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第六話 ~ガリエテ平原の戦い・中~

 視線の先では、敵方が優勢とは信じられないほどに無秩序な大攻勢に押し込まれる味方。

 思いもしなかったとはいえ、自らの策が思いもしなかった方法で破られようとしていることに焦って頭を回し続ける俺の肩に、大きな手が置かれる。


「落ち着け。今の十分に敵を引きずり込めていない状況で仕込みを使っても、効果が薄すぎる。今は待て」


 馬を側に寄せてそう言ったのはマイセン辺境伯だった。

 彼は俺の返事を待つ間もなく、さらに言葉を続けた。


「一男爵家の領軍を率いる将程度ならば、常に自ら動くのもありだろう。だが、それらを率いる将の将たる立場で考えねばならない者は、あえて動かないことが必要となることもある。考えるのをやめてはならないが、信じて我慢し、手を打つべき時をひたすらに待ち続けるのだ。今後のため・・・・・にも、覚えておけ」

「え……あ、はい!」


 冷静に考えれば、義理だけ果たしていかに面倒事から足抜けするかを考えてる俺的には致命的な言葉でもあったのだが、そこまで考える余裕はなかった。

 ちょっと離れたところでなんとも言えない顔でこっちを見るおじいさまを不思議に思いながら、なんとか落ち着けた自分にほっとするだけだった。


 信じて待つ。

 今は、実質的な総指揮官の判断に従い、しかし言われた通りに考えることをやめずに、戦況を見続けるだけだった。





 帝国側を混乱させ、大打撃を与え続けている王国軍の大攻勢だが、これは王国軍にしても予定通りの行動とは言い難いものだった。


「伝令を出せ! あのバカどもをさっさと連れ戻すんだ! これでは統率も何もあったものじゃない!」


 王国軍の総大将であるリュクプール公はそうして、勝手に突撃を開始した第二陣に対して何度も伝令を送るが、帰ってきたのは一様に反発の言葉だった。


「ふざけるな! どうしてもと言うなら、お前の手下を引っ込めろ!」

「もっともらしいことを言って皇族の身柄なり首なりを自派閥で押さえてしまうつもりだろうが、黙って見逃すか!」

「総大将は、他の連中の功績を掠め取る役職のことではないぞ、俗物め!」


 地形的に両側の空間が制限されて大軍を生かしにくいとはいえ、自軍のわずか四分の一ほどの軍勢が、誰だか知らないが皇族の首をぶら下げて野戦を仕掛けてくる。

 皇族の首なり身柄なりを押さえることは、一国ごとに比較すれば地域最強の大国たる帝国の支配者の血族を押さえること。その功績の大きさは、比類ないものになる。

 当然、戦後の宮廷内の・・・・・・・戦いにおいて、極めて大きな武器になる。


 リュクプール公としては、そのようなエサを前に怪しいから戦わないというわけにもいかず、せめて罠だった時に備えていざという時に自分の指示に素直に従うだろう自派閥の者たちを中心に第一陣を編成するのが精一杯の警戒だった。

 だがしかし、帝国軍は思ったよりもずっともろく崩れ始めた点で読みははずれ、それぞれが十分以上に誇れるだけの宮廷席次や戦場での実績を持ってるからこそ他の派閥の諸将がいざという時に命令を聞かないだろうとの予想が当たってしまった。


 結果、王国軍の半分が統制も取れないままにひたすら突撃を行うという、指揮官としては悪夢のような状況になっている。


 そんな中、王国軍の本陣で総大将が、自派閥の者たちを引かせるべきか、むしろ第二陣が後ろから無理やり割り込もうとする中で引かせることこそが混乱を大きくさせるかもしれないので今の勢いのままに突っ込ませるべきかの判断を迫られる間に、戦況は決定づけられようとしていた。





