第百十一話 覚醒~次元を切り裂く者~
春近は絶望的な状況にあった。
相手は小さな欠片の一部の怨霊が乗り移っただけとはいえ、元は強大な力を持つ伝説的大妖怪である。小さな欠片の石だけでも圧倒的な呪力を持っていた。
神通力を使い切り疲れていたとはいえ天狗の力を持った遥を、その身に纏っている瘴気だけで動けなくする程なのだ。
春近は咲を守るように彼女の前に出る。
「咲、逃げろ!」
「嫌だ! ハルを置いてけないよ」
どうする、どうしたらいい……考えろ、どうにかしてこの場を切り抜ける作戦を――
春近は昔からヒーローに憧れていた――――
アニメや漫画に登場する正義の味方。
かっこよく必殺技で敵を倒す。
そんなものはフィクションだと人は言う。
そんなことは分かっている。
それでも、ありえないとしても。
オレは弱い者を守れるような正義の味方になりたい――
全ての人まではいかなくても、好きな人くらいは守れるような――
そんな人に、オレはなりたかった――――
バキッ ズガンッ!
「ぐはっ!」
春近は男に殴られ床を転がる。
圧倒的な力の差があるのだ。
夢に見たヒーローと現実との差に絶望する。
「ハル! うわぁっ!」
「やかましい! 其方は後で始末してやるから黙っておれ」
シュバァァァァーッ!
咲が前に出ようとするが、男から発せられた瘴気の塊を受けて動けなくなる。
「や、やめろ! さ、咲に手を出すな! ぐはっ!」
「なんじゃ、この男は? 脆弱な人間の分際で妾と戦おうというのか?」
殺生石の怨霊が乗り移った男は、児戯でも見つけた子供のようにして、呪力ではなく男の腕力だけで遊んでいるようだ。
バシッ! ドスッ!
筋肉質な男の腕が唸り、パンチが春近の顔と腹に命中する。
「がああああっ!」
ドガァアアアアッ!
床に倒れた春近の口の中に血の味が広がる。
「さ、させない、咲を守るんだ! 絶対に!」
「やかましい!」
ドゴッ! バキッ!
「がああっ!」
「こ、こんなオレを好きになってくれた子なんだ。守るって決めたんだ。オレは……好きな子を守る……」
「何をぶつぶつと」
「うるせぇええ! お、俺は好きな女を守るんだぁああ!」
「愚かな。あの強い鬼が戻ってくると面倒じゃな。早々にけりをつけるとするかの」
男は呪力を放ちトドメをさそうとする。
「ハル……ダメ……」
咲は瘴気を受けて動けないまま、心の中で求め続ける。
自分に強い力があったらと――――
どうして、アタシには力が無いんだ……
ルリたちと同じ、鬼の力が転生した末裔なのに……
アタシにも、力が……誰にも負けない力があれば……
力が欲しい……誰にも負けない、理不尽さえも切り裂くような力が……
『――――力が欲しいのか』
不意に誰かの声が聞こえた気がした。
いや、それは幻聴だったのかもしれないし、咲の心が作り出した声だったのかもしれない。
それでも、咲は答えた。
欲しい! 力が欲しい!
『――――力はすでにある! 貴様は伝説の鬼、茨木童子の転生者! 大江山が滅ぼされた時も、唯一生き残った程の強者である!』
そうだ……どうして忘れていたんだ……アタシは強い! そうだ、強い! アタシは最強の鬼だ!
「アタシは最強の鬼の転生者だぁああああっ!」
グオオオオオオオォォォォォン!!!!!!
その時、咲の体から呪力が迸った!
それは強く美しく眩く光り室内を照らす。
咲は立ち上がり、出口に置いてあった傘を手に取る。
「そうだ、こんな棒で十分だ。アタシは強い――――」
傘を正面に構えて、それを軽く振る。
ビュゥゥゥゥゥン!
シュバッ!
