閑話 関係のない聖女2
「これは……」
私はその結界を見て、ただただ驚くことしかできませんでした。
サハル王国にしっかりと結界を張り終えた私は、チェスター様と共にカーザル王国を訪ねることにしました。私が張っていた結界はすでに消えてしまっているので、護衛の騎士たちも一緒です。すでに危険な魔物が多数入り込んでいるでしょうから。
魔物だけではありません。もしかすると、魔王ですら入り込んでいる可能性があります。もし魔王と遭遇すれば……。考えるだけでもぞっとします。
だから。護衛の騎士たちは、護衛としての役目だけではなく、もしものための囮の役目もあります。皆さんそれを承知で一緒に来てくれているのですから、頭が上がりません。
「本当に、申し訳ありません……。私のわがままに付き合っていただいて……」
「なんのなんの。聖女様を守れるのなら、この命惜しくはありませんよ」
老齢の騎士がそう言ってくれます。他の騎士たちも同じ意見らしくて、みんなが頷いていました。
もし魔王が出てきても、全力で結界を張ればきっと時間稼ぎはできるはずです。なんとしてでも、全員で生きて帰りたいと思います。
そうして、私とチェスター様、そして騎士十名でカーザル王国の森を進んでいって……。唐突に、それが現れました。
「これは……結界……?」
「何か見つけたのかな?」
「チェスター様……。はい。ここに、結界があります」
チェスター様は私が示した場所を怪訝そうに見つめていましたが、首を傾げてしまいました。騎士の方々も一部は分かっていないようです。
けれど、魔法を使える騎士の方々はその結界に気付いたようでした。
「確かに……結界、のようなものがありますね……」
「聖女様の結界の名残、でしょうか?」
「いえ……。おそらく、違います」
私の結界とは根本的に違う結界です。そう、これは……。
「私の結界よりも、ずっと強力な結界ですね……」
「なんと……」
強度は大差ないかもしれません。ですが、この結界にはとんでもない特徴があります。それは。
「維持する必要がありません……」
「…………」
私の言葉に、チェスター様を含めみんなが絶句しました。
私の結界は、結界の維持のために定期的に魔法を使う必要があります。大量の魔力を一度に使えば一年は持続するようですが、それでもそこが限界です。放置はできません。
けれど。目の前の結界は、地下から魔力を吸い上げて維持しているようです。おそらくは魔脈を利用しているのでしょう。
原理は分かるのですが、方法が分かりません。少なくとも、私は魔脈に魔法を届かせる術を知りません。
「では……。この国はもう安全なのか?」
チェスター様の問いに、私は小さく首を振りました。
この結界は確かに私の結界の上位のものと言えます。ですが、あまりにも魔法が複雑すぎるのでしょう。この国を覆うことはできていません。
「少しずつ、結界を伸ばしているようです。ここにあるのは結界の道、ですね。多分ですけど……。村や町をそれぞれ繋ごうとしているのかと……」
「それは……。時間がかからないか……?」
「はい。とても。十年、いえもっと……。とても時間がかかります」
「…………」
あまりにも気が遠くなるような作業です。そんな人を心から尊敬します。
できれば、一度会ってみたい。そして何か手伝えることがあれば協力したい。そう思いました。
「チェスター様。私は、この結界を作っている人に会いたいと思います」
「ああ、わかった。もちろん一緒に行くとも」
「ありがとうございます!」
そうと決まれば、方法は簡単です。この結界に沿って向かえばいいだけですから。問題は、どちらから来て、どちらに向かっているのか、それが分からないことぐらいです。
行き先を決めるためにしっかりと結界を調べようとしたところで。
「今頃になって戻ってきたのね」
そんな声が上空から聞こえました。
「誰だ!」
騎士の皆さんが剣を構えます。私も結界の準備をして上空を見ると、一羽のカラスが飛んでいました。
そのカラスは私たちの目の前に下りてきます。そして、ぐにゃりと形を変えて人の姿になりました。
「まさか……。観測の魔女、か!?」
チェスター様の言葉に、黒いローブの魔女が頷きました。
「そう呼ばれることもあるわね」
「魔女が何の用だ!」
「そんなに嫌わなくてもいいじゃない。私、あなたたちに何もしてないのに」
「黙れ!」
騎士たちが殺気立っています。私はそんな騎士たちの反応に驚いてしまいました。あんなに優しい騎士たちが、こんなに怒っているなんて。
もちろん魔女は悪しき存在です。けれど、彼女の言う通り、あの魔女はまだ何もしていません。敵対する必要はないと思います。
「あの……。どうしてここに?」
そう聞くと、魔女は肩をすくめました。
「あなたが……聖女がここに来たから」
「何かご用があるのでしょうか?」
「そうね。今すぐ帰りなさい」
魔女のその言葉に、私は戸惑ってしまいます。帰ることを勧められるなんて思いませんでした。
「どうして、ですか?」
「この結界を張っている子に会うつもり、なんでしょう?」
「はい」
「やめておきなさい。知らなくていい現実を知ってしまうから。サハル王国で幸せに暮らしなさい」
「それは……だめです。私は、知らないといけません」
私を追放した国の末路を、私は、私だけは見届ける必要があると思っています。追放されたといっても、私はこの国を確かに愛していましたから。
そう言うと、魔女は何故か泣きそうに顔を歪めました。
「さすが、主人公ね……」
「え?」
「なんでもない。私はあなたに罪があるとは思っていない。だからこそ、不必要に傷つくことはないと思ってる。あの子に会えば、あなたは絶対に後悔するわよ。いろんなことに、ね」
「魔女様は……結界を張っている人を知っているのですね」
魔女がしっかりと頷く。きっとこの魔女は優しい人です。そんな魔女が、会わない方がいいと言うなんて……。どんな人、なんでしょう。
きっと、この人が言うように、会わない方がいいのだと思います。けれど。それでも。
「私は、一応先達ですから……。できることなら、協力したいんです」
魔女としばらく見つめ合います。やがて魔女は小さくため息をついて、ある一点を指差しました。結界が伸びる一方向へ。
「あちらに向かいなさい。この先に、あの子たちがいるから」
「ありがとうございます!」
「…………。どうなっても、知らないからね」
そう言って、魔女はカラスの姿となってどこかへと飛んでいってしまいました。
新たな結界を張る、次代の聖女。女性かはまだ分かりませんが……。あちらに向かえば、会えるようです。
「行きましょう」
チェスター様たちにそう言うと、戸惑いながらも頷いてくれました。
私は、後に後悔します。忠告に従っておけばよかった、と。
壁|w・)聖女さんが動き始めました。
毎日投稿はここまでとなります。さすがに書きためがなくなっちゃった……。
ここから先は3日ごとの投稿となります。たまにお休みするかも?
もう少しだけお付き合いいただければ嬉しいですよー。




