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第59話 ドキドキとモヤモヤ

 夜の帳が降りた部屋に私は一人座っていた。窓から差し込む街灯の明かりが天井に揺らめく影を作る。その光が私の持つスマホの画面を照らし、北斗の声が小さなスピーカーから飛び出してきた。


「はあっ!?チュウしたぁ!?」


 北斗の驚きの声に、思わず私は耳から離してしまった。さっきまで普通に話していたのに、急に爆弾を投下されたみたいな反応をされると心臓が持たない。


「お、おでこ!おでこにだよ!」


 そう、おでこに、ほんのチョンと。一瞬だけ触れたくらいなんだから。でもそれを北斗に説明するのは妙に恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じる。


「で、でっ!?」


 北斗の息遣いが荒くなっている。北斗ってたまにこういう話に食いつくんだよね。もう……。


「でって何よ……?」


 心臓が高鳴る。私は膝を抱え込むようにして、小さな声で返す。北斗の質問の意図が分からないはずもないのに、確認せずにはいられなかった。


「や……ヤったのか……?」


 スマホ越しに北斗が喉を鳴らす音が聞こえた。一瞬、頭の中が真っ白になる。「やる」って、そういう意味!?真っ暗な部屋の中で、私の顔が熱くなった。


 私と優がそんな……考えるだけで息が詰まりそう。


「はあっ!ばっ、ばっかじゃないのっ!」


 思わず大声が出てしまった。家族が寝ている時間だということに気づいて、慌てて口を押さえる。こんなことで起こされたら、説明なんてできない。


「誤魔化すなよ!どうなんだよ!?え?やっぱ初めてって――」


 北斗の声がさらに興奮を帯びてくる。本当に楽しんでるんだから。女の子同士でこんな話、普通なのかもしれないけど、北斗があんまりにもしつこいから段々と腹が立ってきた。


「北斗……」


 名前を呼ぶだけで、私の怒りが伝わったようだ。一拍の沈黙の後、北斗がため息をついた。


「んだよ、つまんねえな~」


 不満そうな声。


 そんな拗ねた声で言ってもダメなものはダメなの!


「私で遊ばないで!その後優がふらふらだったから少し休んで帰ったもん」


 「ふん」と鼻を鳴らして言う私。あの公園のベンチで優が具合悪そうにふらついた時は、本当に心配した。優も演奏で疲れたのかな、それとも緊張のせいかな……。でも何より、私があんなことをした後だったからとか……?また顔が熱くなる。


「ホテルで?」


 いつもの北斗に戻った意地悪な声。


「ちがーうっ!」


 また声が大きくなった。枕に顔を埋めて、静かに絶叫する。


 もう北斗って本当に北斗なんだから!


「わりぃわりぃ、そう怒るなってちょっと興奮しただけだってば」


 笑いをこらえきれないように言う北斗。自分で蒔いた種とはいえ、こんなにからかわれるとは思わなかった。


「もう……」


 ため息をついて、窓の外を見る。小さな星がぽつりと光っている。あの星を見上げながら、優と並んで歩いていた今日のことを思い出す。まるで夢みたいだった時間。


 少し雰囲気が落ち着いたところで、北斗が声のトーンを変えた。


「それで?告白はしたんだろ?」


 さらりと聞かれて、私は思わず息を飲んだ。そうだった、そもそも今日は優に想いを伝えるって決めて出かけたんだった。最初から緊張しすぎて、気づけば自然な流れで二人で歩いて、でも何も言えないまま……。


「してない……」


 正直に答えると、北斗が呆れたように声を上げた。


「はぁっ?何で?そこまで言ったら後は告白するだけだろ?」


 その言い方に、私は少し反発を感じつつも、自分自身にも苛立ちを覚えていた。北斗の言う通り、もう一歩だったのに、どうして踏み出せなかったのだろう。


「そ、それは……」


 言葉に詰まる。理由はあるけど、それを口にするのは妙に躊躇われる。だって、言えば北斗はきっと私を怒るだろうから。


「なんだ?なんかあったのか?」


 北斗の声がいつになく真剣になった。やっぱり勘が鋭い。いつもそうだ、北斗はその鋭い視線で私の気持ちを見透かしてくる。私の顔が見えないのに、どうしてこんなに的確に察することができるのだろう。


