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捨てられ少女の壁作り ~聖女に捨てられ魔物があふれた国で、もふもふと一緒に結界を作ります~  作者: 龍翠
プロローグ

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全てが遅すぎた転生者

壁|w・)新作です。よろしくお願いします。



 その国は、とても豊かな森に囲まれていました。

 温暖な気候にある土地で、森の恵みに溢れています。人間がそんな土地に目をつけるのも当然の話で、とても昔に人が暮らし始め、一部の場所で木を切り倒し、田畑を耕し、街を作りました。今では周囲の国に比べても見劣りしない、立派な国です。

 けれど、人間だけが目を付けたわけではありませんでした。


 森の北には不毛な土地が広がり、そんな土地に魔物たちが暮らしています。魔物たちもその森を狙い続けています。最初の頃は、人間と魔物たちはずっと争っていました。

 そんな争いを見かねて、神様が聖女をつかわしました。

 聖女はとても強い結界の魔法を持っていました。その魔法で森を包み、魔物から人々を、森の自然を守りました。

 そうして、人々は聖女に守られ、森と共に発展してきたのです。



 けれど、人々はそれを忘れてしまいました。

 結界の能力を持つ聖女は、定期的に生まれ、彼女たちは国に手厚く保護されてきました。そして今代の聖女も極めて強い結界の魔法を持ち、国に保護され、そして王子と結婚する予定でした。

 聖女はとても優しい人で、王子と結婚することにも素直に喜んでいました。人々をもっと幸せにできると、そう喜んでいたのです。


 けれど。王子はそんな婚約を破棄してしまいました。

 お前のような強欲な聖女とは違い、人々を真に想う聖女を見つけた、と。その聖女と婚約する、と。紛い物のお前は国から出て行け、と。

 聖女は悲しみに暮れ、言われるままに国を追い出されました。


 そして、追い出された先の隣国で、保護されました。

 そこで出会った王子と恋に落ち、聖女はその国に尽くすと決めました。

 聖女を追放した国は、荒れることになりました。何故なら真の聖女とやらは、大した能力を持っていなかったのです。

 国は魔物に呑み込まれ、滅びることになります。王子はどうしてこうなったんだと、ずっとずっと後悔して、国と共に滅びたのでした。

 隣国には聖女がいます。聖女の結界により、魔物の進行は防がれました。



 そうして、聖女を追放した国は滅び、聖女は隣国の王子と幸せに暮らしました。

 めでたしめでたし。




「何もめでたくねえよ!」


 全てを思い出した転生者の少女は、行商人の前でそう叫んだ。行商人や周囲の人は驚き目を見開いているが、そんなことを気にしている余裕は少女にはない。

 聖女の物語。それを、思い出してしまったから。

 少女は転生者だ。日本で生きていた大学生の男だった。些細なことで死に、神を名乗る存在に転生の機会を与えられた。その際に男は、わりと気に入っていた設定のこの物語を選んだ。

 だって、平和な世界だったから。もちろん魔物に呑み込まれる国は滅びてしまうが、例えその国に生まれてしまったとしても、さっさと隣国に移住すればいい。そう、思っていた。

 問題は、女として転生したこの世界で、今の今まで記憶を失ってしまっていたこと。そして思い出したきっかけは、全てが終わった情報だったということ。


「あー……。嬢ちゃん。どうしたんだ?」


 行商人が問うてくる。少女は引きつった笑顔で、少し声をうわずらせながら言った。


「あの……。ごめんなさい。もう一度、教えてもらってもいいですか?」

「構わねえけど……。どうにもこの国にいた聖女様は偽物だったらしくてな。王子様が真の聖女様を見つけて、保護したって話だよ」

「い、いつ頃……?」

「さあ……。王都では有名な話だからなあ。もう一年ぐらい前じゃないか?」


 一年! 一年も前に聖女は追放されてしまっていた!

