第92話 IGNITE SUMMER
七月の夕暮れが渋谷の街を橙色に染める頃、センター街から少し離れたファミレスは平日の夕食時特有の賑わいを見せていた。
冷房の効いた店内には、学校帰りの学生たちや仕事を終えたサラリーマンの声が心地よく響いている。窓際の席からは、まだ明るい空と行き交う人々の姿が見え、都市の夕方らしい慌ただしくも穏やかな空気が流れていた。
そんな中、奥の四人席のソファーに俺たちは向かい合って座っていた。俺の隣には美紗、向かい側には北斗と美弥。テーブルには注文したドリンクが並び、氷の音がグラスの中で小さく響いている。
なぜこんな状況になっているかといえば……。
マクドナルドでの一件の後、北斗が急に「ちょっと顔合わせしたい」と言い出したのがきっかけだった。しかも彼女が欠員があるなら生ライブに参加してくれると言ってくれているのだから、まあ確かに一度きちんと話し合う必要はある。
俺は北斗たちに、美紗との出会いについて軽く説明していた。ストリートピアノでの連弾から始まっった不思議な縁だと。もちろん、美紗がCANARYのボーカルかもしれないという推測は伏せて。
ただ、今の状況は俺が想像していたものとは少し違っていた。
「では……面接を始めます」
美弥が、いつの間にかかけていた眼鏡をくいっと少しだけ上げながら、低い声でぼそりと言った。その眼鏡はどこから出てきたんだ……?さっきまでかけてなかったよな?ていうか初めて見たんだが……。
美弥の前には、まるで面接官のように資料らしきメモ用紙が置かれていて、手にはボールペンまで握られている。その様子があまりにも本格的で、俺は思わず目を丸くした。
「……」
黙っていた美紗が、ついに耐えかねたように俺の耳元に身を寄せてきた。
「ねえ、これなんの茶番……?」
美紗の吐息が耳にかかって、俺の心臓が小さく跳ねる。でも、今はそれどころじゃない。
「えーと……うん、まあちょっとだけ付き合ってあげて……」
俺は諦めたような苦笑いを浮かべながら、小さな声で美紗に答えた。
「では質問です……」
美弥が資料に目を落としながら、まるで本物の面接官のように淡々とした口調で続ける。そして、顔を上げて美紗を見据えた。
「貴方は優Pの事が好き?」
ズバッと、核心を突くような質問が放たれた。
「げほっ……!」
俺は思わず含んでいた水を吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。
一方の美紗は、驚きのあまり顔を真っ赤にしながら慌てて立ち上がった。
「はあっ!ちょっ!何言ってるのアンタ!?そんなわけないでしょ!」
美紗の声が店内に響き、近くの席の客たちがチラリとこちらを見る。美紗は手をひらひらと振りながら、明らかに動揺していた。
「反応が怪しい……」
美弥が眼鏡を光らせながら、隣の北斗に向かって冷静に分析する。
「この女は危険なので不採用にすべきです」
「気は済んだか圧迫面接官さんよ!」
北斗の声と共に、美弥の額に鋭いデコピンが炸裂した。
「ふおぉっ!」
美弥は額を押さえながら、ソファの上で小さく蹲った。その時の音がやけにいい音だったのは、きっと気のせいじゃないだろう。
ナイスだ北斗……。
俺は生暖かい目で美弥を見つめた。相変わらずだな……。
「ねえ……帰っていい?」
美紗が呆れ果てた表情で、疲れたようにため息をついた。
「顔合わせしたいっていうから優斗についてきたんだけど……」
美紗の言葉には、もっともな苛立ちが込められていた。確かに、こんな茶番を見せられたら帰りたくもなるだろう。
「ああ!ちょい待ち、冗談だって冗談!」
北斗が慌てたように両手を上げて、美紗に向かって苦笑いを浮かべた。
「改めて自己紹介させてもらうからさ。俺は北斗だ。で、こっちのちっこいのが美弥」
北斗が美弥を指さしながら紹介すると、美弥は額をさすりながら小さく手を振った。
「よろしく……っていうか、貴女の事はよく知ってるのよね」
美紗が少し表情を和らげながら言った。
「ボカロには興味ないけど、貴方がよくモデルしてるハイブランドのスレイブ、私ファンなんだ」
