閑話 関係のない聖女と王子2
ひとしきりみんなで泣いて。チェスター様が背中を撫でてくれる温もりを感じながら、お父さんの話を聞きます。
「しかし、リーリアはこの村のことを知っていると思っていたよ。結界を最後まで残してくれていたみたいだからね」
「え?」
なにそれ? 私が首を傾げると、両親も首を傾げました。
「いや……。他の土地で結界が消えていっていると聞いていたんだけどね。この隠れ里の結界だけ、最近まで残っていたんだよ」
「だから私たちも、リーリアはどこかでこの村のことを知ったんだと思っていたんだけど……」
それは、知らない。私は別になにも……。
「あ」
「リーリア?」
「あー……」
思い出しました。村の人が安らかに眠れるようにと祈った時。結界の魔法を使いながらなので気付きませんでしたけど、きっと魔法が発動していたのでしょう。それで、一番強く祈った相手、つまり両親がいるこの村に、結界の魔力として届いていたのかもしれません。
それを説明すると、両親は少し驚きながらも納得していました。
「偶然だとしても、その結界のおかげでこの村は無事だったんだ。本当にありがとう、リーリア」
「うん……」
こんなことができるなら、もっと早く祈っておけば良かったと思ってしまいます。でも……。みんなが生き残ってくれていたのなら、私の祈りは無駄ではなかったのでしょう。それだけが、救いです。
「それで、リーリア。いつまで滞在できるの? その……。本音を言えば、ここで一緒にと思ってしまうけれど……」
「あ……。ごめんなさい、お母さん。ちょっと急ぐ旅で……。明日には、もう……」
「そう……」
「それに、今の私はサハル国の聖女だから……」
両親が、みんなが生き残っていてくれたのは、嬉しいです。でも……。サハル国には、私を助けてくれた恩があります。それに……チェスター様もいますから。
「そのことなんだが」
両親の悲しそうな顔を心苦しく思っていると、チェスター様が声をかけてきました。
「せっかくの再会なんだ。明日ぐらいはゆっくりしよう。あと、これは提案なのだが……。ここの村の方々、よければ我が国に移住しないか? 聖女の故郷の村人なら歓迎するよ」
「それは……」
私にとってはとても嬉しい提案でした。確かに、みんなが来てくれるのなら、サハル国でいつでも会うことができますから。
けれど、両親は少し難色を示しました。少しだけ困ったような顔になっています。
「少し、考えさせてもらっても?」
お父さんがそうチェスター様に言うと、チェスター様は困惑しつつも頷きました。きっとチェスター様も、すぐに頷いてくれると思っていたのだと思います。
私にとっても、予想外の返答でしたから。
「お父さん、お母さん、どうして?」
「うん……。待っている子がいるからね」
「いつかきっと、またこの村に来ると思うのよ」
この隠れ里にも旅をしている人が稀に訪れるらしいので、きっとそういった人のことだと思います。何か、約束したのでしょう。この村にはもうあの新しい結界があるので魔物に襲われる心配はありません。だから、私も両親の意志を尊重します。きっとまた会えるから。
「そういえば、急ぐ旅だと言っていたけど、何か探しているの?」
「うん。この新しい結界を張っている人を……」
「ああ、リフィルちゃんを探しているのね」
「いい子だったね」
「え」
「な……!?」
両親ののんびりとした言葉に、私もチェスター様も思わず絶句してしまいました。まさか二人が知っていたなんて……!
でも、考えてみれば当たり前でしょうか。あの結界があるということは、この村にも立ち寄ったということ。そしてこの村には限られた人しかいません。訪れた外の人を把握しているはずです。
結界を張っている、ということまで知っていることには驚きましたけど。
「い、いつ来たんだろうか?」
チェスター様が焦るように聞いて、お父さんが怪訝そうにしながらも教えてくれました。
「一ヶ月ほど前ですね。数日滞在して、新しい結界を張ってくれましたよ」
「一ヶ月……!」
これは……。かなり近づいてきています。きっともうすぐ、出会うことになるでしょう。それが楽しみなようで……。けれど同時に、不安にもなります。
観測の魔女様の言葉が、頭から離れない……。
「リーリア。大丈夫だ」
チェスター様がそう言って、手を握ってくれました。
「きっと受け入れてくれるさ」
「はい……」
きっと。そう、信じたい。
「リフィルちゃんを探しているってことかな。何かあるのかい?」
「うん……。何か、お手伝いできないかなって。私はこれでも聖女だから、きっと力になれると思う。少しでも、負担を減らしてあげたい」
結界を張る旅だなんて、きっと大変なはずです。しかも、少しずつ、村を巡りながら張っていくなんて……。だから、少しでも助けに……。
「会わない方がいい」
そんなお父さんの言葉。何を言われているのか、分かりませんでした。
「悪いことは言わない。追うのはやめなさい。きっと、後悔する」
「お、お父さん?」
「リーリア。せっかく、あなたを受け入れてくれる場所にいるのでしょう? だったら、そこにいる方がいいわ。私たちもいずれ行くから」
お母さんも私がリフィルという聖女に会うのは反対らしい。意味が分からない。どうして……。
観測の魔女様にも反対されて、両親にも反対される。きっと、その理由を両親も知っているはずです。どうして、と聞いてみましたが、二人は悲しげに首を振るだけでした。
「それでも……。それでも、私は協力したいんです」
「そう……。それなら、私たちもこれ以上は言わないわ」
「でも、覚悟はしておいた方がいい。あの子は、聖女を嫌っていたから」
「え……」
嫌って、いた? どうして? だって、面識はないはずなのに……。
「お父上。理由を聞いても?」
「申し訳ありませんが、僕が勝手に話していい内容ではありません」
「…………」
きっと。本当に、会わない方がいいのかもしれない。それでも。それでも、私は……。
「会いに行きます」
放っておくことなんて、できないから。先達としての役目を果たさないといけない。私が、私の前の聖女にたくさんのことを教わったように。私も、伝えてあげないといけないんです。
ちょっと気まずくなってしまいましたけど、その後はお互いの近況の話になりました。両親の生活の話を聞けて、とても嬉しかったです。
壁|w・)近づいています。じりじりじり……。




