表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/125

92:別れの日

 数日後。鷹緒の出発の日となった。

 沙織は鷹緒のマンションから実家へ戻っていた。コンテストも終わり、もうすぐ夏休みも終わるため、もう鷹緒と同じマンションから事務所へ通う必要はなくなっている。

 鷹緒のことが気になりながらも、沙織は拒絶されるのが怖くて、もう鷹緒に会う気にはなれなかった。


「沙織!」

 沙織が部屋にいると、母親が呼んだ。

「なに? お母さん」

 そう言って廊下へ出ると、なおも母親が呼ぶ声がする。

「沙織! 事務所の社長さんが来てるわよ」

「え、ヒロさんが?」

 そのまま一階へ降りていくと、リビングでは母親と広樹が話しをしている。広樹は沙織を見るなり、明るく手を振った。

「やあ、沙織ちゃん。元気?」

「はい。どうしたんですか?」

「改めてお礼だよ。コンテスト入賞のね。バタバタしちゃって、ちゃんとお礼出来てなかったから」

「いろいろいただいたのよ」

 母親はそう言って、沙織にもお茶を出した。沙織は椅子に座り、広樹を見つめる。

「事務所に祝いの品がたくさん届いたんで……この度は本当におめでとうございます。そしてありがとうございました。これからどんどん沙織ちゃんを売り込んでいくつもりですので、今後ともよろしくお願いします」

 そう言う広樹に、沙織は困ったように俯く。

 鷹緒がいない今、沙織はこれ以上モデルをやる意味はないと思っていた。しかし広樹の顔を見ると、面と向かっては言いにくい。

「ヒロさん。私……」

 言いかけたものの、沙織はそれを飲み込んだ。

「どうしたの?」

「……いえ」

「でも鷹ちゃんがいなくなってしまうのに、この子一人で大丈夫かしら……鷹ちゃんは大丈夫だって言ってたけれど……」

 母親の言葉に、沙織は顔を上げた。

「え? お母さん、鷹緒さんと話したの?」

 沙織が、食いつくように尋ねる。

「この間、電話があったのよ。そうそう、コンテストの日に、お礼を兼ねてね」

「そんなこと、一言も言わなかったじゃない」

「だって沙織が帰ってきたから、嬉しくて忘れちゃってたのよ」

 苦笑して母親が言う。

「それで……鷹緒さん、なんて?」

「だから、鷹ちゃんいなくて大丈夫かって聞いたら、事務所の人は安心出来るから、下手に自分がいるより大丈夫だろうって」

 母親が答える。沙織は鷹緒という名前が出るだけで、大きく揺れていた。

「鷹緒さんが……」

「ああ。鷹緒から、これ預かってきたんだ。沙織ちゃんに」

 思い出したように、広樹が大きな茶封筒を沙織に差し出す。沙織はそれを受け取ると、不安と期待にゆっくりと封筒を開けた。

 中には、大きな沙織の写真が数枚入っている。宣材用に撮ったものと、コンテストの審査用に撮られた写真である。

「あら、いい顔してるわね」

 写真を覗き込んで、母親が言った。広樹は頷き、立ち上がる。

「一押しの写真ですからね。じゃあ僕、そろそろ行きます。鷹緒を見送りに行くので……」

「鷹ちゃん、今日出発だったわね。寂しくなるわね……」

 母親はそう言いながら、広樹を送りに立ち上がった。

 沙織は写真を封筒に入れ、後に続こうとする。その時、沙織の目に、封筒の底に残った小さな封筒が映った。

 その封筒を開けると、中には一枚のスナップ写真が入っており、その写真の裏には文字が書かれているようだ。

“俺が一番気に入ってる写真です。これからも頑張れ”

 そんな鷹緒の字であった。表の写真は、コンテストでベストフォト賞を受賞した写真である。沙織のこれ以上ないといった、笑顔の写真だ。

 沙織自身も良い写真だと思った。その笑顔はまるで、これからもこんな笑顔で頑張れという、鷹緒のメッセージが込められている気さえする。

「ヒロさん!」

 沙織は思い立ったように、玄関に向かう広樹のもとへと駆けつけた。そして必死の形相で、広樹を見つめる。

「ヒロさん、私も空港へ連れてってください! 鷹緒さんに言いたいことがあるんです!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