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煙る想い

 流れ行く景色を眺めながら、アレンは一つ息を吐き出した。


 その光景は見覚えのあるものであり、だがほんの僅かに異なるものだ。

 記憶にあるものとそれとが異なるのは、流れる方向が逆なのと……行きと比べ一人減っているからである。


 ラウルスへと向かう、その馬車の中であった。


「……アレン君、その、本当によかったんですか?」


 と、窓の外の景色を眺めていると、遠慮がちに声をかけられた。


 視線を向けてみると、気遣うような表情を浮かべているリーズの姿が目に入り、思わず苦笑を浮かべる。

 どうやら気を使わせてしまったようであった。


「気にしすぎだって。まあ確かに気にならないって言ったら嘘になるけど……アンリエットにも色々と事情があるんだろうからね。少なくとも僕はそれに納得したから、こうして帰ることを選択したんだし」


 だから気にする必要はない、と肩をすくめてみせるのだが、どうやらそう簡単に切り替えることは出来ないようだ。

 横目に眺めてみれば、ノエルやミレーヌも同じようで、まったくと、再度を苦笑を浮かべる。

 相変わらず人が良すぎる娘達であった。


 本当にアレンは、もうそれほど気にしていないというのに。

 あの時あの場所で、納得はし終えたのだから。


 ――アンリエットがエルフの森へと戻って来た直後、アレン達へとしてきた話というのは、いつかも聞いたようなものであった。

 それは端的に言ってしまえば、さっさと王国に帰れというものであり……だが、あの時とは明らかに違っていたこともある。

 あの時はまだ、出来ればそうしたら方がいい、といった感じであったのだが、今回は明確な意思の元に絶対そうすべきだと言わんばかりの態度だったのだ。


 もちろんその理由は聞いたし、答えられもした。

 だがそれは随分と予想外のものであり……アンリエット曰く、街道の封鎖が終わったから、ということであったからだ。


 それが意外だったのは、アレンはそうなるに至ったおおよその事情をアンリエットから聞いていたからである。

 それは言ってしまえばアレンを捕らえるため……というよりは、王国側に万が一にも逃がさないためではあったが、もう一つの決定的なことのためでもあったのだ。

 即ち、皇帝を暗殺した悪魔を捕らえるため、である。


 それを理由としたからこそ、街道の封鎖などということを行う許可が下りたのだ。

 さらには、それが起こった者達のことも、アレンは耳にしている。

 というか、アレンが黒狼騎士団について知っていたのは、その時に聞いたからなのだ。


 そして、街道の封鎖が終わったということは、同時に一つの事実も告げている。


 皇帝を暗殺した悪魔が捕らえられた、ということだ。


 アレンがはっきりそう聞いたわけでなければ、アンリエットがそう断言したわけでもないが、アンリエットの口調からすれば間違いはないだろう。

 とはいえ、そのこととアレン達がとっとと帰ることに何の関係があるのかと言えば……それはこの件がキナ臭いから、ということらしい。

 それに関しては、アレンも同感ではあった。


 一年もの間捕まらなかった犯人が、街道を一日封鎖しただけで捕まったなど、どう考えても怪しすぎるだろう。

 そういったブラフを流し、油断したところを捕まえる作戦だと言われた方が納得がいくというものだ。


 しかしアンリエットによれば、街道の封鎖は間違いなく解かれたし、どころかラウルスに陣取っていた黒狼騎士団の者達は既に撤退しているのだという。

 少なくとも今から王国に戻るのには、何の支障もないとのことだ。


 そうして、それこそが、アンリエットがさっさと帰れと告げた理由でもある。

 要するに、明らかにキナ臭いから、これ以上の面倒事に巻き込まれる前に帰っておけ、ということだ。

 今ならばまだ、問題なく帰ることは出来るだろうから、と。


 真っ直ぐな目で、本気でこちらの身を案じているのだろうと分かる顔で、アンリエットはそう告げ――


「……でも、あたし達がいなかったら、あなたは帰ることは選ばなかったんじゃないかしら?」


 ノエルの言葉に視線を逸らしたのは、図星ではあったからだ。

 あの時アレンには、アンリエットの言葉に従う道もあれば、従わない道もあった。


 従わない理由としては、明らかにアンリエットは何かを隠していたからである。

 それはきっと話せばこちらの意思決定に関わってきてしまうもので、アンリエットの身に関係のあることだ。

