第百十二話 天狗の仕業
すでに太陽は高く昇り、氷点下だった気温も少し上昇している。朝もやに煙っていた景色も、今は輪郭をはっきりと見て取れる程だ。
道路から山中に入り走ったルリは、雪や泥で汚れてしまっていた。雪の積もった森を駆け抜けたからだろう。
「ごめん……逃げられちゃった……」
ルリは、春近が怪我したことに加え、敵を逃がしてしまったことで落ち込んでしまっている。
意気消沈するルリの冷え切った手を握った春近は、彼女を労わる声をかけた。
「大丈夫だよルリ。それより服が濡れちゃってる。着替えないと風邪ひいちゃうよ」
「うん……」
ルリが追い付けなかったのは仕方がない。多分あの敵は、最初からルリをここから遠くに離す為だけの目的で動いていたはずだから。
「取り敢えず、石の回収を手伝ってくれ」
三善が頑丈そうな箱を持って待機している。
若干忘れ気味だが、三善と警備担当者も無事だ。
「その石って、回収しても再び復活するかもしれないんだろ。だったら、この場で破壊しちゃった方が良いと思うけど」
春近が素朴な疑問を投げかける。
「それができたら苦労はしないさ。かつて室町時代の高僧が破壊した時は、殺生石の呪力に打ち勝つだけの高位術式を込めた金槌を使ったからなんだ。この場で破壊するには同じように強い術者と高位術式の武具と同等の物が必要なのだが」
春近の提案に三善が答える。
「それなら、あるじゃないですか」
「えっ?」
春近の提案で、覚醒した咲の呪力で殺生石の破壊が可能か試してみることになった。
警備担当者に、操られていた男の病院への搬送手続きなどを任せて、春近達は外に出て石の破壊を試みることとなる。
咲が覚醒したのにはルリも驚いていたが、その力で春近を助けたと聞き、ルリの顔にも笑顔が戻ったようだ。
侵入した男の体に取り憑いていた石と、この封印地点に保管してあった石とで、合計二個の石がある。その内の一つをルリが手に持った。
先ずは一つ目に石の破壊を試みる。
咲が傘を構えて、必殺技の体勢に入った。
「行くよ」
ルリが石を空に投げる。
「次元斬三連!」(今、命名)
シュバッ! バッ! バッ!
咲が軽やかに傘を振り回すと、三本の閃光が空に走る。
パリィィィィーン!
石は粉々になってしまう。
「おおっ! 咲、凄い! 超カッコいい!」
「えへへ~」
「ホント凄いよ。さすが咲!」
「うへぇ♡ まっ、アタシに任せなって」
春近が咲をべた褒めしている。もう咲の顔が緩みっぱなしだ。
「むうううっ、ずるい! 私も壊す!」
ルリが、もう一つの石を握り力を籠める。
グギギギギ……バキッ!
ルリの手の中で、石は破壊され粉々になった。
「えっ、ええっ、ええええっ! そ、そんな簡単に……。高位術式を込めた金槌により、やっと破壊が可能なはずだったのに。今までの我々の苦労は何だったんだ……」
三善はショックで頭を抱えて崩れ落ちた。
「ねえねえ、ハル、私も褒めて褒めて!」
「ルリも凄い! あと、可愛い!」
「ううぅん、ハル~♡」
春近に褒められて、ルリも元気を取り戻したようだ。
「ま、まさか……そんな……ありえない……。我々が陰陽寮の時代から何百年も苦労して封印してきた殺生石が……巨乳女子の握力で粉砕されてしまうなんて……」
あまりのショックからなのか多少問題発言をしながら、三善が正直な感想を口から垂れ流す。
「ちょっと! 握力じゃないから! 呪力で壊したんだから! それだと私が馬鹿力みたいじゃない!」
ルリは、三善の握力発言に怒るが、巨乳女子発言の方は問題視していなかったようだ。
後始末は陰陽庁に任せて、春近達は怪我の手当てやら日用品の買い出しやら食事やらで、車を走らせ街まで降りることになった。
他の封印地点の情報も集め、今後の対策をする為でもある。
「へへぇ、ハルぅ、もうっ、大好き♡」
車の最後列シートで、咲が春近に抱きついてイチャイチャしている。
「うわあっ、また始まった……」
遥がウンザリした顔になる。
実のところ昨夜と少し違って、微妙に嫉妬も含まれていた。
「ハル、私も」
ルリが不安そうな顔で春近に抱きつく。
「ルリ、あまり無理しないでね。もしルリに何かあったら……」
ぎゅっ!
