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第七話 ~真綿で首を絞めるように~

「ケンネル要塞は放棄。バトラー城への救援は危険すぎる。両拠点へとにらみを効かせられるアーセルへと後退する――ということでよろしいでしょうか?」


 約三万三千の兵力で、要塞から一日ほどの地点に陣を張る国王自ら率いる六万の大軍と対峙するケンネル要塞の会議室で発された俺の言葉に、異論は出なかった。


 王国のアルベマール公爵の率いる五万の別働隊がバトラー城方面からこちらの後方へと抜けかねないとの情報が入り、すぐに西方全軍の指揮を勅令で任せられているエレーナ様やその幕僚と、諸侯軍を代表してマイセン辺境伯が集まった。

 その臨時会議は、盛り上がりすら見せることはなく短時間に終わり、冒頭の結論でまとまった。


殿しんがりの選定は、こちらに任せてもらおう。三千……そうじゃな。――ユスティア子爵であれば、三千も与えれば十分にケンネル要塞で戦い抜くことが出来るかと思います、エレーナ殿下」

「任せる」


 普段であればもっと余裕を見せるエレーナ様の声の固さが、事態の深刻さを表しているようだった。


 ともかく、そうと決まれば、ぐずぐずしている暇はなかった。

 バトラー城を突破されて先に後方へと回り込まれれば、頼るべき城壁もないままに、合わせて十万を超える大軍に挟撃されてしまうからだ。

 手を付けられたところだった野戦の準備は、そのまま撤退の準備へと流用され、日が暮れる前には最初の部隊が撤退を始めていた。


 夜陰やいんまぎれて三万の兵力と持てる限りの物資を持ち出し、敵の追撃を食い止めるため文字通り決死隊となるだろうケンネル要塞の残存部隊と、バトラー城の守備隊が時間を稼いでいる間にアーセル城へと主力を移す。


 そんな悲壮な作戦――のはずだった。


「は? バトラー城の包囲がかれて、包囲してた連中がどこかに去っていった?」


 アーセル城に入って最初の報告は、そんな思いもしないものだった。

 ケンネル要塞に比べて城そのものの防衛能力は低く、守備隊も千人ほどの拠点だ。もちろん多少の損害は出るだろうが、力攻めでも問題なく落とせるチャンスだったはずだ。


 一体どんな狙いがあるのかと幹部陣一同で頭を抱えていると、さらに訳の分からない報告が入ってきた。


「はぁ!? ケンネル要塞への攻撃がないどころか、そっち方面の王国軍が動きすらしていない!?」


 本当にもう、何が何やら……。

 慎重に動くまではともかく、隙を見せても食いついてこないとか、本当に何を考えているのか。

 大軍を動かすのもタダじゃないどころか、莫大な物資を食いつぶして行われている訳だ。そこまでして王国側が得たいものが、全く見えてこない。


 そうこう考えている間にも、状況は待ってくれない。


「で、バトラー城を包囲していたアルベマール公爵の軍勢が、バトラー城のさらに南のワルクス城に現れた、と」


 さらに、それに合わせるかのように、ケンネル要塞から一日の距離に居座っていた王国軍が、さらに一日分後退したとの報告が入ってくる。


 すべて西方管区の中のこととはいえ、その管轄する領域がそもそも広大なのだ。

 王国との国境線の中でも、特に西方諸侯の管轄する国境線の中では北の方にあるケンネル要塞から、バトラー城をてさらに南にあるワルクス城は、国境線のほぼ中央部。

 同時ににらみを効かせるには、距離がありすぎた。


 ケンネル要塞の防御力と、王国軍の後退によって出来た救援のための時間的余裕をアテに、こちらは主力の三万をワルクス城へと振り向けることとした。


「で、また城を包囲するでもなく、一日くらいのところで陣を張るだけか……」


 ここまで来れば、エレーナ様以外のみんなは、何となく敵の狙いが見えてきていた。


「こっちを振り回しての時間稼ぎ。『勝つための戦い』ではなく、『負けないための戦い』ですね」


 このアンナの言葉に、よく分かっていない総大将を除く幕僚たちはおおむね賛同する。


「そうなると、王国としてはどう動くかな? 僕としては、順当に北の連合王国か、もしくは南の南洋連合が状況を動かすまでこんな状況かと思うんだけど」

「いや。国王親征まで行っておいて、それでは王国内への示しがつかんじゃろう。大軍を動かしながら成果がないなど、敗戦続きで揺らぐ権威に、自ら止めを刺すようなものじゃ。どこかで更なる動きを見せるはずじゃぞ」


 ナターリエの言葉に対するマイセン辺境伯の言葉は、確かに納得できる。

 だが、その更なる動きが何かは、まったくもって見えなかった。


 そうこうしてワルクス城に駐留してそうしないうちに、北から更なる報告が入る。

 報告そのものがやってくるのは予想通り。

 ただし、中身は想像もしなかったものだった。


「王国軍の部隊により、各地の町や村が襲撃されています! それぞれは多くとも千程度とのことですが、数が多すぎて総数不明! 至急対処願いたい!」


 ケンネル要塞で六万の王国軍と対峙して身動きの取れないユスティア子爵からの報告は、まさに王国の『更なる動き』なのだろう。

 数が多すぎるってあたりは、実態が見えないことへの混乱などから盛られていることが考えられるので無視するとして、こちらの取るべき動きが難しかった。


「ケンネル方面へと兵力は送るとして、どれほど送るのです?」


 そのヴィッテ子爵の問いは、本当に難しい問題だった。

 こちらがワルクス城での圧力を下げれば、今は大人しくしているアルベマール公爵の別働隊も北と似たような動きを取るだろうことが予想される。

 だからと言って少ない兵数だけ動かしても、居所すらよく分からない敵の小部隊に効率的に対処できるとも思えない。


「あの、軍を半分ずつに分けて対処するんじゃダメなんですか? どっちも同じくらいに大切な拠点なんですよね?」


 沈黙が続く軍議にそう口を出したのはビアンカちゃんだった。

 軍事は素人と割り切っているのかそもそも発言する気すら見られないソフィア殿下や、エレーナ様ですらよく分かってない感じだったのに空気を読んで黙っていた中、発言をした勇気は称賛にあたいすると思う。


「ビアンカ。それはダメだよ。たぶん、王国側にとって一番望ましい展開だと、僕は思うね」


 ナターリエの言うとおりだった。

 確かに、一万五千で籠城しているワルクス城方面は王国軍の動きを押さえられるかもしれない。

 だが、意味もなく戦力を分散させることは、愚策極まりない。

 しかも、ケンネル方面へと派遣する兵力は、当たり前だが野外を進む。その身を守る城壁はないのだ。何の策もなく四倍の軍勢とぶつかって、勝てるわけがない。


 だからこそ、決断が必要な場面だった。


「エレーナ様。主力はその全力でもって、ケンネル方面を荒らす敵部隊を叩き出しに行きましょう。このままではケンネル要塞が孤立しかねませんし、それ以上に、後背こうはいで敵の自由を許すことは、戦線の崩壊にも繋がりかねません」

「分かった。カールの献策をもって良しとする。早速向かおう」


 会議の結果をまとめた俺の言葉をエレーナ様が承認することで、軍勢が動き出す。


 根本的な解決にならないことは重々承知の上。

 だがそれでも、とにかく止まることは許されていなかった。





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