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第29話 怪獣研究



 怪獣災害特別措置法によって、指定された怪獣研究機関は、他の機関などの研究設備や人員を優先的に使用できた。

 こうして指定された怪獣研究機関である怪獣調査対策本部、略して怪調本かいちょうほん―――対象物調査対策本部から名前が改称された―――には日本の英知が結集していた。





「少しずつだけど、まあ、進んでいるね。わかっていないところもたくさんあるけど」


 九州大学のキャンパス、その小さな講義室で高野はそう言った。

 もううんざりしたような顔で、げっそりとしている。


 他にも小島と赤松がいたが、同じような表情をしていた。


 誰も使っていない講義室。今、このキャンパスはほとんどが怪獣研究と、その研究者らの生活のために部屋が使われているため、こういう空き教室は珍しくなっていた。

 もっとも、さらに人員を増強させるので、この部屋もやがて何らかの用途に使用されるだろう。

 

 ともかく3人はこの空き教室を臨時の会合の場として使っていた。 


 講義室には、20人ほどの学生が座れてるくらいの椅子と長机が配置され、前部中央には教壇、そしてその後ろにはホワイトボードが置かれていた。

 高野と小島、赤松が教卓前の椅子に座って話しをしている。


 小島がやつれた顔をして言った。。


「まあ、それでも少しの進展でも悪くないですよ……例えば、例のギドンの内部にあった液体は、ギドンの内部ではかなり低温だったということがわかりました。ギドンの解剖と液体の分析から、内部では絶対零度に近い超低温だったと推測されます」


 高野はうーむ、と顎に手をあてて考えた。非常識極まりないが、この怪獣関連については、非常識なものでも検討すべきだという考えが高野の中にあった。

 それは、ほかの研究者たちの中にも同様だ。


「絶対零度に近い……って、それじゃあ生物の活動機能が止まりかねないよね。エネルギーは活動を停止する」


「なんだろ……そんなのが体内にあることが信じられないけど、使い道がわからないよね」


 横にいた赤松が言った。彼女の口調は素に近いそれになっている。そして、小島の口調も素に近くなって、ため口で話していた。


「うん……赤松さんの方はどうです?」


「まあ、うん……もし、これが生き物の臓器だとしたら、不明な点が多い。しかし、気になった点がいくつかあります」


 高野と小島が、赤松の顔を見た。


「まず、ギドンの後頭部部分を占める部分に他の動物にはない器官がありました。小さな角のようなものが1つ突起して、それが器官を通じて脳につながっています」


 高野と小島は少し考えた。


「そういえば、大型のギドンにもそういうのあったな。超大型のキドンにも」と高野。


「はい、もしかしたらこれがコミュニケーションを司る器官なのではないかと推測しています」


「ということは、これは送信機や受信機ということか?」


 小島がそういうと、赤松は、たぶん、そうかも、と頷く。


「そうすると、電波を介して、彼らはコミュニケーションをとっているわけか……それなら鳴かずに、遠距離でも、集団や個体間でコミュニケーションをとれている説明がつくな」


「しかし、これもあくまで仮説の段階です……あと、これに似た器官が、背中の部分にもあるんです。しかも背中の部分は頭のそれより大きいです」


 高野と小島は首を傾げた。


「大型や超大型にも似たような部分はあったか?」


「ええ、それらしきものが」


 赤松は3枚の写真を見た。小型、大型、超大型、それぞれの背中の該当部分を拡大して映した写真。

 3つの、小さな突起が三角形を作るように配置されているのが見える。 


「ほんとだ。これはなんだ?」高野が言う。


「……見当もつかないです。これは別の臓器らしいものにつながっているのですが、その臓器がどんな役割を果たすのか、推測すら困難です」


「別の臓器ってどことつながっているんですか?」と小島。


「内部――体内の、他の動物で言ったら腰あたり。そこから胸の部分の臓器に太い管がつながっている」


 小島はうーん、と考えた。


「心臓……かな、つながっているの。生命活動とつながっているのかな」と赤松。


「自分も思ったが、そもそもつながっている器官が心臓だということも証明できていない、全く未知の器官だ」


 3人は黙ってしまった。


「高野さんは、何かわかりました?」


 赤松が、沈黙に耐えかねて言った。


「うん、やつは都市部と交通の要所を狙う。それが確証に変わった。交通の要所も、大きめの駅だとか、杉原さんも言っていたけど、高速道路のジャンクションのような、大きい道路が交わるポイントが狙われる」