 足下が崩れるような、そんな感覚を味わっている。だって、考えてみてほしい。お前の国はもうすぐ滅びますよと言われているようなものだ。

 そしてさらなる問題は、村人の誰もがこれを喜んでいるということだ。


「いやあ、ちゃんと聖女様を見つけてもらえて良かったねえ」

「もしかすると聖女様が偽物に殺されていたかもしれないんだろ? いやあ、危なかったな!」


 誰もが、真の聖女とやらを疑っていない。

 でもこれは責められることじゃない。だって村からすれば、聖女の人となりなんて分かるはずがないから。国が間違ったことをしたなんて、思うはずがないから。


「くそ……!」


 だからって、諦めることなんてできるはずがない。まだまだ生きていたいんだ。両親にもなんの恩返しもしていないから。

 すぐにここを逃げないといけない。できれば村人全員を説得したいが、もうそんな余裕はないはずだ。聖女の結界の維持が消えて、一年。もうどこから結界が綻ぶか、分かったものじゃない。

 それこそ、この村の側の可能性だってある。


「くそ……くそ! 話が違うじゃねえか!」


 自分を転生させた自称神へと恨み言を零してしまう。何の意味もないと分かってはいるけど、言わずにはいられない。もっと早く思い出していれば。せめて、あと一年。

 逃げるには、何が必要だろう。まずは、食料……。いや、馬車、か? 当然ながら足がいる。人の足で逃げたところで、間に合うはずがない。この国は、道はある程度整備されているけど、それでもかなり広い国だから。

 いや、というか。そもそも。


「この村って……国の、どのあたりだ……?」


 地理関係が分からない。隣国は……聖女を保護した隣国は、どっちだ?


「…………。くそ!」


 だめだ。今考えても分からない。まずは、両親の説得だ。少女は悪態をつきながら、自宅へと走った。

 母親に頼まれたおつかいのことなんて、もう頭から吹き飛んでしまっていた。




「母さん!」


 家のドアを叩き開けて、少女は中に入った。母は編み物をしている。母の編み物は評判が良くて、行商人も買ってくれるものらしい。少女も教わっているが、身についているかは微妙なところ。