 具体的に何なのかは分からずとも、その程度は容易に想像が出来……だから、従わないという道もありはしたのである。


 だが結局そうしなかったのは……確かに、アンリエットとリーズ達、どちらを優先するのかを考えた結果、リーズ達を選んだからではあった。

 アレンが残ることことを選んだら、おそらくリーズ達も残ると言い出してしまっていただろうから。


「……ま、確かに僕一人だったら残ってたかもね。でもそれを言ったら、そもそも僕一人だったら色々と違ってただろうし、言っても仕方のないことだよ」


 アレン一人だったらエルフの森には行かなかったかもしれないし、あるいは街道の封鎖自体が起こらなかったかもしれない。

 だがそれは言ったところで何の意味もない、仮定の話でしかなかった。


 そして起こらなかった以上は、言ったところで意味のない話だ。


「……でも、アレンは気にしてる」

「まあそこはちょっと大目に見て欲しいかな? さすがに気にはなるからね」


 ミレーヌの言葉に苦笑を浮かべ、肩をすくめる。

 別にこの選択に後悔はしていないが、だからといって気にならないわけがないのだ。

 そこはお目こぼしをして欲しかった。


「随分と勝手な言い分ね」

「承知の上だって。というか、ノエルこそ残らないでよかったの?」


 あの直後に、慌しくもエルフの森を後にすることになったため、ノエルは結局結論を出すことはなかったのだ。

 もっとも、それ自体は予想通りではあったが、それなりにノエルはあそこに残ることに意欲的だったように見えた。


 王となるにしろならないにしろ、一先ずあそこに残って様子を見るのではないかと正直思っていたのだが――


「……先に一旦離れてから考えてみようと思っただけよ。ただ……少なくとも、もう一度あそこに行くことにはなるでしょうね。住んでみることになるのかどうかは、その時になってみないと分からないけれど」

「そっか。ならその時は僕もまたお邪魔しに行こうかな。ごたごたがありはしたけど、あそこが候補地であることに変わりはないんだしね」

「……素直にアンリエット様のことが気になると言ったらどうですか?」

「ま、それもないとは言わないけどね。あとあの男のことも気になるし」


 事情を話した結果、気を失ったままの男に関してはアンリエットに任せることになった。

 男の尋問をする時間も惜しかったというのもあるし、それをしてしまうとさらに面倒なことになるとアンリエットに言われたからでもある。


 実際のところ、話を聞きだすのはともかくその後のことはどうしようかと思っていたので、助かったというのが本音ではあった。

 アレン達が去ったところで問題がなくなるわけではないが……ああいった状況を用意した以上、アンリエットはどうにかする手段を持っているはずだ。


 ただ相手にリスクを背負わせることだけはしない。

 アレンの知っているアンリエットという人物は、そういう人であった。


 だからきっとあの状況でもあの男をどうにか言いくるめる方法があったのだろう。

 ついでに事情も聞きだしてくれることになっており、それは次訪れる時に聞く手はずとなっていた。


 そしてそういったこともあるため、アレンはアンリエットのことをそれほど心配してはいないのである。


 それにアンリエットは結構抜け目ない性格をしている。

 仮にその身に何らかの危険が迫ったとしても、逃走手段の一つや二つ用意しているに違いない。


 さらには――


「ま、困った事があったら助けを呼ぶように、って言っておいたしね」

「……さすがにアレン君でも、帝国から助けを求められても……いえ、アレン君なら何とか出来そうですね」

「確かにしれっと何とかしそうだけれど……そもそも助けを求める声が聞こえないんじゃないかしら?」

「……そこは、愛の力で何とか?」

「あ、愛、ですか……!?」

「いや、生憎とそういう力はないかな? だからリーズも落ち着くように」


 そうして、途端に賑やかになった状況に苦笑を浮かべながら……ふと、アレンはアンリエットと別れた時のことを思い出した。


 妙に思いつめていたように見えていたものの……大丈夫、なはずだ。

 アンリエット自身がヘマをするとは思えないし、子供達のケアも任せてある。

 少々任せすぎではないかと思わなくなかったが、仕方なさそうな顔をしながらも請け負ってくれたことだし……と、そんなことを思い返していると、最後の最後にアンリエットから言われた言葉が不意に脳裏を過った。


