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61.リンディアの騎士



 






「なあ、なんで王都で戦うんだ? 幾ら主戦派が誘導してるとは言え、戦線をリンスフィアから遠去ければ……」


 リンスフィアを出立した中隊は一路西へと進軍していた。6個小隊が順次並び、各小隊長の元で纏まっている。今朝の軍議で決まった通り、西と南には中隊が派遣された。


「お前……ケーヒル副団長の話を聞いて無かったのか?」


 その質問に同期の騎士は呆れた顔をする。実際他の事に気を取られていたのは事実で、言い訳も出来ない様だ。


「スマン……アスティア様とカズキ様の姿が見えて……思わず……」


 聖女の間から出て、ベランダから様子を見ていた二人は何人かの注目を集めていた。アスティアは皆によく知られた王女だが、聖女は知る人ぞ知る存在だ。それなら仕方がないと溜息を我慢して、答えを返した。


「北、西、そして南。想定される魔獣の数が多すぎるんだ。お前も知っての通り、リンスフィア周辺は平原と丘しかない。想像してみろ、平原で魔獣の群れに囲まれるのを」


「ああ、成る程……」


「燃える水にも限界があるし、魔獣を全面で受け止めるなぞ不可能だからな……業腹だが、城壁を利用するしかないのさ。最初は勿論色々と考えたらしいが、結局はリンスフィアで防衛するのが一番だって結論になったらしい。もう少し時間があれば、また違っただろうが……」


 カーディルもアストも当然リンスフィアを戦場にはしたくなかった。しかし肥沃な大地を抱えるリンスフィアは皮肉にも防衛には向いていない。勿論対策も幾つか講じられてきたが、そもそもの資源が無い。魔獣が現れてから、資源の確保は困難を極めていた。


 カーディルは苦心し出来る事から行っていたが、実際には絶望的な状況だったのだ。誰もが時間の問題だと知りながら、日々を過ごしていた。黒神ヤトは滅亡の危機にあるとカズキに言ったが、それは真実を捉えていた。


 今回の主戦派の暴走は、リンスフィア到達まで時間が余りに少ない。ユーニードが周到に用意していたソレは、他の手段を許してはくれなかった。


「そうか……くそっ、主戦派め……ふざけた事を」


「正直かなり危険な状況だよ。魔獣は万を超え、まだ増えているらしい」


「万か……単純に計算してもリンディアの軍でギリギリだな……それ以上増えたら……」


 もう、終わりかもな……そんな言葉が出そうになって歯を食いしばる。


 未だ魔獣の赤い姿は見えないが、今も足音をたてながらリンスフィアを目指しているのだろう。誰もが逃げ出したいが、逃げる場所など何処にもない。リンスフィアの四方は森に囲まれているのだから……


 遠征する騎士達はあちこちで似た会話していたが、最後の言葉だけは口にしなかった。それをしてしまえは、身体は動かなくなると知っていたからだ。それに……皆が僅かに希望をもっていたのもあるだろう。


 黒神の聖女がリンスフィアにーーー


 神々の使徒、最後の希望。


 今では珍しくなった刻印を7つも刻まれた、唯一人の少女。


 もしかしたら……そんな希望を持つ事を誰が責められるだろうか?


 だが……クインの祖父コヒンは言っていた。加護と言う手段は渡すが、それを救いへと導くのはあくまでも人。無条件の救済など、この世界には存在しない。


 だから人は戦うしかない。それがどんなに絶望的な戦いだとしても、剣を取り振り下ろすしかないのだ。


 それを成すのは騎士の誇りか、森人の知恵か。


 それとも……











 リンスフィアの北、小高い丘の麓に樹々が生い茂る林があった。魔獣が跋扈する森とは違うが、整備された道は無く薄暗い。それでも人のいた気配はあった。小さな泉もあり、どこか長閑な雰囲気すら感じる程だ。


 森人によれば遠くに見える街道よりも早く、リンスフィアに到着出来るらしい。今や騎士と森人は協力し、持つ力と知恵を集めていた。


 お互いが手段こそ違えども人々の為に存在する。それでも独特の隔意があり、遠慮すらあったのだ。騎士からすれば森に紛れコソコソと動き回る森人は奇異に映ったし、森人からすればドタバタと走り回る騎士は滑稽に思えた。