振った傘から光の軌跡が走ったかと思うと、男の肩が切れて血が飛び散った。
「な、何じゃ! 覚醒したじゃと!」
男は肩を押さえて後退する。
「よくも、よくもハルを、オマエは許さない!」
春近と入れ替わるように咲が前に出た。
「咲、その光は……」
「大丈夫、ハル、ありがとなっ」
一瞬だけ春近の方を見て笑うと、再び男を睨み傘を構えた。
「くっ、やはり厄介な……こやつも鬼か……。じゃが、いくら強い力があろうとも、この男を斬れても霊体である妾を斬ることなど不可能じゃ」
シュバァアアアアアアアアッ!
男の妖気が何倍にも増し、空気が震える程の呪力を放出する。
「問題無い! アタシなら斬れる!」
そうだ、霊体だろうが怨霊だろうが、アタシに斬れない物など無い!
咲の持つ傘が光を放つ。
そして、振り上げた傘を、男の立つ前方の空間に向かって振り下ろす。
「次元斬!」(今、命名)
空間に一瞬の閃光が走ったかと思うと、光の軌跡は空間を分断し別次元に存在する殺生石に宿る霊体を切り裂いた。
シュパッ――――!
「ぐああああああああああああああっ!」
閃光は男の体を斜めに通ったはずだが、体は切断されず取り憑いた怨霊にダメージを与えている。
「馬鹿な! 妾の霊体を斬るとは…… 口惜しやああああっ!」
妖気を放っていた男から瘴気と共に妖しげな影が抜け出て、糸が切れた人形のように床に崩れ落ちた。そのまま妖気は消え動かなくなった。
「ハル、ハル、大丈夫?」
咲が春近の所に駆け寄り、体を起こして頭を自分の膝の上に乗せる。
「ははっ、何とか大丈夫みたいだ……カッコ悪い所を見せちゃったかな……?」
「そんな事ない! ハルはカッコイイよ! ハルは凄くカッコイイ! ハルはアタシの王子様だから!」
「はははっ、王子様って……凄いな……」
「ハル、好きっ! 大好き!」
咲は、春近の頭を抱き、優しくキスをした。
ボロボロになってまで咲を守った春近に、咲の春近に対する好感度が爆上がりした。
もう、こんな人は一生現れないのではないかと思うくらい、咲にとって春近は特別な存在になっているのだ。
もしかっしたら、春近を想う気持ちが極限に達したことで、咲の隠れていた力を覚醒したのかもしれない。
「春近君……」
少し離れた所で倒れていた遥は、その一部始終を見ていた。
自分のことしか考えないような人が多い世の中で、あんなにしてまで好きな子を守ってくれる漫画みたいな春近に驚いていた。
愛されている咲のことを羨ましく思うと同時に、春近に対する好感度が格段に上がっていた。
ドォォォォォーン!
「ハルぅぅぅぅーっ!」
突然、ルリが勢いよくドアを開けて室内に飛び込んできた。
そして、ボロボロになってる春近を見て愕然とする。
「えっ…………何で……こんなことに……」
心配して駆け寄るルリに、春近は苦笑いして話しかける。
「ルリ、オレは大丈夫だから」
「大丈夫じゃないよ! 怪我してる! どうして?」
「はは……」
「誰が……こんなことを……」
傷付いた春近を見て、ルリの頭に血が上り我を忘れてしまう。
「こ、コイツが、ハルを……」
ルリが部屋の隅に倒れている男に近寄る。
ギュワァアアーン! ビシッ!
ルリの周囲の空間が歪みプラズマが走る。
「わああああーっ!」
倒れている男に向かって拳を振り下ろそうとする。
「ルリ、ダメだ!」
ピタッ!
春近の制止で、ルリは拳を止めて固まった。
「ルリ、もう終わったから。それ以上傷つけちゃダメだ」
「うっ、ううっ、うわあああっ、ごめんなさぁぁああい! 私がハルを守るって言ったのに、こんなことにぃ……ううっ……うわぁああああっ」
ルリは自責の念でいっぱいになった。
「私がが守るって言ったはずなのに……えぐっ、ひぐっ……守れなかった……また我を忘れちゃった……」
「ルリ、ルリは悪くないよ。何も悪くない」
ゆっくりと起き上がった春近が、ルリの頭を優しく撫で、そして体を抱きしめた。
「あ、あの、そろそろ良いかな……」
外で倒れていた三善が、バツが悪そうにドアから入って来た。




