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99:揺れる心

「た、鷹緒さん!」

 沙織はすぐに、返信を出した。

“メールありがとう! そっちに行って一年も経つのに、メールくれたの初めてだね。実は今、すごく落ち込んでます……どうしたらいいのかわからないよ”

 弱気な言葉を並べて、沙織は送信する。

 しばらく経って、鷹緒にしては律儀にも返信が届いた。

“ヒロたちもいるんだし、何かあったら遠慮せずにやつらに相談しろよ”

 鷹緒のメールに、沙織は携帯電話を握りしめた。

「なによ。一番一緒にいたい時に、手も届かないところにいるなんて……」

 沙織は泣きたくなった。好きな人には想いが伝わらず、同じ国にもいない。少なくとも一年前よりは、鷹緒への熱は冷めた気がする。

 なにより近くにすがる相手がいなくても平気なほど、沙織はまだ大人ではなかった。

「ユウさん。私……」

 その夜、沙織はユウから告白されたことを思い出し、ずっとユウのことを考えていた。



 次の日。沙織は、広樹と理恵に相談をした。ユウから告白されたことを正直に言う。

「……沙織ちゃんは、どうしたいの?」

 広樹の言葉に、沙織は押し黙った。やがて静かに口を開く。

「私、なんだかいろんなことがあって、何も考えられなくて……でも思ったんです。ユウさんのことは、ずっとファンで憧れてて、この告白が夢じゃないかって思うくらい。もしそれが本当に本気だったら、私……ユウさんのそばに、いたいと思います……」

 沙織が言った。

 未だ動揺は続けているものの、これが一晩考えて出した結論だった。

「……鷹緒のことは、もう過去のことなのね?」

 苦しそうに俯く沙織に、理恵が尋ねた。沙織は小さく頷く。

「それももう、わからないんです……急に離れ離れになって、連絡もまったくなくて。あの時の気持ちが恋だったのかも、今はわからない……鷹緒さんは大人で親戚で、だけど遠い存在で、もしかしたらBBよりも遠い存在だったのかもしれないです……」

 沙織は思い悩んでいた。鷹緒との日々は遠く、あの頃の恋という気持ちが錯覚に思えてくる。

 鷹緒がいなくなってから、不安と寂しさの中で一人頑張ってきた沙織。そんなところに出てきたユウはいとも簡単に、揺れる沙織の心に入りこんでいた。

 広樹と理恵は顔を見合わせた。そして広樹が口を開く。

「僕らは沙織ちゃんが後悔しないのなら、それでいいんだ。だけど相手は大物だ。新人の君に良い影響をもたらすとは思えない……増える仕事もあるだろうけど、減る仕事のが多いと思うんだ」

 そんな広樹の言葉を、沙織は俯き加減で聞いている。

 広樹は言葉を続けた。

「それに君はまだ学生だし、学校への配慮も必要だろう? つき合うのは構わないけど、公表するのは待ってもらえないだろうか。もちろんそれは僕の方から、ユウさんや向こうの事務所と話すよ」

「はい……任せます。正直、本当につき合えるのかは疑問ですし、こうもマスコミに張りつかれてたんじゃ……」

 そう言って大きな溜息をつく沙織は本当に参っているのだと、広樹と理恵は深く受け止めた。

「そうだね……とりあえず、君からユウさんには返事をするといいよ」

「はい……ごめんなさい。迷惑かけて……」

「いや、いいよ。鷹緒もびっくりするだろうな。親戚の君が、こんな大物とつき合うんだから」

 広樹の言葉に、沙織は驚いた。

「鷹緒さんには……知らせないでください。何を言われるかわからないし……」

 沙織がそう言った。深い理由は見当たらないが、まだ鷹緒に知られたくはないと思う。

 そんな沙織に、広樹が笑顔で頷く。今後の苦労は目に見えていたが、沙織の想いを事務所として踏みにじるようなことはしたくなかった。

「うん、わかったよ。でもよかったね、沙織ちゃん。憧れの人と想いが通じて」

「……はい」

 まだ複雑ではあったが、沙織も微笑む。

 鷹緒への想いがどうなのか、今は沙織自身にもわからなくなっていた。しかしユウから告白を受け、沙織は確実に、そばにいるユウへと傾きかけていた。


 その夜、沙織はユウに電話をかけた。

『はい!』

 すぐに、ユウの声が聞こえる。その勢いは、まるで少年が好きな女性から電話を受け取った時のような、新鮮なものであった。

「あの、沙織です……」

『う、うん、どうしたの。大丈夫?』

「はい、あの……」

『……昨日の返事?』

 ユウが察して尋ねる。

「はい……」

『……うん』

 二人の間に、緊張が走った。

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