第二百二十四話 後悔の無いように
窓の外は相変わらず蒸し暑い残暑が続くが、室内はエアコンで快適な温度が保たれている。そんな中、賀茂明美の口から信じられないような言葉が飛び出した。
「私も緑ヶ島に移住することになりました」
春近たち三人が驚いて一瞬固まった。
賀茂は誰が見ても理知的なエリート女性に見える。
本庁でのキャリアを捨てて、僻地と言ったら悪いが、東京から遠く離れた太平洋に浮かぶ孤島に行くと言うのだ。
左遷されるのならともかく、自ら望んで行く人は少ないだろう。
「あの、もしかして……あの定食屋の」
春近は恐る恐る聞いてみた。
「そうそう、孝弘さんよ。結婚することになったの。あの後もメールや電話で続いていてね。何度か会いにも行ったのよ。今回、島での勤務に異動届を出したの」
少し顔を赤らめ夢見心地な顔で賀茂が説明する。
「はあ……でも、あんな何もない島に」
「愛があるわよ!」
「言い切ったぞ」
「言い切ったな」
「言い切ったわね」
言い切る賀茂に、春近たち三人が同じリアクションをする。
「でも、賀茂さんって、もっとドライな考えなのかと思いました。恋愛は恋愛、仕事は仕事と割り切って。よく知らないけど、官僚でキャリア組っぽい人たちって勝ち組みたいだし」
「最近は、そうでもないわよ。キャリア志望者も減り続けているし。昔は天下りで渡り歩き高年収と退職金で大儲けだったらしいけど、今は天下りも厳しくなってそうはいかなのよ。それに、年中長時間労働だし何か不祥事がある度に締め付けが厳しくなって、マスコミからは官僚バッシングされて、前は官僚主導政治だと叩かれたけど政治主導になったら今度は忖度と叩かれて。志望する人が減っている上に外資系など民間企業に転職する人も多いわよ。まあ、陰陽庁は裏の組織だから表には出ないけど」
「そうなんですか……」
夢の無い話を聞いてしまった――
国家の中枢である官僚も、今では志望者も減り魅力も活力も減退とか……
こんなんで日本大丈夫か……
「それに、人生は一度きりでしょ! 後悔の無いように生きたいじゃない」
「賀茂さん……」
「後悔の無いように……か……。凄いな賀茂さんは」
普通は、迷ったり悩んだりして、そうしてやっと決めた選択でも、後から違っていたのではないかとまた悩んで、出来る事なら前の選択肢に戻ってやり直したいと思うことが多いのに。
それを、こうも簡単に決断してしまうなんて。
そうなんだよな。
あれこれ悩んで先に進めなかったり、選んだ選択を後悔ばかりして生きるより、人生は一度きりだと腹を括って自分の思う道を選ぶのも良いのかもしれないな。
人の幸せというのは決まったカタチがあるわけじゃなく、人それぞれ違うのだから。
「賀茂さん、ちょっと尊敬します」
「ちょーっと待った! その手には乗らないわよ!」
「は?」
せっかく春近が褒めたのに、当の賀茂は厳しい顔をしている。
「そうやって私を良い気分にさせて、本当はイヤラシイ毒牙にかけようとしているんでしょ! 知ってるわよ。そういうの寝取られって言うのよね。私を虜にした後で『旦那にバラされたくなかったら言う事を聞くんだ。ぐへへっ』とか『旦那とオレのドッチが良いか言ってみろ』とか、私の心を巧みに操って身も心も堕とそうとするのよね! いくらカラダがキミに調教されようとも、心までは堕ちはしないんだから! ああーっ、恐い恐い」
「何でそうなるんだ……」
というか……何でオレの周りには想像力豊かな女性が多いんだ。
賀茂明美を玄関まで見送って、春近は寮に戻ろうとしたところで、和沙と天音がジト目で見つめているのに気付く。
まるで水と油に見える二人が、完璧なユニゾンのように同じリアクションをしているのは面白い。
「ええっと……何?」
春近がそう聞くと、天音が離し始める。
「前から思っていたけど、ハル君ってホントに年上キラーだよね」
「へ?」
「あのお姉さんも危なかったわよ。見ていてヒヤヒヤしたもん」
「いや、オレ何もしてないのに」
天音の話に和沙まで乗っかってくる。
「今なら、前に咲が言っていた『ハルは、行く先々で女を堕としてくる』という意味が分かるぞ。私の時もそうだった……最初は、とんでもない男だと思っていたのに、どんどん心を揺さぶられ、いつの間にか大好きになってしまうんだ。くぅぅーっ! 今ではハルちゃんのコトしか考えられないほどエッチな子に変えられてしまったんだからな♡」
「いや、だから何もしてないのに……あと、和沙ちゃんは元からエッチな子でしょ」
「え、え、エッチとか言うなぁ♡ それはお互い様だろ。キミの放置プレイしたかと思えば急にドスケベなことをしてきたりと、緩急つけた絶妙なイヤラシ攻めで私はメロメロにされてしまったんだからな」
