13)腐肉の龍-9(龍の急襲)
キンググリズリーの肉塊を運んできた一行は、其れを村の入り口付近の広場に配置する。襲い来る龍の餌にする為だ。
一方村に残っていた者達は村を出立する準備を終えていた。新たに用意した荷車や牛などの家畜に荷物を載せている。
村人は近い内に龍が騎士達により撃破してくれる事を信じていた為、直ぐにでもセネ村に戻る気でいた。
出立の準備をする村人達を見ながら護衛騎士ライラは肉塊を広場に並べているレナンに問い掛ける。
「……レナン様……恐れながら教えて下さい……あの冒険者の少年が言っていた通り……レナン様なら、龍を倒せるのではありませんか? もしそうなら村を出ずにここで討ち取った方が良いのでは……?」
ライラに問われたレナン作業を止め、誰にも聞こえない様に小声で答えた。
「……ライラ……僕は君の言う龍を見ていない……だから絶対とは言わないけど……それでも何とか出来るかも知れないね」
「そ、そうでしたら……!」
「だけど……それはダメだ……そうなれば村人を確実に巻き込むだろう……僕達は救出班だ。先ずは村人や討伐隊を救うのが先決だと思う。龍の討伐は二の次だよ」
ライラはレナンの“何とか出来る”という言葉を受けて一瞬反論仕掛けたが、次いでレナンが説明した事で、腑に落ちる様に納得した。
そしてレナンが栄誉や名声等を求めず、あくまで領民の命を重視している事に甚く感動した。
(トルスティン閣下の言われた通り、レナン様は何という聡明な御方だろうか……改めて気付かされる! この御方がトルスティン閣下やエミル閣下と共にアルテリア伯爵家を支えれば、アルテリアの地は更に明るく輝くだろう……!)
レナンの態度に深く感じ入ったラウラはレナンに跪いて答えた。
「このラウラ、レナン様の聡明さに感服致しました。全てはレナン様のお言葉通りに……」
跪いたラウラにレナンは彼女を立たせて答えた。
「ライラ……僕はまだ子供だし父上の様な立派でも無い。だから跪くのは止めて欲しい
……とにかく今は、龍からの脱出を考えよう」
レナンはそう言って餌の設置作業に再度取り掛かった。ライラはそんなレナンの姿に敬意を抱きながら持ち場に戻った。
そんな二人の様子を近衛騎士副隊長ダリルを始めとする騎士達が熱い眼差しにて見つめていたのであった。
準備が出来た皆はセネ村の入り口に集結する。龍の襲撃でセネ村の村民は100名も満たない数まで減少していた。
生き残った村民を子度や老人を優先して馬車や荷車に乗せ歩ける者達は歩いてレテ市に向かう心算だ。
歩いて移動する村人を守る為に残存討伐隊と救助隊が囲む様に陣を組みながら移動する。
丁度時間は夕暮れ時。今から出立すればレテ市への到着は明日の朝になるだろう。
本来は明日の早朝に出立するのがベストだが、龍は待ってはくれない。
夜中の徒歩移動は魔獣や盗賊の襲撃が予想され危険だが、龍に比べれば赤子の様だろうと判断された。
何より一人でキンググリズリーを狩れるレナンが居れば恐れるに足らない、という強い安心感も有った。
準備が出来た全員にティアがレナンに促され声を掛ける。
「皆! この村を出るのは不安だろうけど少しの間我慢して! 道中の安全は私やレナン、そして騎士達が守るから! そして私はアルテリア伯爵家の子女として、皆に約束する! この村を襲う龍は私達が退治する! だから安心してレテ市で待って欲しい! それじゃ、全員出発!!」
ティアの宣言と共に一行はゆっくりと進みだした。その足取りは重く、泣き出す女性も居る。こうして村人達を連れてティア達は総員でセネ村を出立したのであった……。
◇ ◇ ◇
ティア達一行がセネ村を出てから数時間後……、真黒い巨大な影が村の入り口に飛び降りた。
“バサァ!!”
この世界の月は二つありその大きい方の月が満月だった。心なしか二つある月は共に怪しく光っている様に見える。
そんな気味悪い月夜の元に舞い降りた“ソレ”は着地すると縄張りを示す為か突如として大声で吠える。
“キシャアアアアァ!!”