 そんなことよりも。


「母さん! 聞いてくれ!」

「ど、どうしたの? というより、お父さんみたいな言葉遣いはやめなさい。女の子なのよ?」

「それどころじゃないんだよ!」


 母は少女の口調に眉を寄せていたけど、ひとまず話を聞いてくれるつもりにはなってくれたらしい。小さくため息をついて、編み物の道具をテーブルの上に置いた。


「はい。それで、なに?」

「すぐにこの村を出よう! 安全な場所に! できれば、隣の国に!」

「はあ……? 何を言っているのよ」

「いや、だから……」

「バカなことは言わないでちょうだい。村の外に知り合いもいないのに、どうするつもりなのよ」

「それは……」


 分かってる。少女だって分かっている。何の伝手もないのに隣国へ行っても、仕事も何も見つからないことぐらい。分かっては、いる。

 けれど。それでも。この国にいれば、待っているのは破滅だけ。それならまだ、少ない望みに賭けて隣国に向かった方がいい。


「この国は、滅びるんだ! 近いうちに、必ず!」

「はいはい。バカなこと言ってないで、早くお使いを済ませてちょうだい」

「母さん!」


 その後は、少女が何を言っても、母は聞く耳を持ってくれなかった。無視して編み物の続きをしている。少女の世迷い言なんて聞く必要はないとでも言いたげに。

 当然の反応だ。当たり前の反応だ。特に今は行商人が来ているタイミング。きっと、何か吹き込まれたんだろうと思っているんだと思う。あながち間違いでもない。


「くそ……!」


 少女はすぐに踵を返すと、今度は父の元へと向かった。母がだめなら、父を説得だ。父が決めれば、きっと母もついてくるから。

 父の仕事は、畑仕事。村の側にある畑で、他の村人とともに働いている。今はちょうど休憩の時間のようで、畑の側にみんなで座っていた。


「父さん!」


 少女が父に向かって叫ぶと、すぐに父が振り向いてきた。いや、父だけじゃなくて、他の人もみんな振り返っているけど。


「おお。どうした?」

「なんだなんだ」

「アスレんとこの嬢ちゃんだな」


 男衆が思い思いに言う。少女はそんな彼らを無視して、父に話しかけた。


「父さん! 話があるんだ!」

「うん。どうしてそんな男勝りな口調になってるんだ……? まあいい、それで?」

「すぐにこの村を出よう!」

「は?」


 これには父だけじゃなくて、周囲の男たちも首を傾げた。突然変なことを言っている、と思われているのだと思う。そしてその反応も当然だと、少女はちゃんと理解している。


「隣国に行こう! 今すぐに!」

「ははは。都に憧れたか? それならせめてこの国の王都だろう?」

「この国はもうすぐ滅びるんだ! この村も!」

「…………。はあ……」


 まさに呆れ果てたといったようなため息だ。周りの男も苦笑いしている。

 父は目を細めて、言う。


「今来ている行商人が変なことでも言ったのか?」

「え? いや、そういうのじゃなくて……」

「バカなこと言ってないで、子供は子供で遊んでいなさい」


 父はそう言って畑に戻っていってしまった。他の男たちも笑いながら、少女に手を振って畑に向かっていく。少女はそれを、立ち尽くしたまま見送った。




 分かっている。分かっていた。いきなりこんなことを言っても、誰も相手にしてくれないことは。それでも、それでも……。少女は説得しなければならなかった。

 そしてその説得は失敗に終わった。もう、少女にはどうすることもできない。

 いや……。


「諦めることなんて……できるかよ……!」


 少女は記憶を取り戻すまで、女の子として育ってきた。優しい両親に守られて、愛されて、そうして今まで生きてきた。

 少女にとって、両親はとても大切だ。だからこそ、諦めることなんてできない。


「逃げることができないなら……!」


 魔物に襲われる。それははっきりと分かっていて、避けられない未来。だが逆に言えば、それだけ未来が分かっているということ。

 そして少女には。いわゆる原作知識というものがあるわけで。


「やってやるよ……! この村を! みんなを! 守ってみせる!」


 そう。これは、聖女に見捨てられたこの村を守るために戦い続ける、少女の物語。




 なんてものは、存在しない。




 子供が作った罠も、児戯のような策も。全てが魔物に呑み込まれた。

 少女に与えられた準備期間は、十日間。記憶が戻って、わずか十日で魔物に襲われた。そんな時間で、何ができたというのだろう。

 そもそも。そもそもだ。原作知識があろうと、日本で平和に生きてきた転生者の知識に、肉食動物よりも凶悪な魔物を防ぐ知識などあるはずもないのだから。


「ははは……」


 村が燃えている。みんなが食べられている。親しい友人も、優しい村人も、そして大好きな両親も。みんなみんな、消えていく。


「はは、ははは……」


 魔物たちは、なぜか少女を避ける。触れない、触りたくないかと言うように。それを利用することもできただろうけど、それに気付いた時にはすでに手遅れで。

 絶望。ただそれだけしかなくて。けれど、まだ世界は少女を責め立てる。


「なんだよ……これ……」


 絶望に呼応するかのように、少女の魂に刻み込まれた神の祝福が、目覚めた。


「神の祝福……? はっ。邪神の呪いだろこんなもん……」


 与えられたものは、魔法と、特質。その与えられた魔法で、少女は何のためにこの世界に呼ばれたのか理解した。理解、してしまった。


「ふざけんなよ……。こんな魔法があるなら、最初からよこせよ……。ちくしょう……ちくしょう……」


 そうして、少女は。


「ああああああ!」


 全力で、その魔法を発動した。




 そうして。村は透明な壁に覆われた。魔物の侵入のみを阻む壁は、聖女の結界ととても似たものだ。けれど、少女の素質では国を覆う結界なんて作れない。この村を覆うだけが精一杯。

