第百六十四話 恋の魔法
春近と咲は、久しぶりに二人で駅前に遊びに来ていた。
まるで初々しいカップルのような雰囲気を出しまくり、見ている方が恥ずかしくなってしまう現象を引き起こしている。
もう、二人の動きの一つ一つがキュンキュンドキドキで、周囲に存在する全ての人間に自動攻撃を加えてしまっているようだ。
二人はショッピングモールの店の前にあるベンチに座ってジェラートを食べていた。
ふと、春近は隣に座る咲のジェラートが気になる。
「咲、レモン味も美味しそうだね」
「ふふっ、ハルぅ~一口あげようか?」
「うん」
「はい、あーん」
何の疑問も持たずに一口もらおうとする春近だが、その隙を咲は見逃さなかった。
恋人の定番、あーんで食べさせようとする。
「あの、咲? 恥ずかしいよ」
「なんだよ、ハルはアタシのこと好きじゃないのかよ」
「す、好きだよ。大好きだよ」
「そんじゃ食べろよな。はい、あーん」
グイグイくる咲のスプーンを春近が口に含む。
「あむ……美味い、レモンの味だ」
「ホント? ちゅっ♡ んっ……ちゅっ♡ んふっ、レモン味だ♡」
咲が春近にキスをして味を確認する。
「へっ、あ、あの……自分の食べてるジェラートの味を確認するのは……」
咲の大胆な行動に春近が動揺する。
ま、待て待て待てぇ!
今キスしたよな? しかも公衆の面前で。
うううっ、嬉しいけど超恥ずかしいのだが。
これ、誰かに見られたらどうするんだ。
「なに言ってんだよハル、味は確認しないとだろ。それより、ハルのグレープ味も食べさせろよな。へへぇ、アタシが味見してやんよ♡」
大胆な行動に出た咲だが、顔は恥ずかしさで赤くなっている。
「うん、じゃあ……あーん」
「あーん……うん、グレープ味だ。おい、ハルも早く確認しろよ」
春近の差し出したスプーンでジェラートを食べる咲が、キス待ち顔になってくちびるを突き出した。
「えっと、人がいっぱい……」
「ハルぅ♡ 早くしろよぉ♡」
「わ、分かったから」
観念して春近が咲のくちびるにキスをした。
「ちゅっ……はむっ……んんっ……」
「んっ♡ んぁあ♡ あんっ♡ もぉ、ハルの方が積極的じゃん。えっち♡」
公衆の面前で繰り広げられる見ている方が羞恥心でおかしくなりそうなラブラブ甘々ぶりに、他の客や通行人が致命的損傷をくらってしまう。
口には出さないが、内心で文句を言いまくっているのだ。
『ぐはあっ、なんじゃありゃ! バカップル許せん!』
『うわあああ! 何てもんを見せつけてるんだぁぁぁ!』
『うううっ、ワシもあと50歳若ければのお……』
『きゃあああ! もう何なの! 私もカレシ欲しいっ!』
『ここは地獄かな……』
二人は周囲の人に大ダメージを与えているのにも気づかず、まるで二人だけの世界に入ってしまったかのようになってしまっていた。
咲とデートに行くのは、ルリも応援してくれていた。
幼い頃から仲が良かった咲には、ルリは特別な感情を持っているようだ。
先日春近が言った、『しっかり向き合って関係性を築く』という話だが、すでに春近と咲は完全に出来上がっていて、いつエッチしてもおかしくない関係に見えた。
そして、この二人は元からお似合いなのか似た者同士なのか、度々二人だけの世界に入りがちなのである。
「しかし、本当に咲は可愛いな。こんな可愛い子がオレの彼女だなんて、オレは最高に幸せだぜ」
「えへへっ♡ ハルぅ~また心の声が漏れまくってるぞ。まったく、しょうがねえなぁ♡」
「しまった……また心の声が漏れていたのか。咲が可愛すぎて、つい漏れてしまうんだよな。くぅ、こんなに可愛い子がオレの彼女とか、いまだに信じられないぜ」
「もうっ、ハルってば正直すぎだろぉ♡ アタシもハルが大好きだぞ。きゃっ、なに言わせてんだよもうっ♡ テレるだろ」
こんなバカップルな会話をクラスメイトが聞いたら、恥ずかしさと羨ましさで身悶えしてしまいそうだ。
しかし、いつものように偶然なのか何なのか、クラスの噂好き女子集団と遭遇してしまう。
「あれ、もしかして、もしかしなくても茨木さんじゃね?」
「あーっ、エロエロ先生! またエッチなことしてる!」
「チョー負けてるっす」
「早く男紹介してよ、エロエロ先生!」
