87.入念に準備します(第六話)
リデラインと二人で話をしたローレンスは、一度目の話し合いが決裂するとひとまず引いた。図書室を出て廊下にいたオスニエルを連れ、近くの部屋でオスニエルとの話し合いに移っている。
少し捻くれた部分はあるものの可愛い従弟とは、かなり久しぶりの再会だ。本当なら近況など明るい話題で会話を弾ませたいところだけれど、今はそれを楽しむような心情ではない。
「リデラインに過保護すぎない?」
オスニエルは話し合いの内容を当然のごとく察していたようで、ローレンスが切り出す前に自分から口を開いた。
「ヨランダの件があったから尚更っていうのは理解するけどさ、ジャレッドの討伐参加には反対してないんでしょ」
「本音を言えば、ジャレッドの参加も反対したいよ」
「傍系の連中がうるさいから? ジャレッドやリデラインを傍系と会わせないために、家門会議もわざわざ別館に変更したくらいだもんね」
以前は本邸で開かれていた家門の会議は、今ではフロスト公爵家の敷地内にある別館で行われるようになった。一見装飾はしているものの本質は心無い言葉を平気で弟妹に吐く者たちが煩わしいため、弟妹が鉢合わせしてしまう状況を消そうと考えたローレンスの提案で。
本家の欠陥品だとか、所詮は子爵家出身だとか、ローレンスたちの目を盗んで二人を貶めようとする者は多くいた。ただローレンスの不興を買うだけだと知っていたはずだろうに、その事実を甘く見て。
報復はないと、なぜ驕ることができたのか。きっちりローレンスは彼らを敵対視していて、色々と追い込んだものだ。それを忘れて討伐ではしゃぐ連中が出ないとも限らない。
「それもあるけど、ジャレッドは死にかけてまだ半年も経ってないからね。聞いてるだろう」
「リデラインのおかげで助かったってやつ? でも魔法使い試験の受験は勧めたんでしょ?」
「あれはそんなに難しいものじゃないからね。体はむしろ以前より元気だってヘクターのお墨付きだったから、そんなに心配しなくてもいいと判断したんだよ」
魔力器官に変化が起こって急激に増えた魔力に、ジャレッドの体はすぐ順応した。生死を彷徨った期間があったことは無視できないので、四級試験程度ならまだしも、討伐参加はできれば見送ってほしいというのが正直なローレンスの気持ちだ。
「討伐参加は僕の班に入れることで妥協はできる」
仮にジャレッドの体に異変が起こったとして、ローレンスならばすぐに気づくことができるだろうし、対処もできる。そこまでの保険があるから譲ってもいいと思えた。
「リデルは違う」
ローレンスなりの判断基準があり、リデラインはそれを満たしていないということなのだとオスニエルは理解する。
重度のシスコン感情の主張が強いのは明白だけれど、きちんとこれまでの情報を整理したうえで結論を導いてはいるのだろう。
「確かに、体力ないし筋肉痛でめそめそしてるけど、体の心配はそこまでしなくてよさそうに見えるけどね。魔力が減ったことを考慮しても、精神的な面も才能も、あと性格も、魔法使いとしてはかなり向いてるほうだと思うし。拠点の手伝いくらいなら難なくこなせるでしょ」
魔物を自らの魔法で倒してもけろりとしていたリデラインを思い出す。リデラインくらいの年齢ならば躊躇することも珍しくないのに、リデラインはあっさりやってのけたのだ。
恵まれた才能があっても使いこなせない者はいる。リデラインはできる側の人間だ。
「だろうね。それは認めてる。でも、まだ早いんだよ」
ローレンスは頑なだった。
「それに……」
「? なに?」
途中で口を閉ざしたローレンスは、オスニエルが催促しても結局それを呑み込む。
「とにかく、僕は反対だ。それから、条件をつけて安易に討伐参加の約束をした父上や、もちろんオスニエルにも怒ってる」
(ここからが本番か)
オスニエルは遠い目をした。
◇◇◇
オスニエルがローレンスに連れていかれたのを見送って、ジャレッドとベティが図書室に戻ってきた。
「終わるの意外と早かったな」
「そうね」
そこはリデラインも驚いた。とりあえず今日は顔を合わせて反対の意思を改めて示すだけでいいと、ローレンスは考えていたのかもしれない。もしくはオスニエルへの説教がメインなのだろうか。
これは、デイヴィッドも直接ぐちぐち文句を言われそうだ。
「やっぱり反対みたいだわ」
「だろうなとしか言えねぇ」
ジャレッドは先ほどまでローレンスが腰掛けていた椅子に座る。同じくジャレッドも最初は反対派だったので、ローレンスの気持ちをよく理解しているのだろう。
「兄上に反対されて、引き下がんの?」
「嫌」
「なら攻略しねぇとな」
ニッと、ジャレッドは悪戯っ子のように笑った。協力してくれるようだ。
「兄上は厄介な相手ではあるけど単純でもある。とにかくリデラインに甘いだろ」
「確かに、そこだけ見れば単純ですね」
ベティがうんうんと頷く。ローレンスは自他共に認めるブラコンでありシスコンなので、誰もそこに疑問を挟む余地はない。
「だから、説得するのは案外簡単なはずだ」
「そう……?」
簡単だと言われて首を傾げたリデラインは、ジャレッドが思いついたという作戦を聞いて、顔を真っ赤にして目を見開いた。
「ま、また!?」
協力は協力でも、ジャレッドは提案のみだった。実行するのはあくまでリデライン一人で、羞恥心と戦わなければいけない作戦内容である。
「方法はこれしかない」
「ローレンス様の弱点をつきましょう」
「うぅ〜……」
まったく乗り気ではないリデラインとは異なり、ジャレッドとベティは真剣な顔で押してくる。というより、リデラインの反応も含めてどこか楽しんでいるようにさえ感じるのは気のせいだろうか。
絶対他にも何か方法があるはずだ。なのに、頭が働かない。
「これでだめだったら二人にいっぱいわがまま聞いてもらうからね」
悩みに悩んだ末、リデラインは諦めて作戦を決行することにした。
「リデラインどうしたの?」
夕食の時間が迫っているからか解放されて図書室に戻ってきたオスニエルは、「あー」やら「うー」やら赤い顔で呻いているリデラインの様子を確認すると、心底訝しげに眉を顰めた。
「作戦詰めてただけだ、気にすんな」
「作戦? 説得の?」
「ああ」
ジャレッドがそう答えて、ますますオスニエルは怪訝そうにした。
「それより、どうだった」
「ローレンス兄さんって穏やかに見せかけてガチギレなのが怖いよね。あの逃げ場を徐々になくしていく感じとか」
「お前人のこと言えねぇだろ」
もっともである。オスニエルはどう考えてもローレンスと同じタイプなのだから。
「それで、作戦って?」
訊かれたジャレッドが説明すると、オスニエルは「ふーむ」と零して頷く。
「なるほどね、効果抜群そう。頑張って」
にっこりと、オスニエルはリデラインにキラッキラの笑顔を向けるのだった。




