02-06
ちょっとだけ頬を膨らませるリフィルと、あわあわと慌てるレオン。そんな二人を見て、ジュリアは快活に笑った。
「ははは! 仲が良いねえ! ほらほら、リフィルも座んな! 朝ご飯食べるだろ?」
「あるの?」
「当たり前だろう? 寝坊したからってなくなったりはしないよ」
ジュリアに促されて、リフィルは椅子に座った。そうして目の前に出されたのは、ちょっと固めの白いパンに、果物を煮詰めてとろみをつけたもの。ジャムだ。
「この村の側でとれる果物を使ったジャムだよ。ちょっと酸味が強いから、口に合わなかったらパンだけにするんだよ」
「うん」
こくんと頷いて、リフィルはパンを手に取った。やっぱりちょっと固いけど、でも美味しそうなパンだ。そのパンに、お皿に盛られたジャムをべったりたっぷりつけた。
ジャムはいいもの。たっぷりが美味しい。魔女さんは自家製ジャムを手にそう力説していた。だからリフィルもたっぷりつける。
「ええ……」
ジュリアが唖然としていたけど、気にせずリフィルはジャムをつけたパンをかぷりと食べた。
「おー……」
すっぱい。すっぱいけど、甘い。そんな不思議なお味。でも決して不味いわけじゃなくて、むしろ美味しいかもしれない。これは、なかなかいいものだ。
ジャムをたっぷりつけて、パンを食べる。美味しくて、お口が幸せ。これにはリフィルもふんにゃりにっこりだ。
そうしてもぐもぐとしていたら、ジュリアが小さく笑っていた。
「気に入ってくれたようで良かったよ。ジャムはたっぷりあるから、たくさん使っていいからね」
「んむ」
「食べ終わったら、そうだね……。お散歩にでも行こうか」
「んぅ?」
お散歩。もちろん分かる。村の中をということだ。でも、どうして?
「気分転換にはいいだろう? この村のことをたくさん教えてあげるよ」
そう笑顔で言うジュリアに、リフィルはこくんと頷いた。こんなに楽しそうにしているんだから、ここは素直についていこう。そう思ったから。
そうして、お昼前。お散歩の時間。
お散歩。魔女さんと一緒に、魔女さんのお家の周りをちょっとお散歩したことはある。人なんて誰もいなかったけど、かわいい動物とかたくさんいて、とっても楽しかった。
リフィルが甘えてきたリスをもふもふしていたらレオンが割り込んできて、まとめてもふもふした。とっても楽しい大事な思い出。
今日はジュリアと一緒の、村でのお散歩。リフィルにはやらないといけないことがあるのに、ちょっぴりわくわくしてしまう。
お出かけなのでしっかりと外套を着て宿を出たら、待っていたジュリアに目を丸くされてしまった。
「そういえば、そんな外套を着てたね……。見るからに高級そうな外套だけど、それも魔女さんからかい?」
「ん。いっぱいまほー、こめられてる」
「へえ……。秘密なだけで内緒の母親だったりするのかね……」
なんだか変な勘違いをされた気がする。ちゃんと両親がいるのに。
「さあ、行こうか」
「ん」
ジュリアが差し出してきた手をしっかりと握る。ちょっと固い手だけど、安心感がある。握っていると、ほっとする手だ。
「にゃ!」
リフィルの頭の上では、レオンが片足を上げて元気よく返事をした。レオンももうちょっと歩いた方がいいと思う。いざという時はとっても頼りになるけど、このままだと太ってしまいそうでちょっぴり不安だ。
いや、でもちょっぴり太ったレオンもかわいいかもしれない。まんまるふわもこなレオン……。いいかもしれない!
「レオンはそのままでいてほしい」
「にゃ……」
何故かとても呆れたような目を向けられた、気がした。
小さい村、なんて言っても、お家は三十軒ほどあるらしい。森を切り開いて畑を作った農家さんとか、森の中に獣を狩りに行く猟師さんとか、いろんな人がいるみたい。
もちろんお店とかもある。ジュリアは宿と食堂をやってるから。
貨幣もあるらしいけど、村の中だと物々交換が主流で、ジュリアも普段は持ってこられた獲物とかを調理して、分け前をもらったりしている、らしい。
なんだか村も大変そう。でも、思えばリフィルの故郷もそうだったような気がする。あの時はまだあの子が表に出ていて、リフィルはぼんやりとしていたから、はっきりとは覚えていないけど。
リフィルは、あの子がいてくれたら十分だったから。そこまで興味を持てなかった、けど……。
「もうちょっとぐらい、しっておくべき、だったかな?」
「にゃ」
リフィルがつぶやくと、レオンが肉球で頭をぽふぽふしてきた。気持ちいい。
ジュリアに手を引かれて、村の中を歩く。迷子になんてならないのに、お手々を繋いでる。なんだかそれが、ちょっと恥ずかしいけど、心地良い。
「ここでジャムを作っているんだよ」
ジュリアが村の中を巡りながら案内してくれたのは、ちょっと大きめの家。煙突のあるお家で、煙突からは白い煙がもくもくと上ってる。果物のちょっと酸っぱい香り。
「入るよ」
ジュリアがお家のドアを開けて中に入ると、その煙がなんなのかすぐに分かった。
部屋のいろんな場所に、魔道具らしい箱が置かれてる。熱を発する魔道具みたいで、その箱の上には大きなお鍋。そのお鍋でジャムを作っているのか、ぐつぐつと煮込まれてる。
そんなお鍋からの湯気が天井の煙突を通って外に出て行ってるみたいだった。
あっちにもジャム。こっちにもジャム。あっちこっちジャム。ジャムがいっぱい!
「わあ……」
ちょっと酸っぱいジャムだったけど、リフィルはあのジャムがちょっと気に入ってる。旅のお供に少し欲しいのだけど、ここでなら売ってくれるかも。
「誰もいないのかい!?」
ジュリアがそう叫ぶと、老婆が一人お家の奥から歩いてきた。
「はいはい。ここにいるよ」
真っ白な髪の毛の、杖を突いたおばあさん。感情の読み取れない顔で、ちょっと気難しそうだ。
「まったく、朝っぱらからうるさいねえ。どうしたんだい」
「朝っぱら? もう昼前だよ」
「あたしゃ今起きたところだよ」
そんな会話を大人二人がしている。リフィルはそれをあまり聞いていなかった。だって、それよりも気になることがあったから。
老婆が出てきた部屋のドア。その部屋から、こちらを覗いている人がいた。ちょっとだけ顔を出して、おっかなびっくりといった様子。背丈は、リフィルと同じぐらい。
そちらを見るリフィルの視線に気付いたのか、老婆はああ、と小さく声を上げた。
「なにやってんだい、アレシア!」
「ひぅ」
そんな短い悲鳴。おずおずと一人の女の子が出てきた。
壁|w・)おさんぽはたのしい。