しかし、二人の世界にドップリと浸っている二人は、彼女らの声が全く届いていない。
「咲の綺麗な瞳にオレが映ってるよ」
「もうっ、ハルったらアタシの顔見すぎだぞ♡」
「くうっ、やっぱり超可愛いぞ」
「ふへぇ♡ ハルぅ♡ キスしたいぃ♡」
完全にスルーされている噂好き女子が、恐る恐る二人に声をかける。
「あの……工藤武智美ですよ」
「加藤房女っす、茨木さーん?」
「遠藤宇合だけど……覚えてませんか……」
「佐藤マロンです……ふえっ、相手してよ……」
やっぱり四人の声は届いていない。
「顔だけじゃないよ、咲は全部可愛いよ」
「ホントかぁ? 胸はルリの方が良いとか思ってんだろ?」
「え、えっ、そんなことはないから。ルリの大きい胸も良いけど、咲の胸も可愛いから」
「じゃあ、いっぱいキスしてくれたら許すぅ♡」
「うん、分かった」
もう二人は完全にトロトロに蕩けてしまっていて、周囲の雑音は全てシャットアウトだ。
春近がキスをしようと顔を近づけると、咲は夢見心地な瞳を閉じてくちびるを少し突き出した。
「ちゅっ、ちゅちゅっ、んんっ、ちゅっ……」
「んんっ~ハルぅ~♡ んっ、ちゅっ♡ んちゅっ♡ 大好き~ちゅぱっ♡」
ワナワナワナワナワナ――
「うわぁぁん、もうヤダ~!」
「茨木さんが遊んでくれない~っ!」
「ふえぇぇぇん!」
「エロエロ先生とか言ってごめんなさぁぁぁい!」
噂好き女子たちは更にダメージを受けて退散した。
もう、ここまでくると咲のことが好き過ぎ問題である――――
「咲……」
「よし、許した」
「良かった」
「ふへへぇ♡ ハルの愛が伝わったからな」
春近のキスの嵐で咲もご満悦だ。
「そういえば、今誰かいなかった?」
「気のせいじゃね?」
春近が何か聞いた気がしたが、咲はトロトロに蕩けていて気づいていない。
ショッピングモールから出ると、天気が急変して今にも雨が降り出しそうになっていた。
「咲、傘を持ってきてないし、早めに帰ろうか?」
「うん……」
咲は心の中で決意をしていた――
アタシ、今日は帰りたくない。
ハルといつそうなっても良いように、勝負下着も付けてきているのに……
ルリとそういう関係になったって聞いた時は、やっぱりちょっとショックだったんだ。
何だかアタシだけ置いてけぼりにされたみたいで。
でも、ルリも応援してくれるって言ってるし。
アタシもハルと、心も体も深く繋がりたい…………
学園までの帰り道。
黒い雲が一面を覆い、遠くの空ではゴロゴロと雷が鳴っている。
今にも雨が降り出しそうな中、咲は少しだけ元気を無くして無言で歩いている。
もうすぐ……学園に着いちゃう……
あの正門をくぐったら、アタシたちはまた普段通りの関係に戻っちゃうのかな?
もっと一緒に居たい……
ずっとくっついてたい……
身も心も恋の魔法で焦がれるような……
ザアアアアアアアアアアッ!
突如、激しい雨が降り、二人はずぶ濡れになって小走りで正門をくぐり学園へと入った。
「うわっ、急に凄い雨だね。咲、急ごう」
「うん……」
女子寮の前まで咲を送った春近が、男子寮へと行こうとした瞬間――――
「待ってハル」
咲は春近の手を掴んだ。
「えっ」
「あ、あのさっ、ハル……そんなずぶ濡れだと風邪ひくだろ。ちょっと上がってけよ」
「咲……うん、そうだよね」
二人は無言のまま女子寮に入り、咲の部屋まで廊下を歩く。
女子寮に春近を連れ込んでしまった咲は、完全にテンパっていた。
えええええっ、アタシ、何で連れ込んでるの?
ちょ待て! これ、完全にヤル気満々じゃね?
部屋は、鍵かければ大丈夫だよな?
いや、鍵なんか簡単に外しそうなのが数名いるけど……
頼む、誰も来ないでくれ……
一方、春近の方もテンパってしまう。
ちょおおおおっ! これって、もしかしてOKサインなのか?
どどどどうしよう!
待て待て! 部屋に入ってもOKじゃないのか?
でも、この流れなら完全にOKだよな。
ヤバい、凄い緊張してきた……
そりゃ、一応こんなこともあろうかと、ポケットの中にアレは入れてきたのだが……
ガチャ――
「入って……」
「う、うん……」
突然の雨に濡れ水を滴らせた二人は、緊張の面持ちのまま彼女の部屋の中に入って行った。




