五十二話 余裕
強く掴まれた私の腕には、母の爪が食い込んでいる。
額には青筋がピキピキと浮かんでいて、怒っていることが一目瞭然だった。
……まぁ、プライドの高いあなただもの。当然怒るでしょうね。
「なにか御用ですか? レインフォード伯爵夫人。私は迎えが来たのでもう帰るところなのですが……」
敢えて笑顔でそう告げる。
すると、母はその態度が余程気に入らなかったのだろう。
顔をぐしゃりと歪めている。爪の食い込みが強くなった。
けれど、私は怯まない。
だって、こんなことで怯むようではグレンウィル公爵夫人とは名乗れないもの。
「よくも……! よくも恥をかかせてくれたわね!!!」
そう言って、母がもう片方の手を大きく振りかぶった。
____まるで、安っぽい小説のワンシーンね。
そんなことを考えながら、私は母の平手打ちをわざと避けずに受け入れる。
パシン!!と乾いた音が庭中に響いた。
その瞬間、貴婦人達が一斉にざわつき出す。
……予想通りの展開ね。
私は先程までの笑顔の仮面を捨てて、淡々と母に言い放った。
「今、手を上げましたね。伯爵夫人のあなたが、公爵夫人である、私に」
私がそう告げると、母は一気に顔を青くする。
……気付いていなかったの?
そんなに頭に血が上っていたのね。
「で、でも……そうよ、あなたは私の娘でしょう!?」
「血縁上はそうですね。ですが伯爵夫人……残念なことに今は、私の方が立場が上なのですよ。……それに、証人はたくさんいらっしゃいますし……ね?」
母がギリ、と歯軋りをした音が聞こえてきた。
……悔しいでしょうね。
でも、私はこれまでの人生……あなたよりもっと、ずっと悔しかったのよ。
「このことは夫に報告させていただきます。処罰については……夫からの連絡をお待ちくださいね。それでは、今度こそ失礼いたします」
母はもう、言葉も出ないようだ。
ヘナヘナとその場にへたりこんでしまった母を横目で見ながら、私はその場を静かに立ち去ったのだった。