そう言って美紗は、自分の首元にはめてあるベルト型のチョーカーを指先で摘まんで見せた。黒いレザーに銀の金具が映える、確かにスタイリッシュなデザインだった。
「おっ!それ先月発売したばっかの新作じゃん!」
北斗の目が一気に輝いた。
「いいねぇ、俺もそこのデザイン好きだからさ、そことはよく仕事してるんだわ。センスいいじゃん!個性跳ねてていいよな」
「分かる。スレイブって他のブランドと比べてけっこう尖ってるよね」
美紗も嬉しそうに同調しながら話し始めた。
「コンセプトが一貫してるっていうか、媚びない感じが好き」
「そうそう!まさにそれ!」
北斗が身を乗り出すように興奮して答える。
「特に今季のコレクションなんて、もう完全に俺のツボで……」
あっという間に二人はファッションの話で盛り上がり始めた。北斗のこういうところ、本当に羨ましく感じる。初対面の人とでも、共通の話題があればすぐに打ち解けてしまうんだから。もはや彼女の特技だ
「あ、そうそう、私の紹介がまだだったね」
美紗がふと思い出したように手を叩いた。
「私は東雲美紗。十八歳で、今年で十九。たぶん皆より一つ年上」
「先輩だったのか!」
北斗が驚いたような声を上げる。
「でも見た目全然そんな風に見えないよな?俺と同い年くらいかと思ってた」
「よく言われる」
美紗が苦笑いしながら答えた。
「んで?さっき電話口じゃプロって名乗ってたけど?」
北斗がテーブルに頬杖をつきながら、興味深そうに美紗を見つめた。
その瞬間、美紗が一瞬だけ俺の方をチラリと見た。その視線には、何かを確かめるような意味が込められているような気がした。
俺は薄々気づいている。マクドナルドで美紗の歌声を聴いた時から、彼女がCANARYのボーカルじゃないかという確信に近い推測を抱いていた。
八王子オクトーレで拓哉がスマホで聴かせてくれた最新のヒット曲、CANARYの「Luminous」……あのボーカルの声と、美紗の歌声がそっくりだったから。
美紗は俺の目をじっと見つめ、何かを確かめるように小さく微笑んだ。それから北斗に向き直る。
「まあ多分ある程度察しはついてると思うけど……まだ名乗るわけにはいかないかな」
美紗が慎重に言葉を選びながら答えた。
「こっちにも条件があるし……」
「条件……?優Pの正妻の座はもう埋まってる。諦めるがいい」
突然、美弥がストローを美紗に向けて、まるで剣を突きつけるような仕草で言った。眼鏡の奥で目がキラリと光っている。
パチン!
北斗が無言で美弥の額に痛烈なデコピンを放った。今度は容赦がない。
「ふおぉぉっ!」
美弥はソファの上で額を押さえながら、まるで芋虫のようにじたばたと悶えている。
「で?条件だったか?」
北斗は何事もなかったかのように、再び美紗に向き直って聞き返した。その切り替えの早さがある意味すごい。
「ねえ、本当にこの人たち大丈夫なの……?」
美紗が不安そうに俺の耳元で囁いた。その声には心配と困惑が入り混じっている。
「あ、うん。発作みたいなもんだから気にしないで……」
俺は小さくため息をつきながら、申し訳なさそうに美紗に答えた。いつものことだけど、やっぱり他人に見せるのは恥ずかしい。
美紗も深くふうっと息をついて、ようやく落ち着いた様子で口を開いた。
「まず最初に言っておくけど……私の正体は明かさない」
美紗の表情が一気に真剣になった。さっきまでの困惑した様子とは打って変わって、その顔には強い意志が宿っている。
「あくまでも代理として参加するってことにしてほしい。それが絶対条件」
その声には、交渉の余地がないという確固たる決意が込められていた。
「そいつは関係者にバレるとまずいって事か?」
北斗が興味深そうに身を乗り出しながら聞き返す。ファミレスの照明が北斗の金髪を照らして、いつもよりも真剣な表情が際立って見えた。
「まあ事務所を通さないから色々と面倒なのよ……」
美紗が少し苦しそうに言葉を選びながら答える。
「金銭的な絡みはないからそこまで面倒事はないけど……ただ……」