“ソレ”の体は滑ついており、黒い皮膚が崩れ異臭が漂い、まるで腐っている様だ。
しかし新たにその皮膚は再生される様で、“ソレ”は特に痛みも感じていない様だ。“腐りながら生きている”そんな表現が正しいだろうか。
頭部は角も無いが黒い大蛇の様な黒く滑った円筒形の頭部で1m位の太さが有る。
特徴的なのはその口だ、太い頭部を正面から見ると凶悪な牙が並ぶ口しか見えない。目は巨大すぎる口の上に左右に小さく点の様にしか見えない。
唇は無く巨大な犬歯が上下に生え揃っており口を大きく開けば大人の人間でも飲み込めるだろう。
そして長大で鋭利な牙が並ぶ顎門は噛み切れば太い木の幹すらへし折る筈だ。
この怪物は明らかに食う事だけに特化した生物だ。頭部だけ見れば死臭漂う巨大な顎門だけの野太い蛇に見える。
この怪物を龍と称したのは翼と長い尾が有るからだろう。
ボロボロで穴だらけの翼は背中から生えており、4本足で這う様に歩く。短い前足は太く長大な爪が生えていた。
後ろ脚は見るからに頑強そうで丸太程の太さがある。それと右後足には揺らめく光を放つ不思議な銀色のリングが巻いてある。
“腐肉の龍”見た目から漂うイメージから便宜上、そう呼ばれるのが相応しい……。
その怪物“腐肉の龍”はセネ村入口広場に大量に置かれているキンググリズリーの肉塊を貪り始めたが……。
暫くキンググリズリーの肉塊を味わっていた腐肉の龍は食べるのをピタリと止め、顎門しかない顏を天に向け、恐ろしく長い舌を伸ばし匂いを嗅ぎだした。
“ブフー! グフー!”
巨大な顎門を開け激しく呼吸しながら匂いを辿る腐肉の龍。吐く息と共に白い炎の様な揺らめきが生じている。
暫くそうしていたが、有る方向に顔を向けて匂いを嗅いだ時点で動きを止め、そして大声で吠えた。
“キュオオオオオォ!!”
そして巨大な翼を広げ、大きく羽ばたいて反応が有った匂いの方へ飛び立った。
“バサァ! バサァ!”
その飛び立った先はレテ市へ向かう方向、つまり村人達が向かった方向だった……。
◇ ◇ ◇
一方、ティア達セネ村を脱出した一行はホルム街道脇の平野で、最初の休憩を取っていた。レテ市に向かう村人達は皆元気が無い。
長らく住んでいた村を一時的にとは言え、捨て行く事に気落ちしている様だ。当然、進みゆく歩みは遅い。
焚火の前でその様子を見ながらレナンは横に居る近衛騎士副隊長のダリルに呟く。
「……拙いですね……思ったより皆の足が進まない……」
「確かに……ですが彼らからすれば、龍の事もレテ市に避難する事も、望んでいない事です。彼等には頑張って貰うしかありませんね……」
「そうですね、ダリルさん……このまま何も起きなければ良いけど……」
ダリルの言葉にレナンが心配そうな声で話す。すると横に居たティアが問い掛ける。
「何よ、アンタ。自分の作戦自信無い訳?」
「あの作戦は現時点では最良の策だった、それは間違い無い。だけど何か胸騒ぎが……」
「ふん! アンタが立てた策なら間違い無いでしょ。だから自信持ち……」
“キシャアアアアアァ!!”
ティアがレナンを励ましている最中に突如響いた耳を切り裂く様な甲高い吠え声が響く。
「ゴメン、ティア……作戦は失敗みたいだ」
そういう呟くレナンの視線の先には明るい月夜の中、真黒い腐肉の龍が此方に迫る姿が見えていた……。
いつも読んで頂き有難う御座います。
この話ではサブタイトルにもある、腐肉の龍が登場します。戦闘は次話から始まり数話は続きます。次話投稿は明日の予定です。宜しくお願いします!
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追)サブタイトル見直しました!




