03-10
「あー……。どうしてすでに疲れているのか、聞いても?」
「おはりこさんこわい」
「こわかった、です……」
「みゃあ」
「ああ……。あの人たちは情熱的だからな……」
お昼過ぎ。リフィルはレスターのお家に戻ってきた。ミントたちは工房で作業中。熱意がとてもすごかった。すごかった、というか怖かった。なにあれ。
とりあえずお昼からは研究のお手伝いなので、こうしてちゃんとした理由で逃げてこられた。つまり。
「レスターさんは、おんじん」
「俺は何もやってないのだが……。妹が、すまない」
「べつに、いい。ちょっと、たのしかったから」
そう。楽しかった。みんなが和気藹々としていて、楽しかった。怖かったけど楽しかった。
「さて……。改めて、だが」
「うん」
「君が使っている結界の魔法を俺なりに解析してみた」
「おー」
なお意味はよく分かってない。というのも、リフィルは結界の魔法を感覚で使っているから。この魔法を残してくれたあの子なら、もしかしたら魔法とはどういうものか知っていたのかもしれないけれど……。よく分かっていないリフィルには、解析そのものがよく分からない。
「君は……あれがどのような魔法なのか、分かって使っているのか?」
真剣な面持ちで聞いてきたレスターに、リフィルは首を傾げた。
「あの魔法は……本来なら人間が使えるようなものではない」
「わたし、つかってる」
「そう。そうだ。あの魔法で全て完結するように作られているのだ……! まさに神の奇跡! 素晴らしい魔法だった!」
「ふうん……」
正直、リフィルには興味がないことだ。だって、リフィルがやることは変わらないから。あの結界を少しずつ伸ばしながら、この国を繋げていく。ただそれだけのお仕事。
でも。レオンがちょっとだけ反応したのは意外だった。リフィルの頭の上にいたからこそ感じられた反応。神の奇跡、と言われた時に、ぴくりと身じろぎしていた。
本当にただちょっと動いただけ。でも使い魔とその主として繋がっているからか、リフィルにはなんとなく理解できた。とても不愉快そう、ということに。
レオンは神様が嫌いなのかも。理由はよくわかんない。
とりあえず、よいしょと抱き上げてもふもふする。レオンは不思議そうにしていたけど、撫でたり喉元をこちょこちょしていたらすぐに身を任せてきた。とてもかわいい。
「い、いいなあ……」
アレシアが羨ましそうにこっちを見ていたらからレオンを預けておいた。もふもふはみんなで堪能するべし!
「聞いていないな?」
はっとレスターの方に顔を向ける。呆れた視線を向けられていた。ごめんなさい。
「改めてだが……。君の魔法のことだ。少しぐらい理解しておきなさい」
ん、とリフィルは頷いた。
リフィルの魔法は、人間の魔力では扱えないもの、らしい。そんな魔法をどうやって使っているのかと言えば、なんとこの魔法は、魔脈というものから魔力を吸い上げているとのことだった。
地下を流れる魔力の流れ。この世界を巡るその強大な魔力の流れは魔脈と呼ばれていて、とてつもなく膨大な量があるらしい。それこそ、リフィルの結界で使っても誤差だと思えるほどに。
リフィルの魔法は、最初に地中へと魔法を流し込み、魔力を吸い上げる道を作っているのだとか。裸足の方がいい、という感覚はそのためのものらしい。
「地中に魔力を吸い上げる道を作り、魔脈より吸い上げた魔力で結界を作り、さらにその魔力で新たな道を作っていく。君の魔法はそれを繰り返しているのだ」
「おー」
リフィル自身が魔力を扱えなくても、魔法さえ使えればどうにかなってしまう。そんな魔法。
でも、気になることはある。
「さいしょは?」
なんとなく、魔脈へと道を繋げることすら難しいというのは分かってしまった。だからそれに、相応の魔力がいるだろうことも。
けれど。自分にそんな力はないと思う。今も結界の魔法に全てを任せているから。
「そうだな……。確かに、最初は謎だ。素晴らしい魔法だが、魔脈に魔法が届かなければ成立しない魔法なのだから。だが、君が分からないものが俺に分かるわけがない」
「ん……」
それもそう。そして多分、この魔法の始まりはリフィルじゃない。
いなくなってしまったあの子が、始まりだ。
「一説ではあるが……」
ちょっとだけ言い辛そうに、レスターが続きを話してくれる。
「感情の揺れ幅で、魔力が増大する……ということがある、らしい」
「ん」
「そしてそれは……。喜びなどの良い感情よりも、悲しみといった負の感情の方が強いそうだ」
「…………」
ああ。それが答えなんだ、と察してしまった。
あの子はあの時、世界に絶望していた。この世界からいなくなってしまいたいと思ってしまうほどに、世界に、自分に絶望していた。それこそ、リフィルに全てを押しつけてしまうほどに。
リフィルはそれをちっとも恨んでない。でも、きっと、あの子はすごく、すっごく悲しかったはずだから……。
だから。あの子が帰ってきたら、うんとなぐさめてあげたい。一緒に泣いて、いっぱい泣いて……。そうしてから、美味しいものをたくさん食べるんだ。美味しいものを食べると、幸せになれるから。
そうしてから、謝りたい。悲しいを全部押しつけちゃってごめんなさいって。それで、また一緒にいたいってお願いしたい。たった一人だけの家族だから。
そんなことを考えていたら、いつの間にかレオンが足下に来ていた。みゃあ、と鳴きながらリフィルの足をぺふぺふと叩いてる。抱き上げて優しく抱きしめたら、満足そうにまたみゃあと鳴いた。
そうしていたら、ちょっぴり、リフィルの寂しいが和らいだ気がした。
「君の使い魔は優秀だな」
「ん。レオンはかわいい。とてもすごい」
「ふふ。ああ、そうだな」
そう。レオンはとってもすごいのだ!
「さて、今後のことだが」
「ん」
「もうしばらく、君の魔法をじっくり見せてもらいたい。完全な模倣は不可能だと理解はしたが、それでも今までよりも強力な結界の魔道具を作れるはずだ」
「わかった。でも、いるの?」
五日もあれば、この町はリフィルの結界で覆うことができる。結界の魔道具は使わないと思う。
「この町ではそうだろう。だが、すでに以前の結界が消えたことがある。次がないとは言えない」
「むう……」
「リフィルちゃんの結界は消えたりしません!」
「にゃーう! にゃーう!」
アレシアのちょっと怒ったような言葉と、そうだそうだとばかりに鳴くレオン。レスターは苦笑いしながら頷いた。
「そうだろうとは思う。念のため、というやつだ。それに、町の外に狩りに行く人もいれば、森を歩く行商人もいる。結界の魔道具があれば安心だとは思わないかね?」
「なるほど」
それは納得できる。だって、リフィルもたまに魔物に襲われるから。レオンが全部倒してしまうけど、他の人からすればやっぱり怖いと思う。
「かんせい、たのしみ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが……。君がいる間には完成しないぞ」
「なんと」
でも、よく思い出すと、レスターは最初一年間いてほしいと言っていた。最低限形にするのにそれぐらい必要なのかも。ちょっと残念だ。
でも。レスターの気持ちは分かったから、できるだけ協力したいとは思う。
「わかった。まほう、がんばる」
「うむ。ただここでは調べにくいからな。森に行こう」
そういうことになった。
壁|w・)結界のお話でした。