そこで美紗の声が小さくなり、言い淀んでしまった。何か言いにくい事情があるのだろうか。
「ただ……?」
北斗が促すように聞く。俺も美紗の次の言葉を待った。きっと、彼女なりの深い理由があるんだろう。
「私のバンド、今顔出しNGでやってるんだけど……」
美紗がテーブルの上で指を組みながら、慎重に言葉を紡いだ。
「次のライブで顔出し解禁することに決めてるの。だからもし私を出したいなら、申し訳ないけどそれまでは顔出しはできない」
すると、北斗が俺の方をニヤニヤしながらチラリと見た。
「なるほど。覆面メンバーが増えるって事か」
北斗が納得したように頷きながら、茶化すような調子で続けた。
「こりゃ俺と美弥も覆面被った方がいいかもな。統一感出すためにさ」
「任せろ」
美弥がスマホの画面を見つめながら、ぼそりと呟いた。
「私が北斗のために素敵なゴリラの仮面をポチっとく。お似合いだと思う」
その瞬間、北斗の手が美弥に向かって伸びた。デコピンが炸裂する――と思ったその時だった。
カチン!
美弥が珈琲カップの受け皿を盾のように使って、北斗のデコピンを見事に防いだ。金属と指がぶつかる音が、ファミレスの中に響く。
「くっ!てめぇ……!」
北斗が防がれた指を痛そうに引っ込めながら、悔しそうに呻く。
「脳筋ゴリラ……同じ手は二度も通用しない」
美弥が受け皿を机に戻しながら、勝ち誇ったような不敵な笑みを浮かべた。その表情はまるで、長年の宿敵に勝利を収めた戦士のようだった。
「はぁ……」
美紗が深いため息をついて、呆れながら頭を振った。肩も心なしか落ちているように見える。
「まだ話してる途中なんだけど……続けてもいい?」
その声には、明らかに疲労の色が滲んでいる。なんだか本当に申し訳なくなってくる。
「ごめん、どうぞ……」
俺は深々と頭を下げて美紗に謝った。
「いいわよ。うちも似たようなとこあるし……それよりいい?ここが重要なのよ」
美紗が人差し指を立てて、改めて真剣な表情になった。
「八月末の……私たちの野外ライブに、優斗にどうしても出てほしい」
美紗が腕を組みながら、北斗に向かって真剣に言った。その目には、これまでとは違う強い意志が宿っている。
「それって、前に言ってたライブの話……?」
俺の頭の中で、千絵の結婚式での会話が蘇ってきた。確かあの時、千絵がライブに誘ってくれていた。
「えっ?ちょっと待って……」
俺の顔がだんだん青ざめていく。忘れていた。あの時は千絵から「大した箱じゃない」って聞かされていたけど……美紗がCANARYということは、ライブって……。
俺の喉がごくりと音を立てた。まさか、まさかとは思うけど……。
「八月末の野外って……え?」
北斗も何かに気づいたように眉をひそめる。
「それってIGNITE SUMMERフェス……はは、まさか、な……?」
乾いた笑い声を上げる北斗。でも、その笑顔はどこか引きつっているように見える。
美紗がにやりと、意味深な笑みを浮かべて北斗を見つめた。
その瞬間、俺と北斗の間に重い沈黙が流れた。
「おいおいマジかよ……IGNITE SUMMER……あの十万人規模の……」
北斗の顔が青ざめていく。まるで血の気がスーッと引いていくのが見て取れた。流石に唖然としながら、苦笑いを浮かべている。
俺も北斗も、完全に固まってしまった。IGNITE SUMMERフェス……日本最大級の音楽フェスじゃないか。
「いやいやいや、ちょっと待って!」
俺は慌てて両手をぶんぶんと振り回した。
「無理だよ!絶対無理!流石に規模が――」
「なあ優」
突然、北斗の声のトーンが変わった。まるで優しいお母さんが子供をあやすような、異様に穏やかな口調だった。
ゾクッ。
俺の背筋に悪寒が走る。この北斗は危険だ。
「ステラノートのピンチなんだ……分かってくれるよな?」
北斗がにっこりと、人形のような完璧な笑顔を浮かべながら俺に迫ってきた。その笑顔があまりにも不自然で、逆に恐怖を感じる。
「い、いやでもさすがに野外フェスとは聞いてないよ!」
俺は必死に身を引こうとした。
「俺、大した箱じゃないって聞いてたんだ――」
がしっ!