春近がルリの頭をナデナデすると、抱きついているルリの両腕にギュッと力が入った。
「うん、ありがと……ハル」
ルリは春近に抱かれて温もりが伝わると、体の奥の方がジーンと幸せが広がって行くのを感じる。
ハル……
私は、たまに暗い感情に支配されそうになってしまう……
でも大丈夫、ハルがいれば……きっと私は……
ルリの心が幸せて満たされる。
この幸せを忘れなければ、私は大丈夫だとルリは思った――――
「あの……エッチは帰ってからにして下さいね」
せっかく良い雰囲気だったのを、三善が野暮なことを言い出して少し空気を悪くした。
――――――――
時間は少しだけ遡る――――
第七封印地点に移動していた鞍馬和沙、大山天音、愛宕黒百合の三名だが、激烈な戦闘を繰り広げていた。
「何で私がハル君と一緒のグループじゃないのっ! もうっ! 今頃ルリちゃん達はラブラブなんでしょ! もうっ、もうっ、もうっ! 地獄の業火で焼き尽くせ! 大天狗火炎地獄車!」
ズバンッッ! ズバンッッ! ズバンッッ!
ゴバァアアアアアア!
天音は恐ろしい名前の火炎系魔法を神通力で放つ。
「くそっ! くそっ! くそっ! 私は終業式でやり切ったのに! 何で土御門は私に何もせんのだ! 雨よ吹き荒れよ水撃よ全てを薙ぎ払え! 大天狗水龍撃滅波!」
ズドドンッ! ズドドンッ! ズドドンッ!
ズババババババババババババババッ!!
和沙も恐ろしい名前の水系魔法を神通力で放つ。
「ふんす! 何か私もイライラしてきた! 風よ吹け嵐となれ! 大天狗旋風撃滅陣!」
ブオオオオオオオオオオオオオオッ!!
ズガガガガガラガーン! ズドドーン!
黒百合は意味不明な名前の風系魔法を神通力で放つ。
「キミ達、ちょっと待った! 派手にやらないで! できれば無傷で捕まえて! というか、山を破壊しないで!」
「ハル君のばかぁーっ!」
「土御門ぉぉぉぉーっ!」
「輝け伝説の拳っ!」
グループの指揮をしている担当者の制止も全く聞き入れず、暴走している和沙たちは止まりそうにない。
何故こんなことになったのかといえば、時間は更に少し前――――
和沙達が現地に到着した後、交代で休むようにと言われたのだが、そのまま女子会……というか愚痴会が始まってしまったのだ。
春近と一緒のグループになれなかった不満から、愚痴を言い合っていたらヒートアップしてしまう少女たち。結局朝まで全く寝ていないのだ。
そこへ殺生石の怨霊に操られた男が現れ戦闘になったのである。報われぬ恋のせいなのか、はたまた寝不足のせいなのか、暴走気味のまま戦闘は始まり魔法を撃ちまくる三人。
男は山に逃げ込んでしまい、和沙達は闇雲に魔法をブチ込んでいるという顛末である。
幸いな事に、火炎系魔法を水系魔法が打ち消し、水系魔法を風系魔法が打ち消すという、奇跡のコラボレーションによって山火事や水害は防がれていた。
「もうっ、ハル君に会いたい!」
「土御門! 私にも優しくしろ!」
「くらえ、ブラックリリーインパクト!」
完全に人選を間違えているのか、春近を連れてこなかったのが失敗なのか、荒ぶる天狗達は制御不能である。
まさに天狗の仕業なのじゃ!
こうして和沙たちが大暴れしている隙に、第七封印地点の石は盗まれてしまうのだった――――




