第二百四十一話 決意と別れ
例えば夜空に輝く星が過去の光の様に、今見えているものが真実なのかと疑うのと同じで、そこに存在する愛が本物なのかと試される時が来たのなら――――
文化祭も終わり、秋も深まり木枯らしが色づいた葉を舞い散らせる頃。春近たちは緑ヶ島への移住に向けて、残り少ない学園生活を過ごしていた。
ただ、春近は移住のことを周囲の人に打ち明けてはいなかった。
「いつかは伝えなければと思うのだけど……。中々、言い出すタイミングが難しいんだよな。藤原たちとも、かなり話すようになって少しは仲良くなった気がする。やっぱり、黙って出て行く訳にはいかないよな……」
ため息まじりに春近が呟く。
もう一つ、春近は心に決めたことがあった――――
春近が教室に入ると、男子が何やら盛り上がっている。
お年頃男子の話題と言えば、大体女子に関することが多いのだが、ご多分に漏れず藤原たちが女子の話をしていた。
「おっ、土御門、ちょうど良いところに来た」
藤原に声を掛けられる。
「今、クラスの女子で、もし付き合うのなら誰が一番か話してたんだよ。おまえはどう思う?」
「えっ?」
よくある好きな子を言い合うような話なのだが、それだと語弊がありそうなので『もし付き合うのなら』という前置きが必要なのだ。
それならハードルが下がって言いやすくなる。
「ボクは断然ルリちゃんなんだな! ルリちゃんの綺麗な脚で挟まれたいんだな」
ある男子が真っ先にルリの名を挙げる。
「うわあっ、勘弁してくれ。ルリはオレの彼女だって言ってるのに……」
ルリ推し男子の発言に、春近が嫌そうな顔になる。
ただ、藤原はあごに手を当て考え込むような表情になった。
「うーん、確かに酒吞さんは美しいし凄く魅力的だけど、それは憧れみたなものなんだよな。実は……俺は前から茨木さんが良いなって思ってたんだけど……」
「は?」
藤原がとんでもないことを言い出す。
「いや、もちろん土御門と付き合ってるのは分かってるんだけどさ。だって可愛いだろ。あの、裏表が無さそうな明るくて元気な性格。ちょっとガサツな気もするけど、そこがまた気を使わなくていられそうな気もして、一緒に居て楽そうじゃん」
ふ、藤原……やはり咲のことを――
何か、あの二人で話しているのを見た時から怪しいと思ってたんだよ……
「でも、この前、茨木さんが土御門を踏んでるのを見て、何となく思ってたんだけどやっぱりこの子ってドSだったのかって……。俺は、彼女の激しい調教を受けきる自信が無くなって……」
「いやいやいや、無いから! 心配いらないから! 咲はオレの彼女だし!」
「ん~っ、俺様としてはだね! 鞍馬クンを推薦したいところだな」
特に誰も聞いていないが、平が自分の好みを語りだした。
「あれ? 意外じゃね? 平って、もっとお嬢様っぽい子を好きなのかと思って。源さんみたいな?」
藤原がツッコむ。
「それがだな、上流階級でエグゼクティブな俺様としては、温室育ちのお嬢様よりも鞍馬クンのようなボーイッシュで活発な女子をだな。それに、あの少し日焼けした脚がとても美しいじゃないか」
確かに少し日焼けした運動部系っぽい女子の、しなやかで適度に鍛えられた脚は魅力的だ。
ただ、このクラスの男子は脚フェチが多過ぎかもしれない。
「だがしかーし! ぐぬぬっ……土御門クンの鬼畜攻めで、俺様の憧れる鞍馬クンが……あのような野外羞恥おねだりをするような女性に変えられてしまって……く、口惜しい!」
黙って聞いていたら、平がとんでもないことを言い出した。
「ちっがぁぁぁぁう! 鬼畜攻めなんかしてないから! 和沙ちゃんは、元からおねだり大好き女子だから!」
春近が弁解しようと余計なことを口走る。
案の定、いつものように後ろから凄まじい殺気が飛んでくるのだが。
恐る恐る春近が振り向くと、予想通り和沙が凄い形相で睨んでいた。
ま、マズい!
