第百四十一話 三度目の和沙 日本一の兵
季節は日増しに春めいてきて、校庭の桜も所々ピンク色に染まっている。寂しかった景色も桜の開花で華やかさを増し、人の心まで照らして穏やかにさせているようだ。
この陰陽学園も三学期終業式を迎えた。
「ルリたちと会ってから、もう一年も経つのか。早いものだな」
春近は教室の窓から校庭を眺めて感慨に耽っている。
「よく、この一年無事に過ごせてこれたものだ……」
「そうだよなハル、クーデターとか玉藻前とか」
春近の独り言に咲が答える。
「ん? あっ、そうそう」
「えっ?」
二人の考えている内容が違ったのか、春近と咲の頭に『?』が浮かんだ。
そう、春近はエロいことを考えていたのだから。
し、しまった! この一年、ルリたちのエッチ攻撃が強烈すぎて、クーデターや玉藻前よりもエッチの方を考えてしまったぞ。
この学園に入るまでは彼女欲しいと切実に思っていたけど、こんな大勢の女子に一度に迫られるなんて思ってもみなかったから。
しかも皆可愛いし。
こんなに可愛い子が同時に彼女になるだなんて、もう奇跡みたいなもんだよな。
ふふふっ――
「ハル? なに、ぼーっとしてんだよ」
「うん、咲は凄く可愛いよな」
春近は、ぼーっとしたまま、本音がダダ漏れだ。
「えっ? か、かわっ、可愛いって……ハル、正直すぎんだろ。えへへ~♡」
咲は朝っぱらから春近に抱きついてデレデレになってしまう。
「二人共どうしたの?」
そこにルリも登場する。楽しそうに話す二人に声をかけた。
「ルリかぁ……。ルリは超絶美人だよな。それでいて性格も可愛いし」
春近は本音がダダ漏れになってしまう。
きっと、春のせいかもしれない。
春眠暁を覚えずなのか何なのか、春近はまだ寝ぼけているのだろう。
「えっ、えっ、ハルぅ? 急にどうしたの? もうっ、ハルぅぅ~♡ しゅきぃ♡」
ルリもデレデレになって抱きついてきた。
「でも、ちょっとズボラで部屋を散らかすのが玉に瑕なんだよな。たまに嫉妬が凄くて。あと、上に乗られるとちょっと重いのが……」
そしていつものように、春近が余計なことまで言い出した。
「ハルぅぅ! そんな風に思ってたの?」
「いたたたた!」
女子に『重い』は完全に禁句である。抱きついているルリに両手で絞められてしまう。
しまったぁぁーっ! 春の陽気でぼーっとしてたら、本音がどんどん漏れまくっていた!
「ギブギブ! 違うよ、そんなルリも好きだってことだよ!」
「朝から何をやっておるんだ。全く」
そこに和沙まで集まってきてしまう。
「鞍馬さん、助けて!」
「おい、土御門……二人には、か、可愛いとか言っていたのに、私には何も無いのか?」
何も知らないフリをして近付いて来た和沙だが、しばらく前からしっかり聞き耳を立てていた。
「違うんです、さっきは寝ぼけていて」
「しかも、他の子には仲良く名前で呼び合っているのに、私はいまだに苗字で呼んでいるし。ふ……不公平だ!」
「でも、鞍馬さんもオレのことを苗字で呼んでるじゃないですか」
「そ、それは……恥ずかしいだろ……」
「えええっ…………」
文化祭の檀上で衆人環視の中キスしたり、終業式の場で告白したりと、大胆なのか恥ずかしがり屋なのかよく分からない和沙だった。
「わ、私のことは『和沙ちゃん』でどうだろうか?」
「ぷっ」
「おい! 今、笑ったな! 何だ、その態度は?」
「すみません、突然おもしろ……意外なことを言われて……」
鞍馬さん……ちゃん付けで呼ばれたかったのか……?
見た目は体育会系というかサバサバ系というか『ちゃん』とか絶対言わなそうな感じなのに、実は甘えたい女子だったのだろうか?
そんなことを考えている春近だが、ニヤニヤが止まらず笑ってしまっていた。
「そうか、土御門がそういう態度なら私にも考えがある」
和沙は不穏な空気を漂わせながら去って行く。
「えっ、ちょっと鞍馬さん。変なことを考えていませんよね?」
後を追おうとするが、ルリと咲にガッチリ抱きつかれていて動けない。
「いや、まさかな……そんなことしないよな……」
――――――――
体育館で三学期の終業式が始まった。
二学期の終業式では例の告白事件が起きて、全生徒と全教職員が騒然とする大惨事になってしまった。
そう何度も事件は起こらないはずなのだが、生徒の中にはチラホラと事件を期待する噂が飛び交っている。
「土御門、期待してるぜ!」
藤原が、目を輝かせてハーレム王の新たな伝説に期待している。
「いや、勘弁してくれ……。そんなの毎回あってたまるか。も、何だろう……悪い予感が……」
学園長の話が終盤に差し掛かった時、まるで既視感のように“それ”は起こった。
和沙が立ち上がり、悠然と檀上に向かって歩いて行く。
それはまるで、真田幸村が大坂夏の陣で徳川本陣に向け最後の突撃をするような気迫を迸らせていた。
その後ろ姿は、まさに『日本一の兵』である。
ふっ、キミはとんでもないドスケベ魔人で罪な男だな……
私の心を、こんなにも掻き乱して……
だが、それも今日までだ!