突然、俺の肩に鉄の爪のような何かが食い込んだ。
「ぎゃああああ!」
思わず悲鳴を上げる俺。北斗の手が、油圧式の機械のように俺の肩を掴んでいた。
「分かってくれるよな~?」
北斗が依然として人形のような笑顔を保ちながら、俺を見下ろしてきた。その目が全然笑っていない。むしろ何か黒いオーラが見える気がする。
「肩!肩外れるっ!」
俺は掴まれた手をどかそうと必死にもがいたけれど、北斗の腕はびくともしない。
「アーメン……」
美弥が他人事のように呟きながら、ポテトをもしゃもしゃと食べている。
「え、ちょっと、大丈夫なの?」
美紗が慌てたように立ち上がろうとする。
「大丈夫、定期定期」
美弥が手を振りながら当たり前のように答えた。
「ん~?どうかな~?」
北斗がさらに笑顔を深めながら、俺の肩に力を込める。
「うぎゃあああ!わ、分かった!分かったから!」
ついに観念した俺は、白旗を上げるように両手をぶんぶんと振った。
「サンキュー優!やっぱお前は話の分かるやつだな!」
途端に北斗の表情が一変し、いつもの明るい笑顔に戻った。俺の肩からも瞬時に手が離される。
「ねぇ……この人たち、本当に大丈夫?」
美紗が引きつった笑顔で聞いてきた。まるで危険な動物を檻の向こうから眺めているような表情だ。
「ハハ……う、うん、多分……」
俺は肩をさすりながら、満足げな笑みを浮かべる北斗を恨めしそうに眺めた。どうしてこうなった……。
「なんか色々ごめん……でもありがと、優斗」
美紗が両手を合わせながら俺に向かって微笑んだ。
「これで千絵たちにも良い報告ができそう。本当に助かったよ」
その笑顔はとても自然で、さっきまでの困惑した様子が嘘のようだった。
まあそこまで彼女たちに望まれていたんだと思うと、俺も悪い気はしない。
「よっし!これで問題解決だな!」
北斗がテーブルの上のオレンジジュースを豪快に一気飲みした。ストローがズズズズと音を立てて、あっという間にグラスが空になる。
「問題山積みだよ、ったく……」
俺は肩をさすりながら小さく呟いた。IGNITE SUMMERフェスなんて、考えただけで気が遠くなりそうだ。
その時だった。
――ピロロン。
俺のスマホから、メッセージの通知音が響いた。
「ん?なんだろう……」
俺がスマホを手に取って画面を確認すると、拓哉の名前が表示されていた。メッセージと一緒に、動画サイトのURLも送られてきている。
『動画アップしといたぜ!軽いぼかしだけ入れてある。あと一応ぼかしなしの元動画も送っといたから確認しといて。それとマークシティーの動画だけはご希望通り上げてないから安心してくれ』
拓哉らしい、気の利いた配慮だった。
後で拓哉にお礼言わないとだな。
「あ、北斗」
俺が顔を上げて北斗の方を見た。
「撮りためてた動画、今もらったよ」
「あっ、もしかしてストリートピアノのやつ?」
美紗が身を乗り出すように興味を示した。
「私も観たい!あの後他でどんな演奏してるのか気になってたんだ」
「あ、じゃあ皆にも送るよ」
俺はスマホを操作して、北斗、美紗、美弥の連絡先に動画送った。
「おっ、サンキュー」
北斗がスマホを取り出しながら言った。
「早速チェックしてみっか」
皆がそれぞれスマホの画面に集中し始める。ファミレスの席が、まるで映画鑑賞会のような雰囲気になった。
俺も気になって動画を開いてみた。そこには成田空港での演奏の様子が映っていた。ジョエルさんとの共演……あの時の演奏は本当に楽しかった。
