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51:新しい朝

「おはよう」

「んー……」

 鷹緒はソファにぐったりと座った。その姿は、すぐにでも眠ってしまいそうである。

「……眠い?」

「おかげさまで……」

 沙織はそんな鷹緒の前に、朝食を並べた。パン食ではあるが、目玉焼きや数種類のおかずが乗っている。

「へえ。料理出来んの?」

 感心したように、鷹緒が言った。そんな鷹緒に、沙織はむきになって口を開く。

「見くびらないでよ。このくらいは、誰だって出来ます」

「そうか。俺、料理は全然駄目だから、この程度でも感動する」

 そう言って微笑んだ鷹緒に、沙織は手を差し出した。

「さあ、めしあがれ」

「いただきます」

 二人は、朝食を食べ始めた。


 それから少しして、支度を終えた二人は、車で事務所へと向かっていった。

「わあ早い。やっぱり家から通うのとは違うよ……」

 あっという間に着いたので、沙織がそう言った矢先、鷹緒は車を路肩につけて口を開く。

「沙織。ここで降りて」

「え、鷹緒さんは?」

「早く起きたから、今日の仕事始める。スタジオにいるって、ヒロか牧に伝えて」

「わかった」

「あと、今日は仕事早く終わると思うから、なんなら事務所で待ってろよ。どうせ帰るところ一緒なんだし」

 鷹緒の言葉に、沙織は大きく頷いた。

「うん、待ってる!」

「ああ。じゃあな」

 沙織を残して、鷹緒はそのまま去っていった。


 夕方。

「鷹緒さん、遅いわね」

 定時を過ぎて人がいなくなった事務所で、鷹緒の帰りを待つ沙織に、唯一、残業をしている牧が言った。

「はい……今日は早く終わるからって、自分から言ったのに」

 そう言った沙織は、ソファに座ってつまらなそうにしている。そんな沙織に、牧は苦笑する。

「まあ、もうすぐ帰ってくるわよ。でも今日は、社長も理恵さんもいないし静かね。二人揃って打ち合わせだっけね……」

「そうですね。理恵さんには、今日もしごかれましたけど……」

「そう。トレーニングはどう?」

「きついですよ、マッチョになりそう。ウォーキングだけでも、筋肉痛になっちゃいます」

 沙織の言葉に、牧が吹き出した。

「そっか。もうすぐだもんね、シンコン。今週、二次審査でしょう? 通るといいわね。三次までいけば、鷹緒さんもいるわけだし。もうトロフィーも、もらったも同然ね」

「あはは……頑張ります」

 沙織は鷹緒の名を聞いただけで、力が湧き上がるかのように笑って答えた。

「すみません」

 その時、入口から男性が声をかけてきた。牧にも沙織にも、面識はない。

「はい。どちらさまでしょう?」

 突然の客に、牧は慌てて立ち上がり、そう声をかけた。そんな牧に、男性は事務所内を見渡し、口を開く。

「諸星鷹緒さん……おいでになりますか?」

「申し訳ございません。諸星は、只今席を外しておりまして……失礼ですが、どちらさまでございますか?」

 牧の言葉を受けて、男性は優しい笑顔で会釈をした。

「内山と申します。諸星さんとは、古くからの仕事仲間で……何時頃帰られるか、わかりますか?」

「もうすぐ帰るとは思いますが……」

「そうですか。海外から帰ったばかりなのですが、近くまで来たものですから、ぜひ久しぶりに会いたいと思いまして……」

 内山と名乗った男は、大きなスーツケースを持ったまま、牧に笑いかけている。

「そうでしたか。事務所はもう終わりなので、大したお構いも出来ませんが、そういうことでしたらどうぞ中で待ってらしてください。古くからのお知り合いでしたら、きっと諸星も喜びますよ」

 牧が応接スペースに案内しながら言う。沙織はというと、近くのデスクの前に座り、そのやりとりを見つめていた。

 その時、社内の電話が鳴ったので、牧が電話に出る。沙織は手持ち無沙汰で、給湯室へと向かっていった。そして牧の代わりにお茶を入れる。

 そこに、沙織の携帯電話が鳴った。見ると、メールである。

『ごめん。仕事が長引いた。もうすぐ事務所に着きます』

 鷹緒からである。沙織は微笑むと、電話を終えた牧が顔を出した。

「あ、ごめんね、沙織ちゃん」

「いえ。私、やりますよ。牧さん、他にも仕事残ってるんでしょう?」

 お茶を入れながら、沙織が言った。牧は少しすまなそうにして頷く。

「ありがとう。電話、社長からだったわ。今から帰るからって、その一言だけ」

「そうですか」

「じゃあ私、仕事の続きやるから、あとお願いね。でも事務所は閉めてあるんだし、鷹緒さんのお知り合いみたいだから、お相手はしなくていいからね。沙織ちゃんは、事務員じゃないんだから」

「はい」

 牧の言葉に頷くと、沙織はお茶を持って、応接スペースへ向かった。

 そこでは、内山が立って外を眺めている。

「あの……お茶、どうぞ」

 沙織がそう言うと、内山は笑ってソファに座った。その笑顔は、とても可愛い。

「ありがとう。君はずいぶん若く見えるけど、事務員さん?」

 内山の質問に、沙織は首を振る。

「いえ。私は……」

「ああ、モデルさん」

 その言葉に、沙織は驚いた。

「え、どうして……」

「その立ち方が、モデルっぽい」

 意識していなかったので、沙織は驚いて笑う。

「本当ですか?」

「本当だよ。僕、前にモデルやってたから」

「モデルさんだったんですか?」

「うん。今は記者として、主にパリで活動中」

「パリで? じゃあ、パリコレとかも?」

「何度か出たこともあるけど、今は見る側だね」

 その話を聞いて、沙織は頷く。

 モデルだったという内山は、かなりの長身で、身のこなしも格好が良い。

「おかえりなさい」

 その時、牧の声とともに帰ってきたのは、鷹緒であった。鷹緒は内山を見て、顔色を変える。

「……おまえ……」

 鷹緒は内山を見つめたまま、やっとそれだけを口にした。

「先輩。お久しぶりです」

 内山がそう言ったその瞬間、鷹緒の顔が一気に険しくなり、内山に駆け寄り、殴りつけた。

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