「そろそろ十分だな。――反撃開始だ! ラッパを吹きならせ!」


 黙って皆が戦況を見守る中――約一名、形式上の総大将な少女がずっとそわそわしていたりはしたが――マイセン辺境伯が号令を出す。


 両翼がほぼ後退せずに支え抜き、深く引いた中央部に敵が突出している。

 広げられた鶴の翼の中に、敵部隊が包み込まれるような形。


 そんな理想的な状況の中で、ついに俺自身が発案した策の仕上げが発動する。


「後列、偽装解除! 射撃戦開始!」


 歩兵部隊の後列からそんな号令が響き、曲射能力の低い魔法以外の弓や石による攻撃が敵に向かって降り注ぐ。

 そんなことをしても、精々が意表をついて敵の動きを少し止める程度。


 だが、今回はそれで十分。


「後退は終わりだ! 押し返せ!」

「帝国魂を見せるんだ! ここまでに殺された仲間の分もやり返せ!」


 本陣の前面の部隊のあちらこちらからそんな声が聞こえ、後退が止まる。

 そして、それに合わせるように両翼の部隊が中央部に向けて敵を押し込み始めた。


 そのさまは、大きく広げられた翼が閉じられゆくようにも見える。


「よし、予備部隊に伝令! 両翼からそれぞれ突っ込んで、敵を牽制させろ!」


 そんなマイセン辺境伯の号令によって、騎兵を中心とした戦略予備たちも動き出した。

 王国からすれば味方の後ろからさらに兵を突っ込ませるわけにもいかず、突き崩すならば両翼先端の帝国部隊しかない。そこを守るように部隊が動き出したのだ。


 王国の前衛は、不意を突いて逆撃に移った帝国部隊の前に前進が止まる。

 しかし、後ろの連中まで急に止まれずに渋滞が始まり、さらに両翼から押し込まれて空間がなくなる。

 敵が策に移る前に自ら統率を失ってくれるのは計算外だったが、身動きもできないほどに押し込めれば、部隊としての行動を維持できないはず。


 それでも無理やりに中央をぶち抜かれたりなどちょっとした不測の事態で破られかねないのも確か。

 上手くいくようにひたすら心中で祈っていたが、そこで声を掛けられる。


「権限が大きくなることは、それだけ見られるようになること。そこまで見るからに不安がるのは、上に立つ者として失格だ。エレーナ殿下のように、見た目だけでもしゃきっとしろ」


 そう言ったマイセン辺境伯に、背中を叩かれる。

 例に出されたのでエレーナ様を見れば、確かにとても堂々としている。

 見ていて落ち着いた自分に気付き、将来の男爵家当主としての心構えとして覚えておこうと決意する。


 なお、「まあ、おそらく内心までは真似しない方が良いと思うが」なんて、まるでエレーナ様が深く考えずに根拠なく自信を持ってるような辺境伯の発言は聞かなかったことにしておいた。


 そうして自分なりに堂々と構え、気のせいであってほしい失笑なんて聞き流しながら待ち続ける。


「伝令です!」


 そうして本陣に転がり込んできた兵士に、本陣に居る全員の視線が集まる。


「敵後列が、潰走を始めました! 敵は押しとどめようとしているようですが、勢いは止まらない模様!」


 本陣に歓声が響く。


 なんとか、こっちが崩れる前に、敵が崩れてくれたらしい。

 後は、敵を押し込みながら待ち続け、逃げる敵と後方で待機する敵がこの両側が限定された空間内でぶつかり合って混乱するのを待つばかりだ。


「カール、作戦立案者たるお前に問う」

「は、はい!」


 ほっとしてるところに実質的な総大将からまじめな顔で問いかけられ、反射的に背筋がのびる。

 あれ、俺、また何かやったのか?


「敵の半数が罠にかかったわけだ。この規模から予想される混乱ならば、その隙に撤退するよりも、付け入って追撃をすべきかと思う。お前の意見はいかに?」

「は、はい! それで良いかと!」

「そうか」


 俺の返事を聞いて、マイセン辺境伯は少しほっとしたような気がした。

 急に何ごとかと思ったが、この人はこの人で、この判断が欲を掻きすぎではないかと不安だったのかもしれない。だから、賛同者が、それも今回の策を一番理解しているだろうと思われる立案者の同意が欲しかったのかもしれない。


「? 何か?」

「い、いえ……」


 なんだか目の前の老人が微笑ましくなって思わず笑みを浮かべてしまい、当然のように怪しまれてしまった。


 まあいい。

 これでこの戦い――





「――負けた負けた。これはもうダメだね」


 第二陣に配されるも、その突撃に同調せずに戦場脇の高台に陣取る千人ほどの小部隊。

 そこの本陣中央に構える少年は、味方の惨状を他人事のように淡々と語っていた。


「あんな狂乱の中で大切な精兵たちをすり潰したくなかったから参加しなかったけど、あの無茶苦茶な突撃なら中央をぶち破る目も十分にあると思ったんだけどなぁ……。やっぱり、実績やらで同格の連中を集め過ぎたのがマズかった? いや、そのおかげであの狂乱なわけで、それで勝率上がったようにも見えたし、けどあれがなければ、帝国側も追撃までは考えずにさっさと勝ち逃げする程度の損害でおさまっただろうし――」

「坊ちゃま、いかがなさいますか?」

「ん? ああ、じいや。うん。本陣からの指示とか、この状況じゃアテにならないもんね。まったく、父上もとんだ戦場に初陣の息子を放り込んでくれたものだよね。まあ、戦略的に勝ってるんだし、まさかこんな派手に負けるなんて思わなかったんだろうけど」


 世話役の老人に問われた少年は、返事をしながら自らの司令部内の人員を見渡す。

 そして、一つ大きく頷いて口を開いた。


「――ほんと、どうしようか?」





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