04-10
行商人さんは馬車を三台引き連れてやってきていた。一台は行商人さんの生活用品などが積まれていて、二台目と三台目が商品なのだとか。
リリスが言うには、行商人が来るのがいつもより少し早いらしいけど……。それでも、貴重な外の物を手に入れられる機会。多くの村人が商品の積まれている馬車に集まってる。
多くの人たちと会話している見慣れない人が商人さんだと思う。中年ぐらいの男で、がっしりとした体格の人だ。その隣には女の人と、男女の子供が二人。子供といっても、リフィルよりも年上に見える。
他にも馬車の御者台に男が二人ずつ座っていた。剣を持ってる人もいるから、護衛の人もいるのかも。
そして、もう一人。日用品を積んでいるらしい馬車に座っている青年がいた。
「んー……」
雨だからかフードを目深に被っているけど、なんとなく嫌な気配がする。ちょっと好きになれない人かもしれない。
「おや? 見慣れない子がいるね」
商人さんがそう声をかけてきた。
「リフィル。たび、してる」
「アレシアです」
「へえ! 小さいのにすごいねえ。目的地とかあるのかい?」
「結界を……むぐ」
いつもの説明をしようとしたら、リリスに後ろから口を塞がれてしまった。不思議に思って振り返ると、リリスは何故か愛想笑いをしてる。警戒してる……? 商人さんを、じゃない。視線は、先頭の馬車の青年だ。
「訳ありの子供よ。あまり聞かないであげてね」
「おっと、失礼。そうだね。子供だけの旅なんだ。いろいろあったんだろう。ごめんよ」
商人さんは笑ってそう言ってくれた。この人は悪い人じゃない、と思う。
「行き先ぐらいなら聞いてもいいかい? 同じ方向なら馬車に乗せてあげるよ」
「ばしゃ……」
ばしゃ。馬車。前の方を見る。動物がいる。お馬さんだ! がっしりとした、あまり見ない動物のお馬さん。とっても気になる。ふらふらとお馬さんの方へと近づけば、お馬さんは警戒した様子もなくリフィルに顔を近づけてきた。
「おー……」
すりすり。お馬さんと頬ずり。レオンみたいなもふもふではないけど、これはなかなか……。かわいい!
「はは。懐かれたみたいだね。その子ともしばらく一緒にいられるよ?」
「むむ……」
お馬さんが引く馬車に乗って、お馬さんと一緒の旅。ああ、それはなんて甘美な誘惑なんだろう! とても、とても、一緒に行きたい! お馬さんと!
でも。リフィルはゆるゆると首を振った。
「だめ。いい、です」
「そっか。うん。理由は聞かないでおくよ」
「うん……」
とても残念だけれど、リフィルの旅の目的は結界を張ることだ。それは足を地面につけておく必要が、つまりは歩く必要がある。だから、馬車はだめだ。とっても残念だけど。
それでもやっぱり後ろ髪を引かれる思いがして、お馬さんへと顔を上げて。
青年と、目が合った。
「…………」
こちらをじっと見つめる青年。嫌な気配がする。少し離れた方が……。
「お前は……」
青年が話しかけてきた。
「なぜ子供だけで旅をしているんだ?」
「だれも、いなくなったから」
「そうか。聖女の結界が消えたからか。まったく、あいつがしっかりやっていればな」
「うん」
この人は話が分かるかもしれない!
一瞬で評価を反転させたリフィルに、レオンが呆れ果てていたけどリフィルは気付かなかった。
「あの聖女は本当に我が儘なやつだった。まったく、忌々しいやつだ」
「ほうほう」
「そのくせ、国から逃げやがって……! 不条理だ! お前もそう思うだろう!?」
「うん」
「話が分かるな! 飲め飲め!」
「おさけ、だめ」
「ジュースだ!」
「もらう!」
行商人が設置したテントの前で、リフィルはへんてこな青年の話を聞いていた。この青年は聖女のことを知っているらしくて、いろんな話を聞かせてくれる。
青年から見て、聖女はとっても嫌なやつだったらしい。やっぱり聖女は悪人なんだ!
なんて……。さすがにリフィルですら極端だと思ってる。多分、この人は聖女の近くにいた人で、元から大嫌いだった人。だからきっと、極端な評価。
「どうにもやつは、新しい結界とやらを作っているらしい。今更だと思わないか?」
「そう?」
「そうだ。だから、俺がころ……、話をつける。いい加減に戻ってこい、と!」
「がんばって」
「ああ! ほら、飲め飲め。肉もあるぞ」
「おにく!」
青年が渡してきた骨付きのお肉をもぐもぐ食べる。さすが商人さん、香辛料がきいていてとても美味しい。商人さんはこの青年に、とっても気を遣ってるみたいだった。
レオンも同じお肉をもらっていて、リフィルの隣で食べている。微妙な顔でリフィルと青年を見比べていた。
「リフィちゃん、そろそろ……」
ちょっと離れた場所にいたアレシアが呼びにきた。アレシアも青年を警戒しているみたいで、あまり近づいてこない。リフィルに、離れた方がいいよと言ってきたぐらいだから。
でも大丈夫。この人は、嫌な気配がするけど、悪いことはしてこない。
少なくとも、リフィルに対しては。
「なんだ、もう帰るのか。いや、そうだな。夜だ。寝ろ寝ろ」
「うん」
「明日も聖女の話を聞かせてやろう!」
「たのしみ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そうして青年と離れるリフィル。未だ警戒しているレオンとアレシアに、リフィルは言った。
「へんなひと、なので、ちかづく、だめ」
「あ、うん……。リフィちゃんが言うの?」
「にゃあ……」
自分はきっと大丈夫なので。だから安心安全。多分。
振り返って、仏頂面でお酒を飲む青年を一瞥して、リフィルはリリスたちのお家に帰っていった。
壁|w・)お馬さんと旅がしたいけどお馬さんに乗ったら結界が張れない……!