私は生まれ変わるのだ!
和沙はそう思いながら壇上に登り、学園長に正面から向かい合う。
「学園長、マイクを貸して頂いてもよろしいでしょうか?」
「えっ、またキミかね……」
学園長も再び騒ぎを起こそうとする和沙に何か言おうとするが、和沙の真っ直ぐな兵の目を見て何かを悟り演壇を譲った。
「ふっ、これ程までの覚悟を持った兵とは……日本もまだ捨てたものではないな」
学園長は、和沙の真っ直ぐな目に感化され、よく分からない感慨に耽ってしまった。
和沙の登壇により、体育館は期待と不安と嫉妬で騒然とする。
「でたぁぁぁぁぁ!」
「うおぉぉぉ! 今度は何をやるんだ!」
「きゃぁぁぁ! またやるの?」
「また羞恥プレイかぁぁぁ!」
「静かにしなさい! こらっ!」
再び生徒たちと教師の声が飛び交う。
「うわぁぁぁ! く、鞍馬さん、何でまたやってるの……」
春近は、まさかの展開に崩れ落ちそうになる。
「私は一年A組の鞍馬和沙だ。二学期の終業式の件で私を知っている者も多いと思うが、今少しだけ私の話を聞いてくれ」
和沙は真っ直ぐ前を見て、澄み切った清流のような清らかな瞳で語りだした。
「私は二学期の終業式で告白して土御門と付き合うことになった」
館内から『オメデトー』という声がチラホラ上がる。
和沙は、それを手で制して再び語り始める。
「しかし、あれから三か月も経つというのに、なかなか二人の仲は進展しない。それどころか、他の女とイチャイチャするのを見せつけられたり、他の女が進展するのを見て嫉妬するばかりだ」
「最低!」
「鬼畜!」
「何とか言えよコラっ!」
「可哀想だろ!」
再び館内が騒然とする。
「だが、ちょっと待ってくれ! ここで罵詈雑言を浴びせている人たちにも聞いてほしい。他人を叩いたり誹謗中傷していても何も利益は無いはずだ。それどころか、益々嫌われたり愛から遠のいてしまう」
「それは……」
「確かに……」
「愛されたいのなら、愛される行動をしなくてはならないのだ! 私は気付いた、待っているばかりでも、嫉妬で怒ってばかりでは何も解決しないと!」
「おおっ……」
「なるほど……」
「お、俺が間違っていた……」
「そうだった、ハーレム王を叩いていても何の得もねぇ……」
館内で春近に罵詈雑言を浴びせていた生徒たちは、大天狗の威光にあてられたのか改心して信者のようになってしまう。
「ちょ、ちょっと、鞍馬さん。何か良い話っぽくなってきたけど……。一体どうなるんだ……?」
春近は、彼女が何を言い出すのか気が気ではない。
そんな春近の心配を他所に、和沙は熱弁を続ける。
「先ず、二人の仲を進展させる為に、呼び方から変えてみようと思う」
「おおー」
「良いぞー」
「私が、は、は、は、ハルちゃんって呼ぶから、私のことは、か、和沙ちゃんと言って欲しいにゃ……言って欲しいのだ」
「あ、噛んだ……」
「噛んだね……」
「噛み噛みだ……」
「うううっ……とにかく、今ここで言ってくれ! は、ハルちゃん!」
和沙の言葉で全生徒の視線が春近に集中した。
春近の『和沙ちゃん』を今か今かと固唾を呑んで見守っている。
こ、これは言わなければ終わらないような……
元々陰キャのオレに、この視線の集中はキツいものがあるぜ……
滅茶苦茶恥ずかしいけど……やらなければ終わらないのか……
「か……和沙ちゃん……」
「うおおおおおおっ!」
「おめでとおおおっ!」
「良かったぁぁぁぁ!」
「ばんざああああい!」
――――――――――――
「ハルちゃん、私はやりきったぞ!」
終業式が終わり教室に戻った和沙は、清々しい顔でガッツポーズだ。
「くらま……和沙ちゃん、今度から直接言ってくれれば聞くから、檀上で演説するのだけは止めてください……」
またしても全校生徒の前で恥ずかしい思いをさせられ、春近は大ダメージである。
「ハル、元気出して」
「ハル可哀想。アタシが慰めてやんよ」
ルリと咲が慰めてくれている。
そこに和沙も少し似合わない感じに参戦だ。
「ハルちゃん、生まれ変わった和沙ちゃんも愛して欲しいなっ」
「ぷっ」
「何で笑うんだ!」
「すみません、でも自分で和沙ちゃんとか言うのはちょっと……」
「もう許さんぞ! 私が恥ずかしいのを我慢して言ってるのに!」
「くら、和沙ちゃんは、いつもの方が自然なので無理しなくてもいいですよ」
「なんだとー! 私にもイチャイチャさせろー! あと、私も可愛がれ!」
「和沙ちゃんも可愛いですから、もうああいうのは勘弁してぇぇー」
春近たちが目出度く全員進級することになったこの日、建設中の特区である緑ヶ島への視察の話が持ち上がった。
春近は、春休みを使って南の島へと行くことになるのだった。