 だから、騎士団の中に数人の森人が紛れているのは酷く珍しかった。


 だが、聖女の存在が全てを変えたのだ。瀕死の騎士を救い、森人も例外では無い。小さな子供にも慈愛は注ぎ、遍く存在に降り注ぐのだ。


 南の森では、騎士と森人が共同戦線を張って戦った。その結果、聖女は信じられない発見を齎したのだ。魔獣は森の奥深くにいるのでは無く、地中に巣を作り広く潜んでいると。


 様々な出来事が鎖のように連鎖し、編まれて広がっていく。危機感を強めた皆は、アストを筆頭にして繋がっていった。また一つ聖女が変化をもたらせた一例だ。


「ここだ」


 森人の一人が並走していた中隊長へ声を掛けた。


 中隊長は馬の足を止め、隊へ合図を送った。僅かな囁きすら漏れず、団はピタリと動きが無くなった。


 地図を広げた中隊長は暫し考え、質問を投げ掛ける。


「避難民は此処を使わないのは間違いないかい? 避難路を絶っては元も子もないからね。西から流れて来る時、冷静でいられる訳もないし」


 緩い投げ掛けだが、重要な事だ。彼等の任務は避難民がリンスフィアに入る時間を稼ぐ事なのだから。


「ああ、間違いない。向こうからは此方側が遠く見える上に、傍目には森と思えるだろう。それに……実際は錯覚だが、丘が酷く高く感じるからな。知らなければ絶対に進路を変えない」


「ふーん……もし、避難民に森人が紛れていたら?」


 やはり緩い言葉だが、万が一の可能性も許さない意志を感じる。


「街道は大勢が進むなら間違いなく効率がいい。仮に俺が居ても、群衆の流れに逆らってまで向かわないな。こっちは見ての通り面倒な道だ。もし来ても……そいつらは森人だ。気にしなくてもどうにでもするさ」


「魔獣だって来ないかも知れないよ? あっちに行ったらどうするのさ?」


「はあ……あんた分かってて言ってるだろう? なら誘い込めよ。何の為の隊なんだ」


 中隊長はふふふと笑い、森人へ戦友としての賛辞を心で唱えた。


「終わったら酒を飲もうよ。噂じゃ聖女様も酒が大好きらしくて、よく酔い潰れてるってさ」


「そんな訳ないだろう!? 俺は聖女様を遠目だが見たんだ。あんな儚い美しい方が酒に呑まれるなどある訳がない!」


 残念ながら、噂は真実だ。アスティアがいれば、そうなのよ!と深く頷いただろう。


「そうかい? 出来るなら聖女様に酒を注いで貰いたいなぁ……君もそう思うだろう?」


「そりゃ……」


 森人は思わず聖女が隣に座り、優しく微笑むのを想像する。手には酒があり、さあどうぞと此方を見て笑うのだ。正に神々、いや女神が降臨する……隣に。


 ふと見ると中隊長がニヤニヤと森人を見ていた。


「あれぇ? 何を想像してるのかなぁ? 神々の使徒、聖女様に対して失礼が無いようにね?」


 静かにしていた周囲の騎士達からも笑いが溢れて、空気が弛緩した。


「くっ……てめえから振っておいて……」


 森人は嵌められたと知ったが、同時に指揮官として緊張を解きほぐしているのが分かる。実際に自然な目線を周囲に配っているのだ。見た目は若いが、中隊長となれば数百人規模を指揮する。それこそ見た目や年齢など当てにはならない。リンスフィア最高の隊商、マファルダストの隊長すら美人の女性だったのだ。


「さて、旨い酒を飲む為にも仕事を頑張りますかね」


 中隊長は馬を回し、後ろから追随していた隊へ振り返った。


「各小隊長は予定通りだ。二隊は林の反対側へ、魔獣の流れを此方に誘導しろ。残りは燃える水を決められた場所へ配置。この林は燃やしてもいいが、隊が抜けるまでは我慢しろよ。それと……確認だが、任務は時間稼ぎだ。下らない誇りなどその辺に捨てておけ、突出する様な馬鹿は我が隊にはいない筈だ!」


「「おう!!」」


 案の定、先程までの中隊長は消えて本物の騎士がいた。


「森人の皆は牽制に加わって欲しい。騎士など到底及ばない弓の腕、拝見させて頂く。それと指揮権は私が持つが、君たちには独自に動いて貰いたい。森人の知恵に期待している」


「……任せておけ。燃える水の配置には森人の意見を参考にして貰いたい。此処は森では無くとも役には立つだろう。それと……」


「それと?」


「さっきの話だ。お互い最高の店を用意して、最高の酒を呑む。勝負だな」


「ははっ、いいね! まあ、負けないけどね!」


「言ってろ」


 それを合図に中隊と森人は動き出した。















 連なる馬車の列は、一路リンスフィアに向かっていた。何人かの騎士はいるが、殆どは着の身着のまま逃げてきた住民達だ。


「もう少しでリンスフィアだ……」

「くそっ……魔獣め……」

「魔獣もだが、騎士が誘導したって……嘘だと思いたいが」

「馬鹿を言うな! あの戦いを見なかったのか! あれ程の群れに立ち向かった騎士達を愚弄するなど許されないぞ! 誰のお陰で……」

「だが見た奴がいるんだよ! 態とテルチブラーノに引き込んだって!」

「お前……!!」


 今にも殴り合いになりそうな男達を誰も止めたりしない。疲れは勿論だが、故郷が失われた事を受け止める事が出来ないのだろう。皆が疲労感と悲壮感を漂わせ、下に俯いていた。


