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第三話 ~開戦~

「うちのチビども――特に、お姉ちゃんのほうが熱心に剣術を習いたいってうるさいのよ。最近は二人で剣術ごっこばかりしてるし……どうすれば良いと思う?」

「あ、そう言うのは管轄外なんで」


 出兵に際し、エレーナ師団がマイセン城へと到着した日にあった一幕である。

 帝都でエレーナ様に姉上のところのチビどもを預けた時から、もしかしたらとは思っていたことが、現実になってしまったらしい。


 だから姉上、当代最高の頭脳とか何とかおだてられても、俺にはどうしようもないですから。

 いやほんと、こっちもこっちでそれどころじゃないんです!


「ぷぅ……」

「はぁ……」


 マイセン城に付いた当日は旅の疲れもあろうこと、日程に余裕を持って計画を立てていたこともあり、マイセン辺境伯との実務的な話は翌日となった。

 ……俺は、それまでにこの目の前でかわいらしくほっぺを膨らませる生き物のご機嫌を取らねばならないのだ。


「あの、エレーナ様?」

「……なんだ?」

「その、ご機嫌を直して下さいとは言いませんけど、なんで怒ってらっしゃるのかだけでも教えていただければと」

「怒ってないもん……」


 今回の王国への侵攻作戦が決まってから、こんな感じだ。

 見るからに俺への当たりだけ特別強いし、俺に関係する何かが原因っぽいんだけどなぁ。


「フフフ……それで、まだやってたんですか?」

「いやあの、フィーネさん? 笑いどころじゃないんですよ? まさか、マイセン辺境伯との実務会談を前に総大将と参謀長が仲違なかたがいしてるところとか、見せる訳にはいかないし……」


 困り果て、夕食後にフィーネに割り当てられた部屋を訪ねて相談してみれば、明らかに面白がってる様子。

 互いに座って向かい合いながら言葉を交わし、笑顔のフィーネが目の前のお茶に口を付ける。

 エレーナ様の幼馴染で親衛隊長だし、何か知ってるんじゃないかと来たけど無駄足になったりしないかと心配していると、フィーネが不可解そうな表情に変わっていく。


「あの、カール様? 念のために聞きますが、そもそも原因はお分かりですよね?」

「分かってたら、日が暮れてからに乙女の部屋を訪れるような危ないことをするもんか」

「……確認ですけど、ハンナが今回の件でカール様のところに行ってるはずです。その時に何をお聞きに?」

「ん? えっと確か、『エレーナ様はカール様が居ないとただ突撃するだけの人なんです! めんどくさくても見捨てないでください!』って感じだったか」


 その答えを聞き、「確かに、カール様がまったく考慮外ってのは想定しないか……」とか言って、難しい顔で考えだすフィーネ。

 どうしたものかと黙っていると、彼女が口を開いた。


「別に隠しても仕方ないことなんで言いますけど、要は、『カール様に裏切られた』ってエレーナ様が思ってるのが原因だと思いますけど」

「はぁ……はぁ!?」


 思わぬ言葉に驚けば、何か向こうも驚いた様子なんだけど、どういうことなの?


「あのですね。参謀本部での軍議で、カール様は、エレーナ様の配置について何も意見を述べなかったんですよね?」

「うん」

「つまり、エレーナ様としては本隊から外されてしまった不本意な状況で、何がどうなってるかよく分からない『バカな自分』に代わって何か言ってくれると思っていた『賢い』カール様が、何もしてくれなかったって思ってるんですよ」

「いやいやいやいや! 何だそれ!? あんなガッチガチの敵地で、何をどないせいって言うんだ!? しかもそれ、三大派閥の戦略の根本ぶっ潰してこいって無茶ぶりじゃねえか!」

「カール様なら、何もできないってことはないでしょ?」

「逆に何が出来るのかを教えて欲しいんだけど?」


 奇妙な沈黙が続く。

 そろそろ目を合わせ続けて落ち着かなくなってきたころ、先に口を開いたのはフィーネだった。


「まあ、実際のところがどうだったかは置いておいて。エレーナ様とすればもやもやを爆発させるタイミングも逃して、どうしたらいいか分からないんじゃないかと思うんです」

「理屈としてはありそうだけど、そうだとしたら理不尽極まりないな……」

「カール様は一度、本気で自らの価値について考え直した方がいいと思いますよ? うちの父も言っていました。『過大評価も過小評価も、いずれ思いもしなかった未来を招き寄せてしまう。勝ち続けたければ、あらゆる物事について適正な評価をし続けることだ』って」

