05-07
かぽかぽと、お馬さんがたくさん歩いてくる。リフィルは最初、先頭の女の人を見つめていたけど……。お馬さんに意識がいった! だってかわいいので!
「おうまさん!」
ちょっぴりわくわく。撫でたい。とても、撫でたい。でも今走っていったらお馬さんがびっくりしてしまう。だから今はまだ、ちょっぴり我慢だ!
お馬さんたちがリフィルたちの目の前で立ち止まる。先頭の女の人が口を開いた。
「ようやく、追いつきました……!」
「おうまさん!」
「あれえ!?」
女の人が何か話しているけど、無視。だって目の前にお馬さんがいるから!
リフィルが手を伸ばすと、お馬さんが顔を近づけてくれた。お顔をなでなで。すべすべで、とてもかわいい。レオンのようなもふもふも好きだけど、この子も好き。
「で、殿下。どうしましょう。いきなり無視されました」
「ああ……。この子が、その……。新しい聖女で間違いないのか?」
「はい。あの新しい結界の魔力を感じられます」
「なんと……」
お馬さんをたっぷりなでなでして、満足した。それじゃあ、とリフィルは振り返って、
「シア。かえる」
「あ、うん。そうだね」
そのまま帰る。だってもう用事は終わったので。
でもやっぱり、それは女の人たちが許してくれなかった。
「待って! 待ってください!」
そんな、女の人の声。リフィルはそれでも無視しようと思ったけど、兵士さんがちらちらと気にしていたので、仕方なく相手することにした。兵士さんにはいろいろお世話になったから仕方ない。
「なに?」
そう返事をすると、女の人は安堵のため息をついた。身なりをぱぱっと整えて、こほんと咳払い。そうしてから、名乗った。
「私はリーリア。かつてこの国で、聖女と呼ばれていました」
「うん。わたしは、リフィル。結界を、つくってる」
「はい……。その、新しい結界のことを知って……。是非とも、あなたにお会いしてみたいと思っていたんです」
「ふうん」
聖女と聞いて、アレシアが心配そうにこっちを見てる。心配しなくても、いきなりケンカをしたりはしないのに。だってそもそも、リフィルは聖女に興味なんてないのだから。
「じゃあ、これでおわり。ばいばい」
いちいち会話をすることすら面倒。それがリフィルの本音だ。だって、リフィルには関係のない人だから。
「お願いします! 待ってください!」
でも、聖女さんはそれで納得してくれないらしい。どこか必死とも思えるような顔でそう言ってくる。それでも無視してお城に戻ろうと思ったけれど、
「その、聖女様がああ言っているから、話をしてみては?」
「…………。ん……」
お世話になった兵士さんに言われると、リフィルも無下にはできなかった。心の底から面倒だけど。
もう一度、聖女と向き合う。アレシアがやっぱり心配そうにしてるけど、とりあえずはリフィルに任せてくれるみたい。
「その、ですね……。私は今まで、結界を張っていました」
「うん」
「ですので……。お手伝い、できるはずです。あなたに協力させてくれませんか?」
そんな聖女さんの申し出。どうしてそんなことを言うのだろう。リフィルには理解できない。
「どうして?」
「え? あ、その……。今までの経験がありますから。私も、今はサハル王国の結界で手一杯ですけど、お手伝いぐらいなら……」
「聖女のてつだいは、いらない」
がんばって結界を張らないといけない、とは思ってる。でも。それでも。
「わたしは、聖女が、大嫌い」
そう、正直に言った。
「え……。あ、あの……。私、何かしましたか?」
「結界、きえた」
「え?」
「結界、きえたから……。わたしのむらが、なくなって。あの子が、いなくなった」
結界が消えた理由。それは、聖女が結界を張らなくなったから。
どうして張らなくなったのか、その理由はよく分からないけど……。それでも、結界が消えた結果、村がなくなってあの子がいなくなった。それは、変わらない事実。
そう、つまり。
「お前のせいだ」
「あ……」
「お前のせいで、わたしのむらは、きえた。あの子が、いなくなった、だから……。わたしは、聖女が、大嫌いだ!」
聖女にも何か理由があったのかもしれない。そんなことは分かってる。分かってるけど、どうでもいい。大切な片割れがいなくなった。ずっとがんばっていたあの子が、どこかにいってしまった。
あの子だってがんばっていた。村がずっとあるように、魔物が来ても大丈夫なように、たった一人でがんばっていた。そのがんばりが報われなくて、みんななくなって、あの子もいなくなった。
全部、全部、聖女のせいだ。
「嫌いだ。お前が嫌いだ。私の前からいなくなれ。どこかにいけ。消えろ!」
「り、リフィちゃん、落ち着いて……!」
リフィルの後ろからそっとアレシアが抱きしめてくる。それだけで、興奮がゆっくりと静まっていく。それでも、リフィルは聖女を睨み付けた。
「そ、その……。私は……。結界は……。あの……」
聖女は、顔を真っ青にして、何かを言おうとしてる。でも意味のある文章になってなくて、何を言いたいのか分からない。
そんな聖女の代わりに、後ろにいた男の人が前に出てきた。
「聞き捨てならないな」
なんだかかっこいい人、だと思う。多分。誰だろうと首を傾げると、男の人が名乗ってくれた。
「私はサハル王国第一王子、チェスターだ」
「おー……。おうじさま。すごい?」
「え? す、すごいかは分からないが……。ともかく!」
こほん、と咳払い。そうしてから、王子さんが言った。
「リーリアはずっと、国のために結界を張り続けてきた。幼い頃に両親と引き離され、休むこともなく、ずっとだ。それなのに、この国に裏切られた! 先に裏切ったのは、この国だ。それとも君は、リーリアに犠牲になり続けろと言いたいのか?」
「んむ……」
なんだか難しいことを言われてる。えっと……えっと……。
「あの、チェスター様……」
「言わせてくれ! 君が悪し様に言われるのは耐えられない!」
ああ、きっとあの人は、聖女さんを大切にしている人なんだ。大人の、こわいひと。それが、リフィルに対して、怒ってる。
「君だって! 今まで結界なんて張っていなかったんだろう! リーリアのことを責める資格が君にあるのか!?」
「……っ」
こわい。とてもこわい。でもそれ以上に。
ずるい。
どうしてあの人の側には、大切な人がいるんだろう。
「あの、リフィちゃ……、わあ!?」
そんな、シアの声。驚いて振り返ったら。
「むぎゅ」
レオンが顔にくっついてきた! そのままよじよじのぼって、リフィルの頭の上へ。リフィルがあわあわと慌てている間に、
「ごめん。ちょっとだけ、交代しよう」
そんな懐かしい声が聞こえたかと思うと、リフィルはいきなり意識が遠くなってぼんやりとした。
そのぼんやりとした感覚は、あの子の中からのんびり世界を眺めていた時のそれだった。
・・・・・
壁|w・)ちっちゃい子を大人げなく責める王子がいるらしい。




