94:夢の共演
鷹緒が日本を発った後、沙織は主にモデルとして活躍の機会が広がっていった。後にその多くは、鷹緒が取ってきた仕事だと知った。
学校が始まった頃には、沙織はちょっとした有名人で、友達からも写真を強請られるようなこともある。
沙織は、“頑張る”という鷹緒との約束を胸に、与えられた仕事をこなしていこうと張り切っていた。
それから一年後。
鷹緒からの連絡は、沙織宛てには一度もなかった。ただ、たまに事務所に入るらしい連絡で、鷹緒のニューヨークでの活躍を聞いていた。
そんなある日――。
「え、BBと?」
事務所で、沙織が驚いて言った。目の前には、副社長であり、すっかり沙織のマネージャーと化した理恵がいる。
「そうなの。前にBBと話したことがあったんですって? そのBBからオファーなの。新しい飲料水のCMでBBが起用されることになったんだけど、その相手役にどうかって」
理恵の説明に、沙織の目が輝いた。
BBは未だに人気歌手グループであり、沙織もファンで何度かコンサートにも行っている。鷹緒の伝手でコンサートの打ち上げにも行ったことがあり、BB本人たちと少しだけだが話したこともあるのだ。そんな過去が一気に噴き出す。
「やりたいです!」
沙織が言った。仕事を始めて消えかけていたミーハー心も、BBと聞けば盛り上がる。
「じゃあ、返事しておくわね」
微笑みながら、理恵が言った。
夏休み中の沙織は、いつもより忙しかった。受験も控えているのだが、ノッているこの時期に仕事を疎かにするわけにもいかず、事務所で受験勉強に励むこともしょっちゅうだ。
そんな中で、沙織の初めてのCM撮影が開始された。しかも共演はBBという、未だ人気絶頂の歌手グループと組むということは、沙織にとっても大きな前進となることを意味する。
「沙織ちゃん!」
撮影現場で一番最初に声をかけたのは、BBのリーダーであるユウであった。
「ユウさん」
少し躊躇いながらも、気さくに話しかけてくれるユウに、沙織も笑顔で応える。
ユウは笑顔で言葉を続けた。
「すっかり有名人だね。こんなふうに共演出来るなんて嬉しいよ。シンコンで準優勝したのは知ってたけど、会う機会もなくて、お祝いも言えずにごめんね」
「知っててくださったんですか? そんな、こちらこそ。私のこと覚えてくださっただけで……」
久しぶりの本物のユウを前に、沙織はまだ緊張していた。
それに構わず、ユウは気さくに話を続けてくれる。
「もちろん覚えてるよ。諸星さんも売り込んでたし。諸星さんとは連絡取ってるの? ニューヨークなんてすごいけど、残念だな。僕らまだまだ諸星さんに撮ってもらいたかったんだよ。今度、ニューヨークで写真集撮ろうかなんて話もあるくらい」
「へえ、そうなんですか! いえ、私は全然連絡取ってないです……事務所の方には、たまに連絡あるみたいですけど……」
「あはは。諸星さんらしいな……とにかく、これからよろしくね、沙織ちゃん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は握手を交わした。
その後、BB全員が集まり、スタッフも交えての打ち合わせが始まった。CMについての説明やコンセプトが伝えられる。
新しい飲料水のCM出演者は、BBと沙織の五人で構成される。炎天下でバスケットボールを楽しむBBに、沙織が飲料水を差し出す。沙織は、飲料水を差し出す時に言う「ハイ」の一言のみの台詞だが、BBと共演し、またその一言だけという台詞が、印象づけられるであろうことは間違いなかった。
打ち合わせが終わると、早速撮影が始まった。演技や台詞をほとんどやったことがない沙織は、緊張のし通しだったが、BBのメンバーがサポートしてくれた。
特にリーダーのユウは、よく気遣ってくれるので、沙織は徐々にコツを掴んでくるのだった。
「沙織ちゃん」
撮影が終わるなり、ユウが沙織に声をかけた。
「ユウさん。ありがとうございました!」
「こちらこそ。初めてなのに、うまかったね」
「いえ、そんな……足を引っ張っちゃってごめんなさい。なかなかオーケー出なくて……」
「そんなことないよ。それより、これなんだけど……」
そう言って、ユウが封筒を差し出す。




