93)アクラスの秘石
ティアに“人間で有る事”を捨てる覚悟が有るか問うクマリ。
対してティアは彼女の言う事が分らず聞き返した。
「……えーっと……どういう意味ですか?」
「ティアちゃん……君は……、いや師弟関係なら遠慮は不要だね……。改めて……ティア、お前は……レナン君をどう思う? 私は巨獣討伐の折……彼の戦いを直接この目で見た……。
そればかりか、戦いを挑んだりね……。もちろん完敗だったけど……。
でも、レナン君の山を切り崩す程の力……そして、あの白い異形の手……。冷静に考えた結果……私は、レナン君は人を遥かに超えた存在だと思っている……」
「……レナンが普通じゃ無い事は……分っている……嫌と言う程見て来たから。でもアイツは……今まで本気になった事無い……だけど……それでも……アレだけの事を……」
クマリの言葉に対し、ティアは昔を思い出しながら肯定した。対してクマリは自分の考えを伝える。
「そうか、お前も分ってるんだね……レナン君の異常さを……でも、ティア……凄いのはレナン君だけじゃ無い。
お前の後にレナン君と婚約したマリちゃんも……ティア、お前が考えている以上にとんでもない存在なんだ」
「黒騎士……マリアベル……アイツには、どんな秘密が有るって言うんですか?」
クマリがレナンに次いでマリアベルを称えた為、ティアは問い返した。対してクマリは声を低くしてティアに答える。
「……教えてやろう……だけど……マリちゃんの秘密を知ったら……お前はレナン君の事を諦めざるを得ないかもね……」
「いいえ、アイツにどんな秘密が有ろうと……私はレナンをアイツから取り戻します!」
クマリの囁きにティアは反発して言い切った。彼女は挑発されてムッと来た様だった。
その様子にクマリは面白そうに話す。
「ククク……流石は残念令嬢様だ……。何も知らないっての言うのは怖いモノ知らずだね……。良いだろう、心して聞きな。実はマリちゃんはね……」
クマリはティアに黒騎士マリアベルの秘密を全て教えた。
マリアベルが亜人のオーガ族のハーフである事……、そして王国最強の騎士である事……、数多くの危機に立ち向かった真の英雄である事……。
――そして最大の秘密についてもティアに伝えた。
つまりはロデリア国王の姪であり、姫殿下である事を……。
「……と言う訳で……マリちゃんは種族的にも人を超えた存在で在り……最強の英雄騎士だ。
間違いなくレナン君の次に、マリちゃんは強い。そして……これが一番厄介だが……マリちゃんが姫殿下って事だ。
だからこそ……ロデリア王は、マリちゃんとレナン君を結婚させて……彼の力と血を王家に取り込みたいのさ。その為に……ソーニャちゃんを使ってお前とレナン君を婚約破棄させたんだ。
まぁ、そんな裏事情等関係無く……マリちゃん自身が……レナン君にべた惚れしてるけどな。
彼女の本当の姿は姫殿下だけ有って……とても美しく気高い。そんな女に迫られて……レナン君も徐々に彼女に惹かれている。
恐るべき強さを誇る英雄騎士……その正体は容姿端麗で、その心根も正しい姫殿下……。それがレナン君の現婚約者……そんな彼女に対して……お前自身はどうか?
……分るか、ティア……お前がやろうとしている事が、どれ程困難な事かを……」
「…………」
クマリが話したマリアベルの秘密に、ティアは大きな衝撃を受けて言葉を失った。
マリアベルが最強の英雄騎士である事は、ティアは王都に居る以上、噂話等で理解出来ていた。
しかし……姫殿下である事……。
これは全く初耳だった。その姫殿下とレナンを婚約させる……ロデリア国王が本気でレナンを取り込もうとしている事が良く分った。
マリアベルが、ただ強いだけの女で祭り上げられているなら、手の打ち様も有ったかも知れない。
しかし相手が王族であったとしたら、何をどうやってもどうしようもないのでは……とティアは一瞬考えてしまったのだ。
……しかし、ティアはそれでもレナンの事はどうしても諦める事等出来無かった。
一体どうしようか、とティアが固まっているとクマリが声を掛けて来た。
「……漸く事態が飲み込めたかい? 私はね……お前がやろうとしていた事を知って……最初は呆れ果てたんだ。“何も知らない小娘が粋がるな”ってね……。
だが……お前は……私に決意と覚悟を示して見せた……。
だから、改めて問おう……。ティア フォン アルテリア……。
貧乏伯爵家の、しかも大罪を犯した父の貴族子女であるお前は……人を超えた存在であるレナンをお前の元に取り戻したいのか?
