95:誘い
「そんなことないよ。それより、これなんだけど……」
そう言って、ユウが封筒を差し出す。
「え?」
「一枚だけだけど、今度やる僕らのコンサートチケット。よければ観に来て。あと、よかったらこれ、僕の携帯番号……早くもCM第二弾やること決まってるみたいだし、これから会う機会もあると思うからさ」
「え、いいんですか?」
頬を染めて、沙織が驚いて言った。憧れのユウの携帯番号である。沙織は震える手で、それを受け取る。
「もちろん。あ、でも友達とかには教えちゃ駄目だよ」
「はい、もちろんです。あ、私の携帯は……」
二人は携帯電話番号を教え合った。
目の前にいる人気歌手と知り合いになれた驚きと喜びが、沙織を包んだ。
BBコンサートの当日。仕事があったため、沙織は少し遅れて会場に到着した。すでに、いつも通りのすごい熱気である。席に着いた沙織は、ファンたちに混じって声を上げる。たまには一人でこういうのもいいと思った。
前回、鷹緒の仕事で連れて来てもらったことを思い出す。まだただの女子高生だった沙織が、今では目の前でスポットライトを浴びるBBと共演している。不思議な感覚が沙織を襲い、酔ったようになる。
コンサートが終わると、ぞろぞろと人が帰ってゆく。それに混じって、沙織も腰を上げた。楽屋に行こうとも思ったが、BB直々の誘いとはいえ今回は鷹緒もいない。裏に入れるはずがないと思い、礼は今度しようと考え、沙織は会場を後にした。
しばらくして、駅へと歩いている途中、沙織の携帯電話が鳴った。画面には、BBのリーダーであるユウと映し出されている。
沙織は驚いて電話に出た。
「は、はい」
『沙織ちゃん? 来てくれたんだね。ステージから見えたよ』
「ユ、ユウさん、もう電話して大丈夫なんですか? さっき終わったばっかりなのに……」
ぞろぞろ歩いているファンの目を気にして、沙織は小声で尋ねる。
『うん、もう慣れたもんだよ。ツアーだから今日が終わりじゃないし。もうみんな、さっさと帰り支度してるところ。もし時間があるなら、一緒に食事でもどう?』
あまりにも軽い誘いに、沙織は相手が人気歌手ということを一瞬忘れそうになる。
「え、あ、はい。構いませんけど……」
しどろもどろで、沙織が答えた。プライベートで男性から食事に誘われたことはあまりない。
『よかった。今、どこにいるの?』
「駅に向かって歩いてるところです」
『じゃあ、駅の裏手で待っててくれる? えっと……出待ちの子がいるからもう少しかかるけど、すぐに向かうよ』
そう言って電話は切れた。
突然のデートの誘いに、沙織も否応なしに盛り上がる。相手は憧れていた歌手である。沙織のミーハーな部分が、久々に露になっていた。
人気のない駅裏は、酔っ払いしか通らない。そんな薄暗い道路に、一台のスポーツカーが停まった。中でユウが会釈する。沙織は嬉しそうに駆け寄った。
「どうぞ、乗って」
ユウが窓を開けて言った。
「じゃあ、あの……お邪魔します」
照れくさそうにそう言うと、沙織は助手席へと身を置いた。
車はそのまま、夜の街へと走り出す。
「ごめんね、あんなところで待たせて。怖かったよね……」
すまなそうにユウが言った。沙織は首を振る。
「いえ。こっちこそ、コンサートのすぐ後だっていうのに、誘ってもらっちゃって……」
「ううん。一度ゆっくり話したいと思ってたんだ。何か食べたいものある? 僕、お腹ペコペコ」
「すごい運動量ですもんね。いえ、私はなんでも平気ですから、ユウさんにお任せします……」
「じゃあ、肉系いきますか」
二人は、ユウの行きつけというハンバーグステーキハウスへと向かっていった。
「ここの店、すごく美味いんだ。芸能人も御用達って感じでね。初めて事務所の社長に連れてきてもらった時は、あまりの美味さに涙が出るほど感動しちゃったくらいだよ」
ユウが言う。まるで昔からの友人のように、沙織に接してくれる。
沙織は緊張しながらも、次第に打ち解けていった。




