閑話 関係のない聖女と王子1
新しい結界の中を進んでいって、私たちはその村にたどり着きました。
「こんな場所に村があるなんて……」
近隣の地図にはない村。いわゆる隠れ里というやつでしょうか。こういった村が存在しているのは知識としてありましたが、実際に見るのは初めてです。
隠れ里にはいくつかの特徴があります。地図に載っておらず、限られた人しか知らないこと。住人がとても少ないこと。そして、何かしらの理由があって、元の村にはいられなくなったこと……。
つまりは、普通の方法では見つけられない村、ということです。そんな村まで探し出して結界を張るなんて……。思っていた以上に、結界を張っている人はすごい人なのかもしれません。
そうして私たちは村に入って……。そして村人の姿を見つけて、私は驚きました。
「アースおじさん!?」
「おん? おお、リーリアちゃんじゃないか! 久しぶりだなあ!」
リーリア。私の、名前。今ではすっかり呼ばれなくなった、もので……。
「ああ……。おじさん……。生きて、いたんですね……」
思わず涙ぐんでしまって、後ろのチェスター様たちが慌ててしまっています。ごめんなさい、勝手に流れてしまうんです。
おじさんは苦笑いしながら指先で頬をかきました。
「そうか、やっぱりリーリアちゃんは知らなかったんだなあ。申し訳ないとは思っていたが……」
「いえ……。いえ。大丈夫、です」
私の故郷の村には人がいなくなっている。その噂は、隣国で結界を張り始めた頃に聞きました。その時はとても後悔したものです。まさか、私の故郷の村まで累が及ぶなんて思わなかったから。
みんな、村の人も家族も殺されてしまった、と思って、せめてみんなが安らかに眠れるようにと強く祈っていました。それがまさか、生きていたなんて……!
「おじさんだけでも生きてくれていて、よかった……」
「あ、いや。みんな生きているよ。あの村の人は、少なくとも引っ越し前までは誰も死んでおらんからな」
「え」
それは、つまり、私の家族も……。
「リーリア!?」
その、聞き慣れた、ずっと聞きたかった声に顔を上げれば。道の奥に、私と同じ髪色の、ちょっと年を取った女性がいました。私の……お母さんが。
「お母さん!」
「ああ……。ああ! リーリア!」
十歳の時に引き離されて、もう二度と会えないだろうと覚悟していたのに……。まさか、また会えるなんて!
「会いたかった……! よかった、生きていて本当に良かった……!」
「ああ、ああ……。こんなに嬉しいことはないわ……!」
どうして隠れ里になんているのか、とか、どうやって移り住んだのか、とか、いろいろと聞きたいことはあったけど……。今は、今だけは、久しぶりのお母さんの温もりを感じることにしました。
その後はお母さんに今の家に案内されて、お父さんを待っている間にチェスター様の紹介をして。お父さんが帰ってきたら、また思わず泣いてしまって……。今まで生きてきた中で、一番嬉しくて、楽しい日でした。
夜はみんなで晩ご飯です。ただ、さすがに人数が多いので、護衛の騎士の皆さんには宿を取ってもらおうと思っていたのですが……。お母さんが言うには、この村に宿はないそうです。
考えてみれば当たり前でした。隠れ里、つまり人がほとんど来ないのに、宿なんてあるはずがありません。それでも普段は行商人のための小さな家があるそうですが、今はそちらも使っているとのことでした。
騎士の皆さんは特に怒ることもなく、野営してくれることになりました。護衛として、この家の側でテントを組み立てて、そこで寝泊まりするとのことです。笑いながら気にしないでほしいと言ってくれました。
せめて晩ご飯ぐらいはと、お母さんがお手製のスープとパンを届けて、私たちは家の中で改めてお話をすることになりました。
「チェスター様。改めて、私たちの娘を保護してくださって、ありがとうございます」
「いや、そんな……。こちらこそ、聖女殿には本当に助けられている。むしろこちらこそ申し訳なかった。もっと早く、彼女の故郷の村人が生き残っていると知っていれば、彼女を連れてくることもできたのに……」
「はは……。お気持ちだけで。我らも今はひっそりと隠れて生きていますので」
「そう、そうだよお父さん! どうして、どうやって引っ越したの!?」
何かしらの理由で別の村に移り住む、ということは考えられます。ですが、村人全員がとなると、それこそ村が滅びる何かがないとあり得ないことです。
両親は少しだけ言いにくそうに視線をさまよわせてから、お母さんが教えてくれました。
「安全のためよ」
「安全……?」
「リーリアが偽聖女だったという噂が流れてきてね。出身の村も同罪だと責め立ててくるやつが間違いなく出てくるだろうと、村長が決断したのよ。協力してくれたのは、観測の魔女様」
「え……」
観測の魔女。この結界を見つけた時に出会った魔女です。まさか彼女が関わっていたなんて。
「家も畑も牧場も、全て魔女様が用意してくれたのよ」
「正直、あの人がいなかったら犠牲者が出ていただろうね」
やっぱり、あの魔女は他の魔女と違っていい人なのかもしれません。チェスター様が苦虫を噛みつぶしたような顔になってしまっていますけど……。もしかすると、チェスター様はチェスター様で、過去に魔女が関係する因縁があるのかもしれませんね。
私はお母さんたちの話に納得して、そしてだからこそ頭を下げました。
「ごめんなさい」
「え?」
「ど、どうしたんだ!?」
「私は……この国を追放されて……。自分のことしか考えてなかった。村のことなんて考えもしなかった。本当に、ごめんなさい……!」
人が死んでいてもおかしくなかった。それを、考えもしなかった。何が聖女だろう。私は、愚か者です。
両親から怒られる。罵倒される。それも覚悟していましたけど、結果は違うものでした。
「何を言っているのやら……」
そう言ったのは、お父さんです。
「リーリアは村から連れられて行く時、十歳だったんだ。しかも馬車の中。そもそも村の場所なんて分からなかっただろう? どこにあるか分からない村より自分のことを考えるのは当然じゃないか」
「それに、私たちはリーリアが生きていてくれたらそれでいいの。本当に……もう会えないと思って……」
お母さんが黙ってしまいました。俯いて、口を引き結んでいて……。
「ああ、だめね……。もしもまた会えたら、泣かないようにしようって思っていたのに……」
「お母さん……」
「ああ……。リーリア。何度でも言うよ。君は、何も気に病まなくていい。世界の誰が君を責めようと、僕たちは常に君の味方だ。だから」
生きていてくれてありがとう。
そう言ってもらえて、私もまた、気付けば泣いてしまっていました。
壁|w・)ちなみに、リフィル滞在時からちょっと時間が流れています。