「大きめの駅、道が交わるポイント」


 小島が反芻した。


「それは、ギドンが地形的特徴から狙って攻撃しているということなのでしょうか」


「そうだと思う。やつは、たぶん地形を感覚で確認し、そこを攻撃しているはずだ」


「そうか……だから、四国から出てそこらじゅうを飛び回っていたのは、そういう地形を確認するための行動だったんですね」


 小島は納得して、頷く。


「それで、レーダーや目撃が相次いだと……」


 赤松が腑に落ちたようにいった。

 高野も同意して頷き、話を続ける。


「たぶん、鉄道網や道路網に関して言えば、鉄路や道路を線と例えたら、駅、インターチェンジやジャンクションは点だ。そして拠点が大きかったろ、線が交差したりするほど、重要な拠点になってくる。

 やつらはそれを知って、要点を攻撃している」


「飛行場は?」と赤松。


「飛行場は、まだわからない――個人的な意見だが、これは脅威とみなして攻撃してきたのではないかと思う。彼らは飛行して行動しているから、飛行する物体はその妨げになりかねない。

 貨物機が墜落したのも、その脅威について確認したかったからじゃないかと思う。それで、飛行機が拠点とする空港を襲った。

 あるいは港もそうだが、攻撃する前に、行き来する船舶や飛行機をみて、交通の一種と判断したのかもしれない」


「だとしたら」


 小島が呟く。


「彼らは知能レベルは高いですね。攻撃目標を判断できる能力もある」


「けど、なんでこんなことを……」


 赤松の質問に、彼女を含め、3人はじっと黙り込んでしまった。


 高野は、他の2人と同じように考え込む。


 捕食した痕跡もなければ、人間側が外敵で、それを防衛するために行っているものではない。

 明らかに破壊のための行動。しかも、人間―――いや人間社会を狙った……


 あっ、と高野は沈黙を破った。


 赤松と小島は高野を見た。


「ああ、いや、これは今思いついた、個人的な見解なんだけども」


 高野はそう付け加えて、本題に入った。


「ギドンが狙っているのは、人間そのものではなく、人間社会なんじゃないかって思う」


 2人は難しい顔をした後、


「どういうこと?」

 赤松が言った。


「やつらの攻撃対象は都市、道路、線路、駅、港、空港、大型の船や飛行機……これらは人間の社会を構成するためには必要不可欠な存在だ。物流、交通が途絶えたら、その社会は成り立たなくなる」


 小島も赤松もあっ、という顔をした。


「そうか」


 小島は言った。


「やつらは人間そのものをターゲットにしているんじゃない。人間社会をターゲットにしているんだ」


「確かに、人間は結果的に被害を受けていますが、そのメインターゲットは、大型施設や乗り物、それらが集中する都市などですね」


 赤松は何度か頷きながら言った。


「幹線道路や鉄道を指して『社会の大動脈』という表現を使うことがあるが、まさにやつらはその大動脈を狙って、人間社会を攻撃しているんだ」


 小島はなるほど、と呟く。


「でも」


 高野は呟いた。


「何のために……」


 突然ドアがノックされた。

 高野がはい、と声を出すと、伊藤 環境省自然環境局野生生物課課長補佐がやってきた。


 環境省の防災服を着た彼は失礼しますといってドアをあけるなり、いたいた、と小島の顔を見た。


「赤松さん、頼まれていたもの出ましたよ」


 そういって彼に近づき、ホッチキス止めされた数枚のプリントを渡した。


 赤松はありがとうございます、といってプリントを早速確認した。


「なにそれ?」


 小島がきく。


「広島市、呉市、松山市、四国中央市……それぞれ襲撃された地域数カ所の放射線量のモニタリングの結果です。伊藤さんに依頼してたんだよ」


 赤松が答えると、伊藤がそのあとに補足的に言った。


「原子力規制庁にお願いして、早速やってみたんです……向こうも気になっていたみたいで、早速動いて、調査してくれました」


 赤松はさっと目を通すと、んー、と唸り声を上げた。


「放射線量の値はほとんど平常と変わりなし……か」


「何を調べたかったんだ?」


 高野がきいた。


「放射線量の……あー……」


 赤松は少し考えて、結論部分から述べた。


「やつのエネルギーを考えていたんです。あれだけの活動量の源は何か? ただの呼吸で、あれだけの巨体で、あれだけの活動ができるわけがない。しかも何かを捕食したりした形跡はない」