「うん……実はね……」


 私は深呼吸をして、今日のことを話し始めた。優と一緒に歩いていると、広場から歓声が聞こえてきて、そこにカルマ君がいて……。優がカルマとピアノでセッションすることになった経緯、そして優の奮闘ぶり。話しながら、胸の奥で渦巻いていた感情が少しずつ整理されていくのを感じた。


「まじかよ……しかもあのカルマか……しかし優もよくその話受けたよな。あいつの性格なら断りそうなもんだけど……」


 北斗が首をひねるように言う。その言葉に、私もずっと引っかかっていたことが浮かび上がってきた。そう、確かに優はあんな突然の申し出に、普通なら断るはずなのに……。


「うん……私もなんか変だなって思ったけど、優がやるって言うから……でもね、問題はそこじゃなくて……」


 声が自然と重くなる。話すべきか迷う。けれど、この感情を一人で抱えていても仕方ない。北斗なら、きっと理解してくれるはず。


「言ってみろよ。聴いてやっから」


 北斗の声は、意外にも落ち着いていた。いつものように茶化すでもなく、真剣に聞く姿勢に、少し勇気がわいてきた。


「カルマ君が……私の魔法使いだった……」


 言葉にした瞬間、その現実感のなさに自分でも戸惑った。あんな偶然があるなんて、まるでドラマの中の出来事のようで現実とは思えない。


「魔法使いって……っはあっ!?カルマが!?お前の初恋の相手だってか!?」


 北斗の驚きの声に、思わず私も微かに笑みがこぼれた。


 そうだよね、こんな展開、誰だって驚くよね。


「うん……カルマ君にそう聞いたの……」


 セッションの前、カルマ君が私を呼び止めた時のことを思い出す。『本当は言うか迷ったけど、僕が君とおもちゃ売り場で会った魔法使いだよ』。その言葉が耳に残り続けていた。


 信じられなかった。だって、この話は北斗以外に知ってるのはうちの両親だけ。北斗が誰かに話すことなんてないし、だとしたらやっぱりカルマ君が……。幼い頃に夢中になった「魔法使いの男の子」、辛い日々を送っていた私に、音楽の素晴らしさを改めて教えてくれた人。


 胸の奥で、何とも言えない感情が渦巻いていた。嬉しさ?驚き?それとも……戸惑い?


「まさかあのカルマがな……でも真珠って、前あいつに告白されたよな?コラボイベントで皆が集まってる前で。しかもお前速攻できっぱり振ってたよな。あれマジで皆唖然としたけど」


 北斗の言葉に、記憶が鮮明によみがえった。あれは去年の冬、大きなイベントの打ち上げの場で。カルマ君が突然私に告白してきて、その場にいた業界人全員が息を飲んだ。でも私はすぐに断ってしまった。その時は、ただカルマの熱意に驚いただけで、気持ちを整理する暇もなかった。


「うん……そりゃカルマ君は良い人だし、ピアノだって凄く綺麗で憧れる人ではあるけど、それは恋愛からくる好きじゃないもん……あくまで尊敬だけだし……」


 そう、私にとってカルマ君はあくまでも尊敬の対象。恋愛感情なんて持ったことなかった。だけど今考えると、彼が「魔法使い」だと知っていたら、また違った反応をしていたかもしれない。そんな考えが頭をよぎって、自己嫌悪になる。