一度は自らの手で捨てた彼を……。しかも相手も人外の存在で……最強の英雄騎士にして美しく気高い姫殿下でもある、マリアベルからな……」
クマリは真剣な声でティアに問う。
クマリは今だひび割れた仮面を被っている為、その素顔は分らないが、その声から只ならぬ覚悟を求めている事はティアにも分った。
その為、ティアも覚悟と決意を持ってクマリに答えた。
「……真実を教えてくれて、有難う御座います。クマリさん。お蔭で、どうしてソーニャが……いえ、国王がレナンとマリアベルを婚約させたのか……分った気がします。
そして……レナンを取り戻す事が……どれ程大変な事も理解しました。
だけど……それでも……私は諦める事なんて出来ない! レナンを取り戻す為になら、どんな事だってする!
彼に届く為なら……今の立場も、自分も……必要なら人間である事も捨てても良い! 何だってして見せるわ!!」
「ククク……全てを知っても……諦めないと言うのか……流石は残念令嬢だ……。馬鹿は生れつきの様だね。だが……だからこそ……コイツを試す価値が有る……」
強い覚悟の意志を示したティアに対し、クマリは笑いながら呟いた後、懐から何かをティアに差し出した。
――それは揺らめく光を放つ不思議な銀色の物体で、幅13㎝、長さ15㎝の四角い形をしており、高さは10㎝程の立方体だ。
前後に楕円形の穴が開いている。また、表面に菱形の宝石状の物質が付いており、淡く光っている。
……ティアは表面にある菱形の光る石を見て、思わず呟いた。
「……こ、これって……レナンの右手に光る……あの、石だ……」
「そうか……やっぱり、そうなのか……。もしかしてって思ったんだ……。私の読み通り……ギナルを支配する“奴ら”とレナン君は無関係じゃ無かったな……。
……ティア……この魔道具は……“アクラスの秘石”を宿らせる代物さ。……これは少し前、ギナル皇国で手に入れたんだ……」
ティアの呟きにクマリは答えながら不思議な魔道具の名を明かした。
「“アクラスの秘石”……? それは一体?」
「……“アクラス”……それは、“選ばれし巫女”って意味らしい……、何処の言葉か知らないが……。この秘石が宿った女は……短い間だが……とんでもない力を発揮するそうだ。
それこそ……人外のね。しかし……」
ティアの問いにクマリは低い声で呟く様に答えていたが、最後で口を噤んでしまった。
対してティアは話の続きが気になり、聞き返した。
「しかし……何ですか?」
「……勿体ぶって悪かったな……。この“秘石”を宿せるのは……どういう理屈か、女だけ……。そして、ここが肝心な所だけど……秘石の力で、宿主の女は絶大な力を手にする代わりに……命を削るらしい」
「……い、命を削る……」
クマリの真剣な声に、ティアは声を震わせながら呟いた。クマリは静かな声で続ける。
「……そうだ、ティア……。この“アクラスの秘石”を宿せば……お前は、確実に人を超える力を得るだろう……。レナン君やマリちゃんに匹敵する力を……。
だが……その代償として“秘石”は宿した女の命を削る……。
どうだ……、ティア……それでも……お前は……“秘石”を欲するか……?」
クマリの穏やかだが恐ろしい問いに対し……ティアの答えは初めから決まっていた。
「はい。レナンを取り戻す為なら、私は何だってします。クマリさん……、どうか、その“アクラスの秘石”を私に譲って下さい」
ティアは迷いなく命を削る秘石をクマリに求めたのであった……。
いつも読んで頂き有難う御座います!
追)一部見直しました!
追2)抜け字見直しました!




