機会をくれませんか?」
そう言って頭を下げたカーティスに、アレンは一つ息を吐き出した。
それから、ミレーヌと顔を見合わせる。
そして――。
「……良かったの?」
帝都の街中を歩きながら、隣を歩くミレーヌから発せられた言葉に、アレンは肩をすくめた。
「まあね」
ミレーヌが不満を感じているということは分かっていたが、敢えてそれ以上の言葉を続けることはしなかった。
横目にミレーヌがさらなる不満を表すためには目を細めたのが分かったものの、やはり何も言うことはしない。
ただ足を動かし、帝都の東端へと向けて進んでいく。
端的に結論を言ってしまえば、アレンは帝都から離れることを了承したのであった。
そして今はそのために東端へと向かっている、というわけである。
帝都を離れて行く先は既にカーティスが手配済みであり、帝都から馬車で一日ほど離れた場所であるとの事であった。
ただし馬車は馬車でも帝都に来る時に乗ったあの高速馬車ではあるが、それもまた手配済みとのことだ。
御者はカーティスの護衛がやってくれ、しかも先に準備をしておいてくれるらしいので、アレン達がやるのは馬車が預けてあるという場所へと向かうことだけである。
ちなみに、リーズ達には既に連絡済だ。
リーズ達はアレン達に万が一何があった時のために別の場所で待機してもらっていたため、宿にはいなかったのである。
尚、通信用の魔道具などは持っていないが、簡単な情報を送ることぐらいならば理の権能を使えば可能だ。
それで位置を伝えた、というわけである。
位置的にはアレン達の方が近いため、先に到着することになるだろう。
そこでリーズ達が来るのを待ち、それから帝都を離れる、というのが今のところの予定だ。
その後どうするのかは、今後の状況次第といったところだろうか。
カーティス次第とも言えるが……さて。
「……どうなることやら」
呟き、一瞬だけ帝城の方を眺めつつ、アレンは一先ずの目的地へと向けて歩を進めていくのであった。