「だったら別にいいじゃねえか。カルマがお前の初恋だったとしても、今は優がすきなんだろ?」


 北斗のそのまっすぐな言葉に、私は思わず目を閉じた。そう、それが全てなんだ。過去はどうだったとしても、今の私の気持ちが大事なんだ。


「そうだけど……」


 心の奥で、まだ何かが引っかかる。拗ねるように答える自分が、子供っぽく思えた。


「お、やっと認めやがったな」


 北斗の声に意地悪な笑みが浮かんでいるのが、声だけで分かる。


「な、なによ!どうせ知ってたでしょ!今更いじんないでよ!」


 なんかむかつく。


 北斗にはハッキリ言ってなかった分、ちょっと恥ずかしい。


「まあ、あれだけ分りやすかったらな~」


 呆れを通り越した声で言う北斗。そんなに分かりやすかったかな……?優との間で取り繕ってきたつもりだったのに……。


「そ、そんなに分りやすかった?」


 パニック混じりに聞き返す私。もしかして優以外の皆にバレてたの?いや、私そんなに分かりやすく行動してたっけ?


「美弥すら気づいてんぞ。分かってねえの優くらいだろ。あいつ鈍いしな」


 北斗がけらけらと笑う。まさか美弥まで!?


 急に恥ずかしくなる。だけど、優が気づいてないのはある意味救いかも。だって、心の準備もできてないのに、相手に気持ちを悟られるなんて、考えるだけで頭がパニックになる。


「うっ……そういえば美弥って最近連絡取れてないけど?」


 話題を少し逸らしたくて、ついタイミング悪く美弥の話を出してしまった。


「あいつコロナだってよ。見舞いに行こうか?って聞いたら俺にはこなくていいから優P連れて来いだとよ」


 北斗の言葉に、心配が浮かぶ。美弥とは学校以外で会う機会も少なくて、気にはなっていたけど、あの子がコロナなんて……。


「そうなんだね……大丈夫かな?」


 心配する私の声に、北斗は軽く「あんな事言うくらいだから大丈夫だろ」と答えた。


 病気でも優とセッションしたがるなんて、相変わらずというか美弥らしいというか。


「それより話し戻すけど、カルマの奴今更何でそんなこと真珠に話したんだ?告白した時に言えばいいじゃねえか」


 北斗の問いかけに、私は思わず目を伏せた。そう、それも私が引っかかっているところなんだ。優とのセッションの前、あのタイミングで言われたことが、妙に引っかかっている。


「告白する時に言ったら、なんかそれを使うのは卑怯な気がしたからだって」


 カルマ君の言葉をそのまま繰り返す。本当に彼はそんな言い方だった。まるで映画のセリフみたいに。


「卑怯ねえ……キザっぽい奴だな。それより真珠、お前、変な事考えてねえよな……?」


 北斗の声色が変わった。いつも冗談っぽい調子が消えて、真剣さが滲んでいる。このトーンは北斗が本気で心配している時の声だ。


「へ、変な事って何よ……?」


 胸がドキリとした。北斗ってほんと時々、私の心の奥底まで見透かす時がある。心の中にある、自分でも良く分からない感情の波を見抜かれているみたいで、少し怖くなる。


「優の事が好きなんだよな?だったらカルマの事は気にする必要はないだろ?」


 落ち着き払った声で、北斗がまっすぐに問いかけてくる。この子のこういうところ、大好きだ。いつもはふざけてるくせに、こういう時だけはすごく頼りになる。


「そ、そうだけど……」


 言葉に詰まる。


 頭では分かってるんだ。でも、どうして心がこんなにモヤモヤとするんだろう。


「北斗だって、私が辛い時にあの子の存在が私にとって支えだったのは知ってるでしょ……?」


 少し震える声で言った。小学生の頃、病気になって髪が抜け始めた時の不安と恐怖。そんな辛い日々の中で、おもちゃ売り場で出会った「魔法使い」の記憶だけが希望だった。


「そりゃ前にその話は聞いたよ。お前が闘病生活で一番辛い時に、それが支えになったって」


 北斗の声は静かだった。あの頃、北斗は私の話を黙って聞いてくれた。理解できないはずなのに、それでも寄り添ってくれた。


「ママもパパもその子には本当に感謝してるの。私も……だからなんかその事でモヤモヤするって言うか……こんな気持ちのまま優に告白なんか失礼な気がして……」


 自分の気持ちを言葉にするのは難しい。心の中のモヤモヤを整理できない。かつての「魔法使い」への感謝と尊敬の念。そこに優への想いが加わることで、心が複雑に絡み合ってる。