「ええっ……そんなこと言われても……」
天音もグイっと前に出て春近に迫る。
「ハル君! とにかく他の人に手を出しちゃダメだからね」
「わ、分かってますよ。オレは賀茂さんを応援しているんだから」
「なら良いけど」
そこで天音の表情がニマァっとエロくなる。
「まあ、ハル君が悪い子ならぁ♡ 私と渚ちゃんとルリちゃんと忍ちゃんの四人女王様でキッツいお仕置きをしちゃうからねっ!」
「よ、四人女王様……だと!」
ドクッ――――
一人でも恐ろしい女王様が四人同時プレイという恐怖ワードに、春近は体が震えながらも少しだけドキドキとしていた。
あの瞳で見つめられただけで心の底まで屈服させられてしまう自他共に認める渚女王様と、更に凄まじいテクニックで徹底的に執拗にネチネチと攻めてくる天音女王様、そして存在自体がサキュバスの化身のように魅惑的で無意識でもとびきりエッチなルリ女王様、最後に大人しく控えめなのに底知れぬ性欲と大きなカラダを活かし『お仕置きです!』という可愛い声からは想像出来ないような意外とエグい攻めをする忍女王様――
最強のエッチ女子である四人が女王様になってドS攻めをするなんて、想像を超えた超絶エッチな究極のプレイになりそうだ。
天音さんも、オレの考えと同じようにエッチ女子四天王はこの四人だったのか。
いや、ちょっと待てっ! オレは何を考えているんだ……
まるでドS攻めをして欲しいみたいじゃないか。
オレはMじゃないのに……
未だに自分はMじゃないと言い張っているが、彼女たち誰が見てもMオーラが出ているのは否めなかった。
「ハル君……ふふっ、エッチなハル君が望むのなら、本当に四人で攻めるシチュエーションを作ってあげても良いんだよ(ぼそっ)」
ゾクゾクゾク!
「あ、天音さん……何を……」
悶々としていた春近の耳元で天音が、とびきりセクシーな声で囁いてきた。
もう、その色っぽい声だけで骨抜きにされそうなのに、まるで悪魔の囁きのような恐ろしい計画を唆してくる。
天音のセクシーな声が鼓膜を揺らし、神経伝達物質となって聴神経から脳へと伝わり、カラダの奥の方をムラムラと疼かせるのだ。
春近と付き合うようになってから、更に色っぽさが増しフェロモンを撒き散らすようになった天音は、そのセクシーな声だけでも男をイかせてしまいそうな悪魔的魅力があった。
ぐっ――
だ、ダメだ!
こんな悪魔の計画を受け入れてしまったら、もうオレは本当にドMになってしまう。
耐えろ! 耐えるんだ!
「うふふふっ♡ 大丈夫っ♡ ハル君がぁ……ホントはそういうの大好きなの、お姉さんはぜぇぇんぶ知ってるんだからぁ♡」
「ぐわぁぁぁっ! 凄い……凄いぃぃ――――」
春近は、天音の目には見えない謎のエチエチ攻撃により陥落寸前になってしまう。
ただ、攻撃しているはずの天音の方が内心ヤバい状態だ。
はぁぁぁあああっ!
ハル君! ハル君! ハル君!
もっとしたい!
もっと汚したい!
もっと徹底的に堕としたい!
もう、メチャメチャにしちゃいたい!
二度と消えない……永遠に消えない……私の色と匂いを染み込ませたい!
ドロドロとした春近への想いを抱えた天音が爆発寸前だ。
「おい、何コソコソやってるんだ!」
「ちょっと、和沙ちゃん、今良いとこなのにぃ~」
和沙が天音を春近から引きはがす。
春近としては、暴走して危険レベルに達した天音から、和沙によって守られたかたちになる。
もう、最近の天音は春近のことが大好き過ぎて、頭の中はかなりヤバい状態になっているようだった。
寝ても覚めても春近のことを考えて、もう自分でも制御不能なくらいに春近を求めてしまっている。
でも、恋する乙女のすることだから、すこしくらいは大目に見て欲しいのだ。
「ああ~ん、もうちょっとでハル君を完堕ちさせられたのにぃ~」
「まったく、天音はロクでもないことばかり考えているからな」
「ううっ、危なかった……」
離されて行く天音を見つめながら春近はホッと胸を撫で下ろす。
もう少しでドヘンタイなプレイを受け入れてしまうところだった――
どうやって四人集めるのか知らないけど、あのまま受け入れてしまったら、骨の髄まで徹底的に調教されて、二度と明るい場所には戻ってくれなくなってしまいそうな気がする。
まだドキドキしている……
最近ますます天音さんが綺麗になっている気がするし……
大丈夫、オレはMじゃないし。
まだ、Mじゃないとか言っているが、どこまで持つのやら――――
彼女たちのエチエチ度がドンドン上がっている気がするが、残された学園生活もあと僅かとなり色々なことが急速に動き始めていた。
春近には、賀茂が言った『後悔の無いように』という言葉が、ずっと心に残り続けていた。




