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88:ライバル

「……茜さんは、鷹緒さんを迎えにきたんですか?」

 やっと沙織が、そう尋ねた。

「うん……一度、日本には帰ってきたいって思ってたしね。迎えにきたっていうよりは、事前打ち合わせが、おもな目的だったけど……」

「……」

「沙織ちゃんの気持ち、応援してなかったわけじゃないよ。私だって、鷹緒さんのことが好きだもん。良きライバルだと思ってる。でも、私だってまだ相手にされてないんだよ? それに、一緒にニューヨークへ行くからって、ビジネスなんだから」

「だからって……」

 沙織は少し、茜が許せなかった。日本を離れ、見知らぬ土地で一緒に活動するならば、鷹緒は本当に遠いところへ行ってしまうではないか。茜といつ両想いになるかもわからない。沙織は気が気でなかった。

 そんな沙織の気持ちを察するかのように、茜は静かに笑う。

「沙織ちゃん。もしかして……私のこと、ずるいって思ってる?」

「……」

「私から言わせれば、沙織ちゃんだってずるいと思うけどなあ」

「え?」

 茜の言葉に、沙織は驚いて顔を上げる。

「だって鷹緒さんの親戚なわけじゃない? 鷹緒さんの子供の頃とかプライベートなこととか、そういうのいっぱい知ってるんでしょう? だから、おあいこじゃない」

 納得出来るような出来ないような顔で、沙織は俯いた。

「でも……私なら諦めない」

 加えて茜が言った。茜は微笑んで、横目で沙織を見つめている。

「私が沙織ちゃんの立場なら、鷹緒さんを追いかける。追いかけなくても諦めないわ。いつかきっと会えるもの。その日が来るまで、私は鷹緒さんを好きでい続けると思う」

 沙織は戸惑っていた。そこまでさらりと言える茜を、すごいと思った。

「私も……諦めない」

 しばらくして、沙織がそう言った。その言葉に、茜が手を差し出す。

「やっぱり私たち、良きライバルになりそうね。沙織ちゃんなら大歓迎よ」

 沙織も微笑んで、茜と握手をした。

「そんなこと言っていいんですか? 私のほうが若いし、これからなんだから」

 無理に笑って、強気に沙織が言う。負けじと茜も口を開く。

「言ったなあ。でも私なんて、アメリカも一緒だもん」

「あ、それはずるい!」

「あはは。沙織ちゃんなら大丈夫よ……私、フラれたんだもん……」

 突然、真顔で茜がそう言った。沙織は驚きながらも、いつもの調子だろうと微笑む。

「え? またまた……それで諦める茜さんじゃないんでしょう?」

「……そうね」

 二人は笑った。


「ありがとうございました」

 実家に戻った沙織は、送ってくれた茜に礼を言った。

「ううん。今日はおめでとう、沙織ちゃん。じゃあまたね」

 茜はそう言って、去っていった。

 シンデレラコンテストに入賞したという栄誉と興奮は、まだ高まったままだ。沙織は車を見送ると、すぐに家には入れずに俯いた。一人になって、鷹緒がいなくなってしまうという悲しみがまた込み上げる。怒りに似た感情が、沙織を襲う。

 沙織は実家を見つめると、気持ちを切り替え、家へと入っていった。

「ただいまー」

 帰ると同時に、両親が出てきた。

「え、ただいま……なにごと?」

 両親を前に、沙織が言う。

「おかえり! 今日は帰らないと思ってたから。おめでとう、沙織!」

 誇らしげな顔で、両親がそう言った。自分の娘が国民的コンテストに入賞するということは、今まで不安で一杯だった両親の心を、一瞬にして軽くしている。

「さあ、入って入って」

 久しぶりの我が家は、沙織の沈んだ心を包み込むような、優しい感じがした。


 真夜中。事務所に茜が戻ってきた。鷹緒は一人、ソファでビールを飲んでいる。

「なんだ……戻ってきたの?」

 鷹緒が茜に言う。

「電話、繋がらなかったから……」

「ああ、電源切ってんだ……事務所のやつらが、真相聞きに電話が殺到……あいつは?」

「……沙織ちゃん、実家に戻るっていうんで、送り届けました。これ、車のキーです」

「おう、サンキュー」

 そう言って、鷹緒は車の鍵を受け取ると、ポケットへとねじ込む。

 茜は辺りを見回した。

「……ヒロさんは?」

「社長室で寝てるよ。あのいびきじゃ、俺も参るからな」

 苦笑しながら、鷹緒は立ったままの茜を見つめる。

「……ビール飲むか?」

「いえ、今日はこのまま帰ります」

「電車ないだろ。車使えよ」

 そう言うと、鷹緒はポケットを探る。

「いいです。タクシー拾うから……」

「そうか。どうした? いつもの勢いは」

 笑いながら鷹緒が尋ねる。茜はどこか他人行儀で、真剣な顔をして、鷹緒に何かを語りかけようとしている。

「……ひとつ、聞いてもいいですか?」

「なに?」

 ソファに座っている鷹緒は怪訝な顔をして、そばに立っている茜を見つめた。

「沙織ちゃんのこと、どうするつもりですか?」

「……どうって?」

「なにも今日言うことはなかったんじゃないですか? いつみんなに言うのかと思ってたけど、今日じゃなくたって……沙織ちゃんの晴れ舞台なのに……」

 その言葉に、鷹緒は静かに口を開く。

「……さっき言った通りだよ。今日しか全員集まる時はないと思ったし……もうすぐ日本を離れるんだ。前から決めてたことだよ」

「でも、もっと早くでもよかったんじゃないですか? こんなギリギリまで待たなくても……いくらなんでも今日言うなんて、沙織ちゃんが可哀想……」

「いつ言ったって同じことだろ。それに、あいつはすぐ態度に表れるからな。シンコン前に言ってたら、あいつはシンコンどころじゃなかっただろうし……」

「本音が出ましたね。鷹緒さんも、沙織ちゃんのこと好きなんでしょう?」

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