 小島はとっさに、なるほどと返した。


「核分裂……原子力で動いている可能性か」


 小島は腑に落ちたような顔をしていたが、高野は驚愕していた。


 この若い女性学者に対して、である。


 あまりにも常識外れの説だ。しかし、あり得る仮説だと、高野は思った。それを考えたこの学者に内心感服した。


「そう、核分裂で動いている可能性を考えたの。我々が想像かつ実現しうる最大のエネルギー。それで行動しているのかも……」


「うん、それなら例の液体も説明がつくね。かなりの低温で、原子炉で言う冷却水の役割を果たしていたのかもしれない」


 小島がうんうん、と頷いた。


「でも違ったみたいですね……放射線量も平常でしたし」


 伊藤が着席しながら話を続ける。


「原子力規制庁も話をきいたら、正直パニックみたいになって……まあ、すぐに動いてくれたからよかったですけどね」


「それは、なんか、悪いことしちゃったかも……」と赤松が頭を下げる。


「気にしないでくださいよ。可能性は全部やってみましょう。使えるものは使っていくべきです……率直に言って、中央省庁ですら、想定外すぎる状況に戦々恐々としていますから、

 ちょっとしたことで大パニックになるんですよ。どこも」


 そういったあと、伊藤はふと思い出したように、別の話を切り出す。


「そういえばメゴスの様子はどうです?」


 この質問に、高野が回答する。


「海上自衛隊からの報告によれば何らか異変は認められず。これから、大山教授の調査班がメゴスの皮膚などをサンプリングします。

 結ちゃんの話によると、メゴスもこのことを了解していて、エネルギーをゆっくりと回復させているようです」


 なるほど、と伊藤は頬に手をあて、しばらく何か考え込んだ。


「今、結ちゃんたちは?」伊藤がきく。


「鯨神島です。津岡先生と一緒に、何らかの手掛かりがないか調査中です。誠司君もそこには詳しいので参加しています。ああ、あとうちの助手で、予備自衛官の野崎も護衛として参加しています」

 と高野。


 なるほど、と一言言った後、うーん、と伊藤はまた考え込んでしまう。


「どうしたんですか?」と小島。


「いや、実は、メゴスのことで霞が関や永田町が混乱しているみたいなんです」


 伊藤は答えた。


「メゴスを攻撃対象として見るべきか、それとも私たちの味方として見るべきか、で悩んでいるみたいです」


「そんな」赤松は言った。

「メゴスは私たちの味方ですよ」


「それを他の人たちが信じてくれるかどうか……特に官僚は頭が固くて……」


 小島はそう説明しているうちに、自分がうっかり失言していることに気が付き、言葉を止めた。


 小島はとっさに、すみません、と官僚である伊藤を見て、申し訳なさそうに謝罪した。


「いや、実際そうです。僕も技術系ですが、環境省の官僚です。そして官僚たちは頑なです。また、政治家も慎重だ。海上自衛隊と行動をともにしたとはいえ、メゴスを味方という理論は荒唐無稽かもしれませんが、慎重に動きすぎです」


 それは市ヶ谷(防衛省)も一緒です、と伊藤は続けた。


「ただ、自衛隊はこれから実際に武力行使を行うにあたって、あまり戦力を分散したくないみたいですけどね。そもそもそれだけの戦力も、かなりギリギリのところで割いて使っているみたいですし」


 そこまでいって、廊下を誰かが走っている音が複数きこえた。

 にわかに、講義室の外が騒がしくなっている。


 と、激しいノックの音と野太い男の声が聞こえた。

 失礼します! という声と同時にドアが開き、呼吸の荒い、緑色の迷彩服を着た男――陸上自衛官がやってきた。


「淡路島と氷ノ山の監視所より報告です、複数体の小型ギドンに変化あり!」


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