第百三十二話 恋心
比良一二三は無口である。
幼少の頃から感情表現も人付き合いも苦手で、人間関係で誤解を受けることが多かった。友達と呼べる人もおらず、一人で居ることが多かったのだ。
陰陽庁により天狗の力の転生者として招集され、四人と知り合ってからは初めて他人と行動を共にするようになる。不思議と四人と一緒にいるのは嫌ではなかった。
正式に陰陽学園に編入してから、ある日クラスメイトと揉め事を起こした。
掃除を押し付けられた一二三だが、断わったら激昂されてしまう。
何か用事が有るのなら代わっても良かったと思っていたが、遊びに行くと大声で話していた後なので断ったのだ。
何か言おうとするが、なかなか言葉が出てこないでいると更に相手を怒らせてしまった。
『私は話すのが苦手なのだ……』
でも、私は知っている――――
この人たちのように他人に怒鳴ったり恫喝するのは、実は弱さの裏返しなのだ。自分が弱く臆病な存在だから、自分より弱そうな相手を見つけてマウンティングし、自分の弱さを隠そうとするのだ。
俗にいう、『弱い犬ほどよく吠える』ということである。
『くだらない……そんなに周囲を威嚇して、何の得が有るというのか?』
黙っていたら、花瓶の水を掛けられてしまった。
無視されていると思われたのだろうか……
早く帰って洗濯しないとならないのに、これはいつまで続くのだろうか……
面倒くさい……
一二三は、人の悪意に敏感だった。
喋らない分、他人をよく見ていたからだろうか。
だから、集団は苦手だった。
悪意を敏感に感じて居心地が悪くなってしまうから。
あの四人と一緒にいるのが嫌ではなかったのは、あまり悪意を感じず分かりやすい性格をしているからなのかもしれない。
実直だが本音がたまに漏れてしまう分かりやすい和沙。本当は繊細で折れてしまいそうなのに無理して周囲に笑顔で接している天音。変わった性格だが裏表が無い黒百合。周囲に気を配っている遥。
それぞれ全く違う性格なのに、不思議と皆馴染んでいた。
『疲れた……』
目の前の三人組は、大声で怒鳴っている。
早く帰りたい……
どうして私は人と上手くやれないのだろう……
「ダメだっ! 三人で一人を囲んで酷いことをするなんて!」
突然、間に男が割り込んで来た。
「い、いや、あの……ぼ、暴力はダメですよ……」
その男は、私を守るように間に入り、必死に相手を説得している。
『この人、土御門春近……』
不思議な男だ。
この人からは悪意を感じない。
世の中の人が、皆この人みたいだったなら、争いも少なくなるのかもしれないのに――――
間に入ってくれたけど、三人組に責められてしまっている。
この人を助けたい。
しかし、偶然通りかかった女王に止められてしまった。
『大嶽渚……』
本物の強者の登場で、三人組は完全に戦意を喪失してしまった。
だから、自分の弱さやコンプレックスを、他者を威嚇することで隠そうとするのはダメなのだ。
本物の強者と対峙してしまうと、余計に無様になってしまうから。
三人組を退散させた後で、大嶽渚は春近に情熱的なキスをした。
目の前で見せつけられた私は、何故か胸がチクリと痛んだ。
男子は苦手だった。
一緒に居ると息が詰まる気がしていた。
でも、この人なら……一緒に居ても心が安らげる……そんな気がした……。
大嶽渚から、春近を大好きという感情が伝わって来る。
こんなに人を情熱的に愛することができるなんて羨ましいと思った。
これ以上、この二人を見ていると、心に不思議な感情が込み上げてきそうだ。
もう、帰ろう――
「……問題ない」
そう言って帰った。
――――――――
翌日、あの人を見掛けた。
屋上に向かっているみたいだ。
庇ってくれたお礼を言いたい。
私は、ジュースを買って後を付けた。
「今日は雲が無いな。流れる雲を見て物思いに耽ようとしたのに……」
あの人は、空を眺めて独り言を呟いている。
ポエマーなのだろうか?
ジュースを渡して隣に並ぶ。
やっぱり落ち着ける。
この人なら一緒に居たい。
何か話したい……
もっと仲良くなりたい……
「……秋の空が高いのは、大陸の乾燥した高気圧に覆われるため。乾燥した空気は太陽光の短い波長を散乱させるから……」
しまった……失敗した……
私は何を説明しているのか……
変な子だと思われてしまっただろうか……?
でも、あの人は優しく話し掛けてくれた。
どうしよう……好きになってしまいそうだ……
――――――――
文化祭のお化け屋敷に誘ってしまった……
でも、彼女と一緒だろうから……私にはチャンスは無いのかな……
あの人がお化け屋敷に来た。
偶然、逸れて一人になっている。
これはチャンスかも……
「……大丈夫、私が案内する……」
体が勝手に動いて手を繋いでしまった。
もっと……もっと、くっつきたい。
自然と腕に抱きついてしまう。
「あ、あの、やけに近くないですか?」
「……問題無い、こういうシステム……」
自分でも何を言っているのか意味不明だが、とにかく腕を組みたかった。
もう、この時間が永遠に続けば良いのに――――
出口になってしまった。
楽しい時間は、すぐ終わってしまう……
もっと、くっついていたい……
「……ダメ、もう少しこのまま、そういうシステム……」
もっと、適切な言葉が有るのだろうけど、上手く言葉にできない……
――――――――
黒百合が、あの人の部屋に行くと言っている。
天音と一緒にいる時に偶然通りかかったのだ。
「私もハル君の部屋に行きたい」
天音が黒百合に付いて行く。
私も行きたい……そうだ、一緒に行こう。
「……私も行く……」
『私のことも何とかして意識して欲しい……』
コタツに入る時、隙を見て一緒の席に入ってしまった。
これは……大胆すぎるだろうか……
皆、ビックリしている……
天音が大胆に攻めている。
私も負けじと抱きついたけど、天音は耳を甘噛みしたり舐めたりと凄いテンションだ。
とても勝てる気がしない……
『私にも振り向かせたい。でも、皆のように大胆にはなれない――――』
――――――――
そして私は彼を呼び出した。
「……話がある……少し、付き合って欲しい……」
「うん」
もう、止められない……
私の気持ちを伝えたい……
二人は屋上に出る。
風が強く吹いていた――――
「一二三さん、話って何?」
「…………」
上手く言葉が出てこない……
どうやって伝えよう……
「アナタ……じゃない、春近……」
「はい」
いきなり春近に抱きつきキスをした。
ガバッ!
「ちゅっ……」
「んッ!?」
驚いて完全に固まっているが、もう引き返すことはできない。
「…………」
「…………」
風の強い屋上で沈黙になる。
「あの……」
「……問題ない、こういうシステム……じゃない、私は春近が好き……だから、これは当然の行為……」
また変な言葉になってしまった。
もう、変な子だと思われても関係ない、とにかく私は春近と一緒にいたい。
「一二三さん……う、うん。ルリたちとも付き合ってるけど、一二三さんがそれでも良ければ」
「うん……それで良い。私は春近の彼女」
こうして私は春近の彼女になった。
多少強引だったが問題は無い。
春近は強引なのが好きみたいだから。




