表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/125

91:送別会

 数日後。事務所近くの居酒屋で、鷹緒と茜の送別会が行われた。

 沙織のほかにも、事務員全員が集まったが、その席に肝心の鷹緒はいない。

「ねえ、鷹緒さんはまだですか?」

 事務員の一人が広樹に尋ねた。広樹は苦笑して、電話を見つめる。

「ああ、来るとは言ってたんだけど……仕事が長引いてるのかな」

「仕事っていったって、簡単な打ち合わせでしょう? もしかして来ないとか?」

「ありうる! 鷹緒さん、こういう席ってあんまり来ないもんね。数人とだったら飲むくせに」

 事務員同士が、盛り上がるように言う。

「まあまあ、みんな。じゃあ先に一度、乾杯しようよ。茜ちゃんは一足先に日本を発つんだから」

 広樹が言った。

 一同の目が、茜に向けられる。

「そうなんですか? 茜さん、いつ発つんですか?」

「明日です。もともと私、鷹緒さんに向こうでのことを、説明や打ち合わせに来ただけだから……」

「そうなんですか。鷹緒さんももうすぐ発つんですよね? 急すぎますよ。寂しくなるなあ……」

「悪い。遅くなって……」

 その時、やっと鷹緒が現れた。

「遅い、鷹緒さん!」

「待ちくたびれましたよ」

 一同が口々に言う。

「いろいろ支度してたからさ……」

「なんにしても主役が来たぞ。乾杯しよう!」

 広樹の言葉に、一同がグラスを持って盛り上がる。

「では茜ちゃんと、うちの稼ぎ頭が、ニューヨークで腕を磨けるチャンスに、乾杯!」

「あはは。かんぱーい!」

 一同は酒を酌み交わし、そこは一瞬にして大盛り上がりの会場となった。

 鷹緒と沙織は、お互い離れたところに座り、目を合わすことも話すこともなかった。



 次の日。沙織が目を覚ますと、茜が支度をしていた。

「茜さん……」

「沙織ちゃん。お世話になりました」

 茜が言った。茜は今日、一足先に日本を発つことになっている。

「いえ……」

 そう言う沙織は、最近ずっと沈んだままだった。

 鷹緒のことは好きだが、遠くに離れてしまう今、早く忘れたいと思う。もう拒否されるのが怖かった。しかし、そう簡単に忘れられるはずもなく、悩みだけが膨らんでいる。

 そんな沙織を尻目に、茜が鷹緒の部屋を覗いた。

「やっぱり帰ってないか……」

「え?」

「鷹緒さん、挨拶回りしているらしくて、あんまり帰ってないみたいよ。荷物ももう送ったみたいだし、いい機会だからいろいろ処分したって言ってたから、もぬけの殻って感じね……」

 その言葉に、沙織も鷹緒の部屋を覗いた。

 確かに家具はあるものの、殺風景な感じがする。

「沙織ちゃん。ずっと黙っててごめんね……鷹緒さんが、ニューヨークに行っちゃうこと」

 改まって茜が言った。そんな茜に、沙織は首を振る。

「……もういいんです」

「いいって……」

「きっぱりフラれましたから……」

「告白したの?」

 沙織は頷く。

「ごめんって言われました……」

「……諦めちゃうの?」

 また茜が尋ねる。沙織は少し考えた後、ゆっくりと頷いた。

「もう嫌なんです。辛いの……」

「……そう。でも、それも一つの選択だけど、本当に鷹緒さんのことが嫌いになったり、忘れるくらいになるまで、諦めるのはとっておくのもいいんじゃない? まあ、私はそんなことを考えて、もうずっと鷹緒さんに恋してるけどね」

「茜さん……」

 茜は変わらず、明るく微笑んだ。

「私はいいわよ、ライバルが減ったほうが。私は後悔したくないの」

「……」

「じゃあ私、もう行かなくちゃ。お世話になりました。ありがとう、沙織ちゃん。また会おうね」

 茜は沙織を挑発するようにそう言うと、大きなスーツケースを持って玄関へと向かっていった。

 元気がないまま、沙織も玄関まで見送る。茜の挑発には、もはや乗れる気にはなれなかった。

「気をつけて……」

 沙織の言葉に、茜は頷く。

「ありがとう……頑張ってね。これからが売り時じゃない」

「はい。でも、今まで鷹緒さんがいるから頑張ってきたのに、なんかもう、どうしていいのかわからなくて……」

 そう言った沙織の肩を、茜が思い切り叩いて微笑む。

「いいじゃない。二年経ったら鷹緒さんは帰ってくるのよ。もっと綺麗になって、見返してやればいいじゃない。あの時私を振ったことを後悔させてやるって、思っていればいいじゃない」

「茜さん……」

 茜は沙織の手を取り、握手をした。

「じゃあね。私も沙織ちゃんに負けないように、女を磨いておくわ」

 茜はそう言うと、沙織の部屋を出ていった。残された沙織は、複雑な思いでいた。



 数日後。鷹緒の出発の日となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