「主戦派だよ」


「……なんだって……?」


 俯いていた一人がボソリと呟いた。


「知らないのか……? アイツらは主戦派の連中だよ。奴等は人の命なんて気にしちゃいないのさ……ただ魔獣と戦えればいいだけ。頭の狂った狂信者どもめ……不遜にも聖女様を巻き込もうとしてるんだよ」


「聖女? 黒神の聖女か?」


「ああ……俺は聖女様を見た事がある。噂通りのお人だよ。瀕死の森人達を一瞬で癒したんだ。しかも見返りすら求めずに、すぐに居なくなっちまった。あれ程の慈愛と癒しの力を持つのは、間違いなく聖女さ。奴等はリンスフィアなら聖女様が助けてくださると思ってるんだ……聖女とは言え、まだ子供なのに……クズどもが……」


「なら、奴等のせいで……」


 テルチブラーノからの避難民の会話は、新たな声に掻き消された。何人かは荷台の後方へ駆け寄り、遠ざかる西側を確認する。


「魔獣だ!! 奴等が逃げて来るぞ!」


 追随していた騎士達は列の後方へ走りつつ、声を荒げた。


「全員リンスフィアへ急ぐんだ! 余計な荷物は捨てて出来るだけ荷台を軽くするんだ! 走れ!」


 言いながらも間に合わないと分かっている。当たり前だが騎馬が駆ける速度と人を満載にした馬車など比較するのも馬鹿らしい。だが少しでも時間を稼がなければ……


「騎士隊、抜剣! 走り来る騎士は主戦派だ! 今更相手にしても意味がないぞ! 燃える水を!時間を稼ぐ!」


「「おう!!」」


 間違いなく捨て石となる騎士達だが、士気は衰えていない。彼等の家族や顔見知りが馬車に乗っているのだ。騎士の誇りを汚すなど決して有り得ない。


 テルチブラーノの住民達は騎士へ祈りを捧げ、同時に心からの感謝と詫びを告げる。


 既に迫り来る主戦派の騎士達、奴等の顔が判別出来る距離まで迫っていた。少し間を置き赤い波が追いかけて来る。主戦派達は当たりもしない矢を放ち、魔獣を挑発する。時には数騎が突撃し、自らの身体を撒き餌にすらしていた。











「前方に避難民! 列になってるぞ!」


 主戦派の騎士達は、ここから右に折れて最短距離でリンスフィアに向かう予定だった。森人が使う道を辿れば半日は短縮出来る筈だったのだ。避難民に追い付く事は無いと思っていたが、思いの外速度が出ていない。


「……予定を変更する! このまま街道に沿って進むぞ! 魔獣共を列に突っ込ませて、俺達は離脱! リンスフィアへ彼らが誘導してくれるだろう!」


 余りに非道な宣言だが、狂った信仰は人を歪ませていく。先を走る避難民すら、聖戦への尊い犠牲に見えていた。


「騎士数騎あり、分隊規模!」


「気にするな! 走り抜ければいい!」


「よし、もうすぐリンスフィ……ぐぇっ!」


 先頭を走る騎士の肩に矢が突き立った。たまらず落馬する姿に周囲の者は射線を確認しながら散開する。


「予定進路方向だ! くっ……小隊だと! リンスフィア本隊か!」


 見れば林の方から二つの小隊が走り来ている。土煙を上げながらも矢を放つ腕は相当なものだ。中には森人らしき姿もあり、混成部隊の様相だった。


「仕方ない、奴等になすりつけるぞ! 避難民は放っておけ! 牽制の弓と燃える水を! 燃える水は街道に撒け!」


 そのうち魔獣の群れは進路を変え、遠くに見える林へと向かって行く。


 その数は優に数百を超え、後ろには第二第三の波が続いていた。その全てが見事に誘導される様は、皮肉にも主戦派達の練度の高さを示している。


 流れが変わった魔獣の波を確認し、小隊も転進。残りの隊が待つ林へと誘導して行った。


 リンディアの騎士、その誇りは多くの命を救ったのだ。


 そうして……残ったテルチブラーノの住民達の殆どは、無事リンスフィアに到着する事になる。


 これは、各地で起きた小規模戦闘の一部……南でも、北でも、報せの少ない東ですら例外では無い。


 騎士は正に、リンディアの剣と盾そのものだった。












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