「なるほど、良い言葉だ。およそ人類には完遂かんすいしきれないことをのぞけば、完璧な必勝法だろうさ」


 一応は答えも聞けたし、いつまでも嫁入り前の娘さんの部屋に居る訳にはいかない。

 そろそろおいとまするか。


「それじゃあ、そろそろ失礼するよ。わざわざ話を聞いてくれてありがとうな」

「いえ。未来の旦那様に、こんなところで失脚される訳にはいきませんし。私なんかでお役の立つのならば、いくらでも協力しますよ」

「はいはい。その程度の揺さぶりじゃあ、動揺してやるわけにはいかないな、っと」


 そうして軽く答えて立ち上がったところで、思わず動きを止め、気付いた時にはフィーネに問いかけていた。


「どうかしたのか?」

「!? え、えっと、急にどうしたんです?」

「だって今、何か言いかけてやめただろう? あと、なんていうか――」


――悲しそうだったし。


 その言葉を口にするよりも早く、フィーネは大きなため息を一つ。


「改めてご忠告させていただきますけど、ご自身の価値や、周りからどう見られているかって点、本気で考え直してみてください」

「え? それってどういう――」

「ほら、今はさっさとエレーナ様をどうするか考えて下さいよ。『お人好ひとよしの』天才軍師様」


 そう言いながら、フィーネは俺の背中を押して客室の外へと追い出してきた。

 まさか夜中の廊下で乙女の部屋に入れてくれとか何とか騒ぐわけにもいかず、とりあえずは自室へと戻ることにした。





「勝利の約束された戦場の片隅よりも、自ら陣頭に立っての因縁のある強敵との再戦の方が燃えるものな! 流石はカールだ! そこまで考えてくれていたとは!」


 翌朝のこと。

 朝食前に適当に説得した結果がこれである。

 いや、フィーネの話が正しいとするなら、この脳筋皇女相手にこれ以外の筋書きが通じる気がしないし、適当も何もないんだが。


 そうして何とか業務に支障のない上下関係を取り戻したところでマイセン辺境伯、とエレーナ師団の幹部での、今回の戦いに関する打ち合わせとなった。


「……やはり、二万以上は無理だ。精々が一万八千、戦後の西方の国力も考えるなら、一万五千が良いところだぞ」


 西方からの動員戦力についてのマイセン辺境伯の言葉は、方向性としてはビアンカちゃんが予想していた通りだが、実際に聞くと頭が痛い。


「そりゃ、一応は中央に属するエレーナ師団はともかく、諸侯軍の動員数なんてメンツを気にしないならそこまでうるさく言われることではないですけど……」

「カールよ。気持ちは分かるが、あまりにも戦いが続きすぎる。しかも、先の戦いでの領地放棄はかなりの無茶を飲ませたのだ。やっと中央との繋がりが復活し始めて景気が上向き始めたところである西方にとってはな……」


 ここでふと、エレーナ様の方を見る。

 イマイチ話について行けてない様子のこの人は、あくまで冷遇されていた西方を救うために立身出世を望んでいた。

 ここで数を揃えさせるためにアレコレ言ったところで、西方を救うとの目的に反するし、なにより、限界まで絞り出しても兵は一万も増えないだろう。

 戦略的に囮を期待され、アランの守るウェセックス城を攻め落としたってそれ以上に攻め込める戦力はどうせ用意できないなら、王国領内にエレーナ軍が存在し続ければ何も言われない訳であり、城を落とす必要もない。


「一万五千。無理をしない範囲で集めていただければ十分です」


 そういうことで、その日の打ち合わせは終わった。


「ってことがあった訳だが、別にそこまで気負わなくて良いぞ。たった三十人程度の小部隊、しかも実戦初投入となれば、そこまで大きなことが出来るとは思ってないし。今はとにかく、この先の運用や改良のためのデータ収集中心に考えてくれ。まあ、実戦の機会が今回来るかも怪しいわけだが」

「は、はぁ。その、あ、あたしは、ただの鍛冶師で、部隊指揮は――」

「だから、マントイフェル家のお抱え鍛冶師、リア・アスカ―リに軍事的才覚までは求めないって。ついに完成した鉄砲について一番詳しいからこそ、隊長って形にしてるだけだし。これも、時間が足りない中での臨時の対応だから、そう長くは続かないさ。何より、優秀な技術者を、いつまでも前線に張り付けるなんてもったいないし」


 エレーナ様率いる囮部隊二万五千は、大した抵抗もなく国境を突破し、ウェセックス城へと向かっていた。


 その途上、マントイフェル家で秘密部隊扱いで鍛えていた鉄砲隊が最低限の練度を得たと聞き、無理矢理連れ出してきた。

 なんというか、弓や剣に比べて圧倒的に習熟が早い。

 死ぬほど金食い虫だし、命中率も悲しくなるレベルだが、やっぱり銃は色々と恐ろしい武器だ。


 そしてリアとのこの会話からしばらくのこと。

 少なくとも万を超える軍勢を動員し、場合によっては前哨戦として打って出てくる可能性も高いとされていた大方の予想を覆し、多く見積もっても五千程度と思われる兵と共にアラン・オブ・ウェセックスは当初からウェセックス城に籠城ろうじょう

 その城をエレーナ様の率いる軍団が包囲する形で、『ウェセックス城の戦い』は始まることとなった。





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