余計なことを口走って和沙ちゃんがお怒りに。
もう何度も自分から自爆しておねだり好きなのや甘えん坊なのはバレてるのに。
とにかく、何かと誤魔化すしか……
春近は誤魔化す事に決めた。
「あ、あの、和沙ちゃんは、可愛くて素直で優しくて、それでいて芯が強くてしっかり者の素晴らしい女の子なんだよ!」
春近が和沙をべた褒めすると、殺気が消え代わりにデレデレオーラが漂ってくる。
和沙はニヤニヤしながら照れまくっている。
危機は去った――――
「そ、そういえば、菅原はどうなんだよ?」
これ以上、和沙のことをツッコまれないように菅原に話を振る。
「ボクは、そのような性的な話には興味が無いな」
菅原は一人会話には加わらず、サイエンス誌を読んでいた。
「お前は相変わらずだな。それ、何の本を見てるんだ?」
「科学雑誌さ。最近発見された小惑星アドベルコフトゥスの周回軌道が、地球の軌道とかなり接近し新たに地球近傍小惑星としてリストに入ったんだ。これが軌道計算により地表から約4万km離れたところを通過するとされ、極めて衝突する可能性が高い潜在的に危険な小惑星に名を連ねたのだ」
相変わらず菅原の話は難しかった。
「ま、まあ、滅多に落ちるようなもんでもないんだろ?」
「それが、そうでもなんだ。小さい隕石なら毎日のように落ちているのだよ。殆どは大気圏で燃え尽きているだけで。1906年に起きたツングースカ大爆発は50~100m級の隕石が落ちてきて、5メガトン級の爆発によって東京都とほぼ同じ面積のロシア内陸部の森林地帯が破壊されたんだ」
「恐ろし過ぎる……」
「まあ、確率からいえば極めて低く、めったに落ちないのだがな」
菅原の話で場が静まった。
「ボクは隕石落下から生還したら、ルリちゃんに踏んでもらうんだな」
何な中、ルリ推し男子が変なフラグを立てる。
「おい、ヤメロ! 変なフラグを立てるな……。あと、何度も言うけど、ルリはオレの彼女だって」
当然、春近がツッコんでおく。
「それで結局のところ、菅原は誰が一番だと思うんだよ?」
藤原が話を元に戻した。
「むっ、そ、そうだな……。ボクはそんな色恋沙汰には興味は無いのだが、強いて挙げるとするなら鈴鹿さんだろうか。彼女は真面目に委員長をこなしているし、他の女子とは違って流行りに流されたりしないし、派手なメイクやファッションもせず自然なありのままでいる姿勢が評価できる」
「なるほど、菅原の選びそうなタイプだな」
杏子か――
でも、オレと話している時は変態っぽい事ばかり言ってるのを、菅原が知ったらどう思うのだろうか?
「で、土御門はどうなんだよ?」
「俺は……って、ちょっと待て! それ、全部オレの彼女じゃねーか!」
「おまえが可愛いクラスの女子を独占してるのが悪いんだろ!」
「た、確かに……」
藤原に言われて改めて気づいたが、自分が可愛い女子を独り占めしていて、クラスの男子に少しだけ申し訳ない気持ちになった。
春近が自分の席に戻ると、皆が集まってくる。
何やら男子の話が少し聞こえていたようで、咲に腕を肩に回されて捕まってしまう。
「アタシの名前が聞こえたけど、何を話してたんだ?」
「いや、特に何も……」
「ハル……正直に言えよな。もしかして、アタシの恥ずかしいエッチの内容を……」
「そ、そんなの言うわけないだろ。咲とのエッチやラブラブな思い出はオレの大切な宝物なんだから、他の男には教えたりしないよ」
「ううっ、ナチュラルに嬉しいコトを言ってくれる♡」
捕まえようとして回している腕が抱きつくような感じに変わり、すぐ横にある咲の顔が赤く染まる。
「で? それはそれとして、何を話してたんだ? ハル、怒らないから正直に話せよな」
「だから……クラスの女性で誰が可愛いかとか好みかとか」
「うっわっ、男子って……。てか、アタシの名前も出たんだ?」
咲が満更でもない顔になる。
可愛いとか人気があるのは嬉しいものなのだ。
「オレは誰にも咲を渡す気はないから……」
春近が本気になってしまう。
他の男に好みだと言われて喜ばれるのは複雑な心境なのだ。
「うっわーっ、出たよ独占欲! ハルって、アタシの事好き過ぎだろぉ♡」
「ううっ……否定できねえ……」
「へへっ、も、もう、しょうがねーなぁ♡ まあ、アタシもハルしか見てないし♡」
自分からからかってきたのに、照れまくってフニャフニャしている。
もう、いつものことだ。
「おい、私の名前も出してただろ」
「げっ、和沙ちゃん」
「げっじゃない! 詳しく聞こうじゃないか」
咲とは反対側に和沙も絡んでくる。
強気で行っているようでいて、ただ単に甘えたいだけな気もする。
「和沙ちゃんは……脚がエロいって話だったかな?」
「は、はあ? にゃ、にゃにを……」
最初の威勢は何処へやら、膝や太ももをスリスリと擦り合わせて恥ずかしそうにしている。
こちらも、いつものことだ。
――――放課後
春近は栞子を呼び出していた。
ある重大な決心を伝える為に。
「旦那様、どうかされたのですか?」
「栞子さん……」
放課後の誰も居なくなった校舎に、少し薄暗くなった教室に二人が向かい合っていた。