 けれど。聖女の結界と違うところは、維持の必要がないこと。半永久的にこの壁は残り続ける。ゆっくりと壁を作っていけば、いずれは国そのものを覆うことができるかもしれない。

 つまり、少女がやるべきことは、もう一度結界を作ること。そのために魔法が与えられ、そして不老不死の特質まで与えられた、らしい。

 老いることも、死ぬことも許されず。聖女に頼らずに、結界を張り直す。それが、与えられた使命。


「…………」


 誰もいなくなった村で。燃え尽きた村で。少女もまた、すでに燃え尽きていた。

 神に与えられた使命なんて、もうどうでもよかった。守りたかったものは、もうどこにもないのだから。


「ごめんなあ……」


 漠然と、謝る。それは村に対するものじゃなくて。少女が転生した先の、この体で生きるはずだった少女へと向けたもの。


「奪っておきながら、何もできなかったよ……。俺はもう、だめだ……」


 どうせこんな終わりになるのなら。本来の体の持ち主が、優しい両親と暮らせば良かったのに。心からそう思う。今となっては、もうどうしようもないことだけど。

 そして。


「押しつけるよ……。俺はもう、疲れた……」


 自分の体に意識を向ける。魂を知覚する。混ざり合ったような二つの魂。その、自分の魂を、結界でゆっくりと分断する。


「こんな世界に、終わってしまった村に、残してしまって、ごめん。恨んでくれ。俺が、全部悪いんだ」


 本当に、ごめん。

 少女は、魂を二つに分けて。そして、自分の魂を体外にはじきだした。

 そうして。記憶を思い出すことも、魔法に目覚めることすらも、全てが遅すぎた転生者は、その役目を終えた。


   ・・・・・


 ゆっくりと。目を開けた。


「ん……」


 きょろきょろと辺りを見回す。なんだか潰れたお家がいっぱいだ。あまり愛着はないけど、ぼんやりとうとうとしながら眺めていたから、ここがどんなものか知っている。


「んー……。じゃま」


 ていや、と靴を脱ぎ捨てて、ぺたぺた歩く。結界が作用しているみたいで、土で足が痛いということもない。なんだかちょっと冷たく感じる。ただそれだけ。

 ぺたぺた歩いて、抱き合って眠っている……ように見える両親を見つけた。体の大半はないけど。


「ん……」


 手で穴を掘る。がんばってがんばって掘って、その穴に遺体を埋めた。

 他の遺体も同じように埋めていく。とっても時間がかかって、何度も世界が暗くなって眠ったりもしたけど、どうにか全て埋め終えた。


「これでよかった、かな?」


 自分の代わりに表でがんばっていた片割れのあの子。それを、ちゃんと見ていた。諦めてどこかに消えてしまったけど、それを責めることなんてできない。だって、とってもかわいそうだったから。

 だから。ここから先は、自分ががんばる番なのだ。


「かべづくり」


 ぺたぺた歩いて、村の端っこへ。確かにある壁にそっと触れる。魔法の使い方はなんとなく分かる。これを伸ばしていけばいい。とりあえず、近くの村に……。


「どこ?」


 あの子と違って、知識なんてない。あの子が見ていたものを一緒にぼんやりと見ていただけだから。


「まあ、いっか」


 のんびり歩こう。消えてしまったあの子の分まで、がんばってあげないと。


「がんばる」


 ふんす、と気合いを入れて、少女は結界を伸ばしながら歩き始めた。




 これは、聖女に見捨てられた国で、転生者にも諦められた場所から、ゆっくりのんびり壁を作りながら旅をすることになった少女の物語。


壁|w・)最初から重いですが、この後はのんびりまったりな旅になります。


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― 新着の感想 ―
ほーん、幼い少女を見捨てて逝ったか 生きる術すら与えずに逝くとは無責任な野郎だ。 ちょっと説教が必要なようだな!(パキポキ
さーて、(神殺しの)チェーンソーを出すか。
少女の身代わりにするために転生させられたのかね。 かわいそうすぎる。
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