02-10
そうして、お花畑で二人でのんびりおしゃべりして。アレシアのいる村をとっても好きになっている自分の心をどうにか無視して。
かすかに悲鳴が聞こえてきた。それに、怒声のようなもの。
「え」
アレシアと顔を見合わせる。声が聞こえてきたのは、村の方から。
「おばあちゃん!」
はっとして、アレシアが村の方へと駆け出した。慌ててリフィルもその後を追う。
そうして二人で急いで村へと戻ってみれば、そこにいたのは。
「ま、魔物……!」
「…………」
大きな、熊のような姿の魔物だった。
見た目は熊だけれど、違うところも多くある。まずは大きさ。普通の熊よりも一回りも二回りも大きくて、村の建物よりも大きく見える。
さらに、全身に黒い炎が走っている。体の中心から手足の先に伸びるように、黒い炎の模様があった。ただの模様じゃなくて、村人の射た矢が燃え尽きている。本物の、炎。
本物の、魔物。
ああ……。ああ。何を勘違いしていたんだろう。冷や水をかけられたかのように、リフィルの心が急速に冷たくなっていく。今まで何をしていたんだろう、と。
「ガアアアア!」
熊が叫び、近くの家を壊そうと腕を振るう。その家は、あのジャムの家の……。
「あ……」
家は。あっけなく壊されてしまった。
「あああああ!」
叫んだのは、アレシア。手を前に出して、そして。
魔力が噴出した。
「あああああ!」
魔力が練り上げられて形になる。リフィルはこれを見たことがあった。
魔女さんが使っていたもの。魔法だ。
雷の形となった魔力は熊を襲い、怯ませた。でも、それだけ。
「あ……」
威力が足りない。魔物を殺すには足りない。魔物はゆっくりとこちらへと振り返る。先に脅威を排除するために。
「リフィル! アレシア!」
ジュリアの声だ。リフィルがそちらを見ると、魔物の向こう側で真っ青になったジュリアがこっちを見ていた。怪我をしているのか、血を流してる。でも、ひどい怪我ではないみたいでその点は安心だ。
安心? 安心って、なんだっけ?
魔物が、こちらへと走ってくる。恐怖で動けなくなったらしいアレシアの前にリフィルは立った。
ああ……。本当に。私は何をして、何を考えて、何を迷っていたんだろう。
そんなこと、許されるはずがないのに。
魔物が目の前まで迫ってきて、腕を振るって。アレシアの目の前で、硬い何かに弾かれた。
結界。この村に来て、いつからか使うのを忘れていたもの。これさえ張っておけば、この村が襲われることなんてなかったのに。
不可視の結界に魔物が戸惑っている間に、リフィルは短く命じた。
「レオン」
「にゃう」
レオンが前に出る。そしてその体を変化させる。小さな白いトラの体はどんどんと大きくなって、魔物にも負けない大きさになった。
そして魔物と同じように、体に炎が走っていく。ただしこちらは、白い炎。
狼狽える魔物へとレオンは急迫し、そしてあっけなくその首を落としてしまった。
戦闘にすらならない、圧倒的な強さ。村の人たちはただ呆然とそれを眺めていて。
「…………」
リフィルは。どこか悲しげに、静かに目を閉じた。
翌日。リフィルは旅支度を終えて、宿の前に立っていた。
「本当に行くのかい?」
ジュリアの問いに、こくんと頷いた。
昨日のことはリフィルの責任だ。だってリフィルがちゃんとやっていたら、魔物がこの村に入り込めるはずはなかったのだから。
そのせいで村に少なくない被害が、犠牲が出てしまった。村の人が三人ほど、殺されてしまったから。
リフィルにも声をかけてくれていた若い夫婦。最初に魔物に襲われてしまった。
そして、ジャムのおばあさん。倒壊した家屋と、押し潰されたおばあさんの遺体。アレシアが大声で泣いてすがりついていて……。
本当に何をしていたんだろう。後悔ばかりしてしまう。
立ち止まることは許されない。だってそれは、こんな犠牲が増えてしまうということだから。
「おやくめ、あるから」
ジュリアにはそのことを昨日のうちに話しておいた。理解はちゃんとしてくれたけど……。
「あんたみたいな小さい子が背負う責任じゃないだろう?」
残念ながら納得はしてくれなかった。
こうして引き留めてくれることはとっても嬉しい。リフィルもジュリアのことがすごく好きになってる。
でも。だからこそ。リフィルは行かないといけない。ここにいると、旅に出るのが辛くなってしまうから。
「わたしが、やるべきこと」
頭の上のレオンを撫でる。レオンは、にゃう、と小さく鳴いた。
引き留めることはできないと察してくれたみたいで、ジュリアは小さくため息をついた。
「そうかい……。じゃあ、最後に一度だけ」
「うん?」
リフィルが首を傾げるのと、ジュリアがリフィルを抱きしめるのは同時だった。
「辛くなったらいつでも帰ってきておいで。ここはもう、あんたの家なんだから」
「ん……」
「その時には、そうだね……。きっと、お父さんとお兄ちゃんも紹介してやれるよ」
「…………」
小さく頷くリフィル。ジュリアも笑顔で頷いて、リフィルの頭を優しく撫でた。
「よし! それじゃあ、行っておいで。気をつけてね」
「ん……。行ってきます」
そう言って、リフィルは宿を後にした。何度も手を振るジュリアへと振り返って、小さく手を振り返しながら。
何度も。何度も。
壁|w・)現実を突きつけられたので旅立ちです。