「……子供達は、助けてくれたことを感謝してた、か」

「……? ……何か言いましたか?」

「いや……ただの独り言だよ」


 そう、だから、それ以外の意味などはない。


 だけど……今回あそこに行った甲斐はあったのかもしれないと、そんなことを少しだけ思った。


「ただ、次はどうしようかな、って思ってね」

「そういえば、今回は色々とあった気もしますが、結局はすぐに帰ることになってしまったわけなんですよね……さすがにしばらく帝国に行くのは無理でしょうし、次はどうするんですか?」

「今回は帝国だったってことは、次は東にある国あたりかしら?」

「……南とかお勧め」

「まあ、帰るまでに時間はかかるから、その間に決めようかなとは思ってるけどね。……ところで、何かその言い回しからすると、また三人共付いてこようとしてるように聞こえるんだけど?」

「気のせいではないですか?」

「そうね、気のせいでしょうね」

「……でも、偶然向かう先が被ることはあるかも?」

「……いやまあ、別に一人旅にこだわりがあるわけでもないからいいんだけどね。何だかんだで、賑やかな方が楽しいし」


 そんなことを言って苦笑を浮かべつつ……アレンは目を細め、窓の外へと視線を向ける。

 さて、どうなることやらと、色々な意味を込めて、思うのであった。







 走り去っていく馬車が見えなくなるまで見送った後で、アンリエットは息を一つ吐き出した。

 それは色々な意味を込めてのもので……最も大きいものは、きっと決別の意だ。


「もうよかったんスか? ここまできたら、あと一日や二日程度待ってもよかったんスが」


 と、聞こえた声に視線を向ければ、そこにあったのは憎憎しい顔だ。


 とはいえ、彼女――リゼット本人に責はない……とは言えないが、半分程度しか責任がないのは事実である。

 そして残りの半分はアンリエットにあるのだから、睨んでばかりもいられなかった。


「別に構わねえですよ。むしろ時間をかけてオメエらにこれ以上絡まれる可能性を増やす方が困るです」

「ああ……彼のことは本当に申し訳なかったというか、こちらの監督不行き届きというか、そんな感じだったんスけど……」

「真面目に受け取ってんじゃねえですよ。まるでこっちが悪いみたいじゃねえですか」


 まったくやりづらいものだと、溜息を吐き出す。

 帝国で最も危険視されている人物の一人だというのならば、それ相応の態度というものを見せて欲しいものだ。


 まあ、そういったことも含めて、勝手な話ではあるのだけれど。


「ともあれ、これでいいんですよね? もうアイツらには手を出さない。……約束は、ちゃんと守ってもらうですよ?」

「もちろんっス。こっちは極端な話、彼らが何者で何をしていたのだろうと関係ないっスからね」


 それは本音であり、事実でもあるのだろう。

 彼女達黒狼騎士団の今回の任務に、アレン達は何の関係もないのだから。


 ……あるいは、関係なくなった、と言うべきなのかもしれないが――


「皇帝の暗殺犯の確保、ですか……一年ぶりとか、ちと今更すぎるんじゃねえですかねえ」

「それを考えるのは、私達の役目じゃねえっスから。私達は言われたことをやるだけっス。ともあれ、というわけで、来てもらうっスよ? ――悪魔と共謀して閣下を暗殺した件について、たっぷりと話を聞かせてもらうっス」


 その言葉に答えることはなく、アンリエットはもう一度だけ、馬車が走り去って行った方角を見やる。

 しかしすぐに視線を外すと、リゼットを先導するようにして、歩き出すのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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