76:飲み会
「ただいま……」
鷹緒が事務所に戻ると、応接スペースで眠る茜の姿が見えた。苦笑しながら、鷹緒は奥へと進む。
「ったく、これだよ」
「おかえり」
そう言った広樹に頷き、鷹緒は自分のデスクに置かれた伝言などに目を通す。
「ああ。まだ仕事?」
「もう終わったよ。シンコンの資料を読んでたところ。そっちは?」
「見ての通り。俊二も先に返したし。さあ、飯食いに行こうぜ。腹減って死にそう」
鷹緒はそう言うと、帰り支度を始める。
「ああ。でも茜ちゃん、寝てるみたいだな」
「さすがに疲れてんだろ。長旅だからな」
「じゃあ、起こしたら可哀想だよ」
「それじゃあ朝まで起きねえぞ、あいつ」
「あはは、言えてる」
二人は笑いながらも、すぐに真剣な顔をした。
「……いよいよだな」
広樹が言った。
「まだまだ。シンコンは、これからだからな」
鷹緒は小さく溜息をついて、茜に声をかけた。
「茜。飯食いに行くぞ。おい!」
なかなか起きようとしない茜に、怒鳴るように鷹緒が言う。
「うーん……」
「早くしないと、置いてくぞ」
「あ、待って!」
やっと気付いて、茜が飛び起きた。広樹は苦笑する。
「もう。寝かせといてあげればいいのに」
「だから、そうしたら朝まで起きないっての。ほら行くぞ」
「はーい!」
三人は、近くの居酒屋へと向かっていった。
「乾杯!」
三人は酒を交わしながら、食事を始める。
「でも、本当に久しぶりだよな。もう何年? 五年くらいになるかな。茜ちゃんがいなくなって寂しかったよ」
広樹が言った。茜も笑って頷く。
「私もですよ、ヒロさん。パパを追いかけてニューヨークに行ったはいいけど、パパはパパで厳しいし、娘のことなんてお構いなしなんだもん。波乱の人生を送ってましたよ」
「親父さん、元気なのか? まあ、この間電話あった時は、相変わらずみたいだったけど」
今度は鷹緒が言った。三人は共通の話題で盛り上がる。
「うん、もう超元気。そうそう、鷹緒さんに電話するなら、私が居る時にしてくれればいいのにね」
「ご冗談を」
久々に会った三人に笑いが絶えることはなく、夜中まで飲んでいた。
「うーん……」
「おい、広樹。大丈夫かよ?」
広樹を担ぎながら、鷹緒が言った。
「ううん、気持ち悪い……」
「ったく、弱いくせに飲み過ぎなんだよ」
そう言って、鷹緒はタクシーを止める。
「大丈夫か? 行き先言えるな?」
「うん……おやすみー」
タクシーへと乗り込んだ広樹は、陽気に手を振って去っていった。
鷹緒は溜息をついて振り向くと、今度は茜が電信柱に寄りかかって眠っている。
「ったく、どいつもこいつも……」
うんざり顔の鷹緒は、茜に駆け寄る。
「おい、茜。こんなところで寝るな」
「わーい。鷹緒さーん!」
酔った茜が、鷹緒に抱きついて言った。
「帰国早々、問題児だな。おまえは……ホテルどこだよ? タクシー拾うから」
「ホテル? そんなの取ってないよ」
「え、だって、しばらくこっちにいるんだろう? どこかアテでも……」
「鷹緒さんちー」
「アホか」
酔って絡む茜を立たせながら、鷹緒が言う。
「だって広いじゃん」
「関係ないし」
「じゃあなに? 女の子一人、路頭に迷えっての?」
「逆ギレすんなよ」
茜は、そのまま眠ってしまった。
「おい。起きろって!」
「うーん……」
「ったく、どうすりゃいいんだよ……」
鷹緒は溜息をつきながら、仕方なくタクシーを拾い、茜を連れて自分のマンションへと向かっていった。