俺にとって、あの出会いは特別なものだった。自分の知らなかった音楽の世界が切り開けたような、もう一度ピアノに向き直ることができた貴重な体験。ジョエルさんの優しい指導と、あの時感じた音楽の深さは、今でも俺の心に残っている。
「やっば……優斗ほんと凄すぎだって……」
美紗が画面を見つめながら、顔を赤らめて呟いた。その表情は、まるで憧れのアーティストのライブ映像を見ているファンのようだった。
見てるこっちまで照れてしまう。
「流石旦那様……」
美弥もスマホを見ながら、感心したような声を漏らしている。
俺は照れくさくなって、グラスの水を飲んだ。褒められるのは嬉しいけれど、やっぱり恥ずかしい。
その時だった。
「お、お前なんだこれ!?」
突然、北斗だけが席から勢いよく立ち上がった。その声は明らかに動揺していて、スマホを持つ手が震えている。
「えっ?」
俺は首をひねった。
「何って、北斗が言ったストリート行脚のデータだけど……?」
何に声を荒げているのか、全然分からない。
「じゃなくてこれだよこれ!」
北斗がスマホの画面を俺に突きつけながら、画面の人物を指差した。
そこには空港でジョエルさんと演奏する俺の姿が映っている。確かに楽しそうに弾いている俺と、隣で優しく微笑んでいるジョエルさんの姿が……。
「ああ、それは空港で出会った人なんだけど――」
俺が説明しようとした瞬間、北斗がそれを遮るように大声を上げた。
「これディー・ジョエルだぞ!?世界のディー・ジョエル!ビルボードチャートにガンガン入ってる超有名人だぞ!?」
「はぁっ!?」
俺の目が点になった。
「ビ、ビルボード……あの世界的な……?」
「そうだよ!しかも――」
北斗がさらに爆弾を投下した。
「真珠の親父だ!」
「へっ……?」
間抜けな声と共に、俺の思考が完全に停止した。
「真珠の……お父さん……?」
「そうだよ!お前まさか知らないで一緒に演奏してたの!?」
カラン……
握りしめていた手からスマホが滑り落ち、床に落ちた。
「えっ……えっ……えっ……?」
脳内で、情報が整理できずにぐるぐると回転している。
ジョエルさんが……真珠のお父さん……?
世界的に有名な音楽家……?
俺が一緒に演奏した……?
「うわあああああああ!」
ついに俺の理性が崩壊した。椅子から立ち上がろうとして足がもつれ、そのまま美紗の方にダイブ。
「きゃああああ!」
美紗が顔を真っ赤にしながら、慌てて叫んだ。その声が店内に響く。
「ちょ、ちょっと優斗!いきなり膝枕って、ちょっとそれは流石に早いってば!」
「え?ひ、膝っ……うわぁぁっ!?ご、ごめん!」
「……正妻の目の前で堂々と浮気……」
美弥が冷たい口調で呟いた。
「そんなにデススクラッチが聴きたいのか……」
「ま、待て待て待て!ファミレスでそれはマジやめろ!」
「聴け、悪魔の悲鳴――モガッ」
北斗が慌てて美弥を止めに入った。俺は美紗の膝から慌てて離れようとして、逆方向の椅子に頭をぶつけて盛大にひっくり返った。
「うわあああ!」
ガタンッ!
椅子が倒れる音が店内に響く。
「あの……お客様……」
険しい表情の店員さんが俺たちのテーブルに近づいてきた。
「店内ではもう少し……その……お静かに……」
周りを見回すと、他の客たちが皆、まるで動物園の珍しい動物を見るような目でこちらを見つめている。
「うっ、す、すみません!」
必死に謝罪しながらも、俺の脳内は完全にショート寸前だった。
ジョエルさんが真珠のお父さん……。
「真珠のお父さんと演奏って……」
情報が多すぎて、もう何が何だか分からない。
夕暮れのガラス窓の向こうで、平和な日常風景が静かに流れている。なのに、この席だけは混乱の真っただ中だった……。