「アホか。関係ねぇだろ。確かにお前の気持ちは分からねえわけじゃねえけどよ。大事なのは、過去じゃなくて今だろ?」


 北斗の言葉は単純なのに、なぜか私の中ですんなり受け入れられない。頭では分かっているはずなのに、心がまだモヤモヤとしている。何なんだろう……この気持ちの正体は……。


「うん……頭の中では分かってるんだけど……」


 繰り返す私に、北斗のため息が聞こえる。


「カルマが好きになったとか言い出すなよ?」


 突然の北斗の言葉に、私は思わず声を上げた。


「い、言わないよそんな事!」


 心の底から強く否定する。私が好きなのは優なんだから。あの透き通るような演奏、一生懸命な姿、時々見せる脆さも強さも、全部愛おしい。優が他の誰かによって傷つけられるのを見るのはもう嫌だ。



 ……でも今日、カルマ君の演奏を聴いていて気づいてしまった。カルマ君の音色が、どこか優に似ていたこと。まるで優の演奏をそのまま再現したかのような、あの透明感。その類似に気づいた時、胸がざわついた。でも、それはきっと偶然だと思いたい……。


「だったらいいけどよ……くれぐれも早まった事はすんなよ?」


 北斗の声に、不思議と安心感が広がった。すごく頼もしく思える。


 女の子のファンが多いのも頷けるよね。


「うん……分かった。北斗……?」


 少し勇気を出して、北斗を呼ぶ。


「ん?」


 軽い返事。でも、その声に含まれる温かさを感じる。


「話聴いてくれてありがとう……」


 心からの感謝を口にする。北斗と話して、心がほんの少し軽くなった気がする。まだすっきりとはしていないけれど、少なくとも一人でモヤモヤするよりはずっといい。


「おう。じゃあまたな。お休み」


 北斗の声は優しかった。


「うん、お休み」


 最後にそう言って、通話を切った。


 部屋に静寂が戻ってきた。小さな光を放つスマホの画面を見つめながら、今日のことを思い返す。


 初恋の魔法使いがカルマ君……か……。


 小さい頃、病院で辛い治療を受けていた時、おもちゃ売り場で出会った男の子。彼のピアノ演奏に魅了されて、「魔法使い」と呼んだあの子が、まさかこんな形で再会するなんて。人生って不思議だ。


 でもね、私が好きなのは優だけだもん……だからそんなの関係ない。


 そう自分に言い聞かせても、なぜだかまだモヤモヤとした気持ちが晴れない。優しい魔法使いへの憧れと、今の優への想い。それらが入り混じって、胸の奥を重くしている。


 「優の声……聴きたいな……」


 思わず呟いて、スマホを胸に当てる。今この瞬間、優は何をしているんだろう。もう寝てるかな?それとも、今日のことを思い出してるかな?


 窓の外の星を見上げて、目を閉じる。瞼の裏に優の顔が浮かぶ。不安そうな顔で演奏していた姿が、そして堂々と弾き終えた後の誇らしげな表情が、次々と思い浮かんだ。


 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、私は優の顔を思い浮かべていた。そのうち眠りに落ちる頃には、きっとこの気持ちも少しは整理されているだろう。そう信じて、夜の静けさに身を委ねた。

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 何奴も此奴も、下衆野郎が多すぎる。
胡散臭い…
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